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シーツを弄るも冷たい。いつも隣にある温もりが無く目が覚めると扉付近にアリアの姿を見つけホッと息を吐く。
「ローザ様。お目覚めですか?」
近付いて来るアリアに顔を向けコクりと首を縦に動かし、ベッドから降りようと端に寄り腰掛けるとふわりと肩にショールを掛けられる。
「スヴァルツは?」
「もう執務室へ、先に湯あみをしましょう」
アリアに促されるまま湯あみをし、黒いドレスを身に纏うとスヴァルツの居る執務室へ向かう。
既に陽は高く、昨夜の情事が明け方まで続いた事を思えば仕方ないとは言え。1人で広く冷たいベッドで目覚めるのは寂しい。
早く会いたい!
その思いがローザの足を急かして、後ろからクスクスとアリアの声が聞こえるも、顔が赤くなりながらスヴァルツの元へ急ぐ。
扉を開けた先に、スヴァルツを見つけ、笑顔で駆け寄ろうとした足が、ソファでスヴァルツと対面していた人の後ろに立つ白い服を着た人を捉え、立ち止まり。全身が恐怖に震え、言葉を発する事も出来ず、その場でガタガタと震える身体を両手で抱き踞ってしまった。
「ローザ!!」
ふわりと甘い香りと共に温かいスヴァルツの腕の中だと気付き。ローザは顔を上げスヴァルツへ抱きついた。
「…私をあ…の場所へ…戻すく…らいなら、殺して…」
歯がガチガチして上手く話せないが、白い服を着た人がこの場に居る事にローザは恐怖のあまり口走ってしまう。
スヴァルツはローザの身体を翼で隠し、片手で抱き寄せながら立ち上がると、人間の方をギロリと睨む。
「お前達がローザに何をしたか、これで分かっただろう!話し合う価値など無い!」
彼らに見えないようにローザを抱き上げると、スヴァルツの首へ手を回し顔を見上げたローザは、ポロポロと白から白銀へ変わった瞳から涙を流していた。
「俺のローザ。お前が死ぬなら俺も一緒だ」
甘い声に安心したのか、ローザがふわりと笑い。スヴァルツの首筋へ顔を寄せる。ローザの甘い香りは、執務室全体へ広がり花の香りがした。
ソファに座っていたルーン殿下とステル殿下、後ろに立つアルクとネシアもスヴァルツが抱くローザの横顔を初めてまじまじと見た。
白銀の長い髪はサラサラとスヴァルツの翼の上を流れ、白磁のような肌は頬がほんのり赤く。赤い唇と白銀の瞳は蠱惑的で甘い香りと共に少女から目が離せない。
少女の唇から赤い舌がチロリと見えスヴァルツの首筋を嘗める姿に、四人は少女へ欲情を滾らせた。だが、スヴァルツの冷たい視線に気付き目を反らす。
「あの人達は、私を連れ戻しに来たんじゃないの?」
チラリとソファへ座る人達を見やったローザがスヴァルツの腕の中で問えば。
「今更、ローザへ謝罪したいと言っている。しかし、俺は許すつもりは無い!」
その力強い言葉とスヴァルツの体温を感じ、安堵したが。
「闇王殿。言い訳はしない、だが聖女様への謝罪だけでも受けては頂けないだろうか?」
上等な服を着た男が近づく。しかし、ローザがスヴァルツの胸に顔を埋めてしまい、立ち上がった男は身動き出来なくなった。
「私は聖女じゃない!」
スヴァルツの服を握りしめ震える身体から、声を振り絞りローザが叫ぶ。
男は、ローザの言葉に何も言えない。あの劣悪な環境を思い出せば自分が聖女等と考えられないのは当然だ。
「すまない…許さなくて良い。しかし、貴女が居なければ我が国は滅ぶ!
私の命なら今すぐにでも捧げよう。それが償いになるのなら、喜んでこの胸に剣を突き立てよう。
だから、お願いする!我が国へ戻って頂けないだろうか?」
ルーン殿下の言動に、ステル殿下始め執務室に居た者達が息を飲む。
「また…私を閉じ込めるの?……あの冷たい鉄格子の中へ戻す?……嫌よ……スヴァルツ!早く私を殺してよ!!」
イヤーー!!
錯乱して暴れて叫び続けるローザをスヴァルツは強く抱きしめた。
「大丈夫だ。俺はローザと離れる事は無い。ずっと一緒にいる」
優しく声をかけながら、ローザの肩に顔を寄せ耳元で囁き続けると、ふいに腕がダランと落ち、ローザの頭がガクッと傾き全身の力が抜けた。まるで死んでしまったかのような姿に、抱きしめていたスヴァルツがローザの心臓へ耳を当てれば。
ドクン…ドクン…心臓の音を確認して、そっと息を吐く。
気を失っただけと分かり、ローザが落ちないよう両手で優しく抱き上げた。
「二度とローザの前に顔を出すな!」
低く怒気を含んだスヴァルツの声に、誰1人動く事が出来なかった。
ダランと落ちたローザの腕が見え、強く握りしめた為に出来た掌の爪痕からポタリと血が流れ落ちる。
ローザを抱き上げたまま、執務室から出て行くスヴァルツの後ろ姿が無くなり。ルーン殿下は床に崩れ落ちた。
「私は……何と残酷な願いを…」
陛下達とは私は違う。ずっとそう思ってきたが、彼女から見れば私も陛下も同じエストレア国の人間なのだ。
彼女の心からの叫び声が耳から離れない。二度と会わせないと言われても私は彼女に会いたい!
傷付けた事も分かっている。でも、私が彼女を支えたい。闇王が隣に居るのも分かっているが、彼女のあの笑顔を自分へも向けて欲しい。
何故、闇王なんだ!聖女は我が国エストレア国の民。
違う……そんな事を考えてはいけない。
でも……彼女が欲しい…
「ルーン殿下。我が主はローザ様に惑わされております。貴方はローザ様が欲しくはないですか?
私も例え魂がローザ様と言えど。今の器であるローザ様と我が主は、少々不釣り合いかと思っております。
私が手助けいたしましょう。ルーン殿下は聖女と共にエストレア国へお帰りになれば宜しいかと」
ニタリと笑ってルーン殿下の耳元へ囁くメデオ殿。
「それは……出来ない…」
立ち上がる為に手を差し出され、ルーン殿下はメデオ殿の手を握ったけれど、耳元で再度囁く。
「今すぐ、お決めにならなくとも良いのです。お部屋へお送りしましょう」
甘い囁きに心が揺れたまま、ルーン殿下とステル殿下達は、用意された部屋へ向かうのだった。