7
部屋へ入ると、ステルに腕を掴まれた。
「兄上!何を考えているのですか!貴方は次代の王だ!軽々しく命を差し出すなど」
先ほどの言葉は、ステル以外も驚いたようで厳しい目が向けられている。
「しかし、私は思い上がりをしていたのだ。彼女へ詫びる事は出来ないのだろうか…」
慕情があるとは彼らには言えない。だが私を選んで貰えるのなら、彼女へ全てを差し出す事すら厭わない。
何て醜い……私はエストレア国の人間、しかも王族なのに沸々とする胸の高鳴りを抑える事が出来ないなんて。
「それなら、聖女を連れ帰れば良いかと思います。異形の者達は寿命が長い、我々の一生など彼らにとっては一瞬の出来事でしょう。
今の聖女を大切に扱い、我々が聖女との子を成せば、上手くいけば聖女の能力を受け継ぐ者が産まれるかも知れません。
もしダメでも新たな器を大切に育てれば、先ほどの闇王なら聖女の言う事を聞くでしょう」
ネシアがニタリ笑い話し出したが、彼女との子……私が彼女の身体へ触れる事が出来るのか?あの柔肌を私のモノに。
「聖女にも悪い話では御座いません。そしてエストレア国の民の為にも、聖女からエストレア国へ帰りたいと言わせれば良いだけで御座います」
更に話続けるネシアだが、ステルが話に割り込む。
「そんな話は許されない!聖女と闇王は愛し合っている。それを引き裂く等と考えてはならない!
我々と聖女が子を成すなど、彼女は1人の人間だ、器などと言うな!」
ステルの言葉に、いつの間にかネシアやメデオ殿の言葉に流されていたと感じ、自分の仄暗い心に蓋する。
「すまない。ステルの言う通りだ、聖女の気持ちを考えねばならないな」
コンコン。扉を叩く音にアレクが対応すると、中へ入って来たのは恐ろしく見目が整った男だ、確か闇王の後ろに控えていた。
「ようこそ魔の森へ。私は我が主の執事をしておりますシャテンと申します」
恭しく頭を下げたシャテンをソファへ座るように促すが、数度断るものの最後は諦めて腰を下ろした。
「話があると伺ったが」
アレクが話を切り出すと、柔和な笑みを浮かべるシャテンだが、雰囲気は拒絶されているように思えた。
「あなた方は、メデオ殿に連れられて来ました。彼の目的を知っていますか?
もし、知らないのなら私達がエストレア国迄お送りしましょう。直ちにお帰りください」
にこりと口元は弧を描くも目は笑っていない。
「シャテン殿。それはどのような意味でしょうか?」
ステル殿下がシャテンへ疑義を抱く。
「あなた方が、エストレアで聖女とは何と説明されましたかな?
それが都合よく歪曲された話であったならば、どう致しますか?」
シャテンの物言いは、陛下から聞いた話は真実では無かったと示唆している。ならば、真実とは?
「エストレア国と、闇王殿の間には齟齬があるようだ。しかし、私はエストレア国の王族。民の為には聖女の能力が必要な事も理解して頂きたい。
必要なら闇王殿と聖女二人が住まう領地も用意する。闇王殿と話し合いは出来ないだろうか?」
自分の欲を出すべきでは無い。私は軽く頭を振り、為政者としてシャテンと向き合った。
「我が主へ聞いてみましょう。そうだ、あなた方の剣は少々汚れておりましたので私どもで綺麗に研いておきました。
誰を信用するかは、あなた方へ任せますが、もし私へ言伝てがありましたら侍女のニーナへお願い致します」
では。と最後に言い残し退室した。
「兄上。どうなさいますか?」
ステルの言葉に何と答えようかと考えあぐねていれば、アレクが口を開く。
「剣が汚れていたと、彼は言っていたがかなり含みのある言い方だった。
あのメデオ殿と言う老人を俺は信用出来ない。まぁ単なる勘だが」
「私もアレクと同じです。まだシャテンと言う彼の方が信用出来ると思います」
ステルがアレクに続くが、ネシアは違った。
「そうでしょうか?今の彼は自分たちの事しか考えていない。私達はエストレアの人間です。エストレア国の事を第一に考えるのが当然かと」
徐々に作物が枯れている現状もある。例え王都を去るにしても、自国の民全てを険しい山脈を越えスアルド地区へ移動したとして、果たしてどのくらいの人数をスアルド地区が受け入れられるか?
「一度、王都へ戻ろう。話はそれからだ」
皆へ言えば、頷き了承する。
次の日。侍女のニーナを呼び王都へ一度帰るが、又来る旨をシャテン殿へ伝えてもらうよう頼んだ。
帰り支度をしていると、現れたのはメデオ殿だ。
「もう、お帰りで?」
余裕ある態度で話し出したメデオ殿だったが、馬車を用意したからと言い出し。断ろうとしたが急に目の前が暗くなり意識が無くなってしまった。
「……うえ……兄上!」
身体を揺すられ目を開けると、心配そうに覗き込むステルの顔があった。
「ここは……」
起き上がり見渡してみれば家具など無い小さな小屋のような場所である。
「今、アレクとネシアが外を確認しに行ってますが、もう1つ問題が…」
ステルの目線を追うと白銀の髪の女性が粗末なソファの上にいた。
「聖女が何故!?」
聖女の傍へ近寄り身体へ手を伸ばせば僅かに動きがあり、小さな呼吸音も聞こえた。
「私達も皆目見当がつかず、ニーナと言う侍女の後から来た侍女から渡された紅茶に何か仕込まれたとしか……
油断しておりました」
項垂れるステルを抱きしめ、背中を数回撫で離れると、泣きそうな顔を向けた。
「大丈夫、まず状況を確認しよう」
聖女から少し離れた場所にあるダイニングテーブルへ移り、アレク達が帰って来るまで待つ。
「……スヴァルツはどこ…」
眠っていた聖女が起き上がり、白銀の髪がサラサラと身体から流れ不安気な表情を浮かべた瞳とぶつかる。
「私達も、気付いたらここに…」
近寄ろうと椅子から立ち上がろうとしたが、聖女が自身を両手で抱きながら私を睨み付けた。
「来ないで!私を今すぐスヴァルツの所へ帰して!」
白銀の瞳からポロポロ涙を流しガタガタ震える姿を見てはいられなくなり、私は思わず彼女を抱きしめてしまった。
「お願いだ。泣かないでくれ」
彼女の身体がビクリとして固まったが、ゆっくり背中を撫でると身体から力が抜けてきた。
「あなたは、私を閉じ込めに来たんじゃないの?」
腕の中から見上げられ、安心させようと微笑めば、目を見開き見つめられた。
「そんな事は決してしない。私が必ず闇王殿の元へ帰してやろう」
「本当に?」
不安気な彼女の顔をしっかり見てこたえる。
「あぁ、約束は守る」
すると、ふわりと笑い小さな声で、ありがとう。と聞こえる。彼女は安心したのか再び眠ってしまった。柔らかな身体、艶やかな髪、仄かに甘い香りがする彼女から目が離せなかった。