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エストレア国の一室に、陛下と二人の王子、宰相と教皇の五人が集まっていた。
「聖女が連れ去られたとはまことか?」
陛下の言葉は怒気を含み教皇へ向けられる。
「何者かは分かりませんが、生き残った神官によれば、闇王かと」
教皇が答えると、陛下と宰相は厳しい顔つきへと変わるが、二人の王子には聖女も闇王も物語としては知っていても実在するなんて話は聞いた事は無かった。
「あれは作り話では無いのですか?」
第1王子である、ルーン殿下が陛下へ問えば、第2王子である、ステル殿下も首を縦に動かす。
「お前達には、いずれ真実を話すつもりであったが、今は聖女の行方を追わねば。この国は終わるだろう」
陛下の声が弱々しく、いつもの覇気は無い。
~暗闇の王子と聖女~
二人はそれぞれの国を支配する者だった。
太陽の光を聖女が民へ与え恵みをもたらす。
夜の暗闇を王子が民に与え安らかな眠りをもたらす。
しかし、聖女が夕闇に迷い二人は出逢ってしまう。それぞれの国を統べる者達。お互い出逢う事は無かった二人は、一目でお互いを強く求めた。
しかし、聖女は夜になると眠ってしまい、暗闇の王子は陽の光があると眠ってしまう。
嘆き悲しんだ二人は、互いに血を眠っている相手へ与え、いつしか神とも人ともならない異形なモノと変貌した。
与えられていた恵みも、眠りも無くなった民は、自分たちが何も出来ないのは堕ちた聖女と堕ちた暗闇の王子が原因だと怒り。勇者が二人の胸に杭を打ち込み堕ちた聖女と暗闇の王子は二度と会えないように離され埋葬した。
勇者は民に聖女が与えていた恵みを与え、暗闇の王子が与えていた眠りを与えた。
民を統べる勇者は、この国の王となり今も民に安寧をもたらしている。
「これが真実と言うのですか?」
ルーン殿下が問いかけると、教皇が口を開く。
「聖女の恵みは、彼女の血肉です。豊かな作物を育てる為に聖女は代々その身を我が国へ捧げてきた。
暗闇の王子は、エストレア国が滅ぼしたスアルド国の王子。今は潰えた魔力を自在に操る者達が暮らしていた国の王子だった。
二人が会った事が悲劇の始まりなのです。もし、聖女と魔力を自在に操る者が子を成したら、エストレア国はスアルド国の属国へと成り下がる。当時、エストレア国は建国したばかりで、スアルド国の肥大な土地が欲しく戦争中であったが。二人の出逢いにより、聖女を連れ去られる恐怖を覚えた王は、奇襲をかけスアルド国を滅ぼし、二度と会えないように聖女を教会奥に隠した。
しかし、聖女は王子の死を知り、自ら胸に杭を打ち込み自害してしまったのだ。
聖女の死体を埋葬しようとしたが、サラサラと砂になり、風に乗り病を国へ振り撒いてしまった。
左胸に痣を持つ聖女の生まれ変わりを見つけ、痣を熱した鉄で焼き、スアルドの王子に見つからないように教会奥に隠し、生きている間は血を抜き恵みを民に与え、死すれば跡形も無く焼く事が、王家と教会の秘匿となります」
淡々と語られた事に、二人の王子は怒りのまま、三人へ詰め寄る。
「何故、二人を離す必要がある!今は平和ではないか!」
しかし、陛下達の表情は険しく王子達の問いに予想外の答えがもたらされた。
「闇王へ聖女を渡せば、聖女の血肉によりもたらされた恩恵は、全て無くなるだろう。
1人の命と数多の民の命。考えるまでもない」
冷酷な言葉。命は等しいとは理解するも、民を見捨てる王は存在しない。
「闇王と話し合いは…」
ステル殿下が口を開くも、
「闇王がエストレア国へ侵入出来ないのは、聖女の血肉が結界となっておるからだ。
聖女の土地では、闇王の力は使えない。互いに血の契約をしなければ、聖女は我々へ恵みをもたらし続けるはずなのだ」
「では、闇王は何らかの策で聖女へ自らの血を与えたと」
ステル殿下が問いかけて、教皇の顔つきが変わる。
「何かあったのか!?」
宰相の声にビクリと震え、教皇が話し出す。
「ひと月前に、聖女を逃がそうとした老人を聖女の目の前で殺したと報告があり、老人の血を浴びた聖女を水で清めたと言っておりましたが、その老人の死体がいつの間にか消えていたと……しかし、まさか」
「もし、その老人がスアルド王家の者であれば、聖女が血の契約を!!」
陛下の目が見開き、教皇を睨み付けるが、二人の王子達には意味が理解出来ない。
「確かに聖女の恵みが無くなるかも知れませんが、それでも民と共に生きる事は出来ます!」
ルーン殿下が力強く言うが、
「お前達。この国が今まで栄えたのは、聖女の恵みと先ほど説明したな。聖女の恵みは作物だけでは無い。本当の恵みは太陽だ。
もし、聖女が見付からなければ、この地は雪と氷に閉ざされ人間が生きられなくなるだろう」
陛下の言葉に否と応える事が出来ない。
「聖女を取り戻せなければ、最悪彼女を殺せば新たな聖女が産まれる」
自分達が如何に聖女の犠牲の上にいたのか。初めて知った事柄に二人の王子達は身体から力が抜けたが、ルーン殿下は少し考え教皇へ向かい口を開く。
「聖女が住んでいた場所まで案内しろ」
ルーン殿下に言われ、教会の神官が呼ばれた。向かった先にあったのは、教会奥にある地下牢。
石が剥き出しの牢内には、今にも壊れそうなベッドがポツンとあるだけで、太い鉄格子は、連れ出した者が壊したと思われる場所以外。固く閉ざされている。
「ここに聖女が居たのか…」
ステル殿下の呟きに、神官の肩がビクリと震えたが、次の瞬間。
「答えろ!!国の為に身を捧げた聖女が、ここでどの様な扱いをされたのか!?」
ルーン殿下が神官の胸ぐらを掴み、声を荒らげた。そして、語られたのは人間の尊厳すら無視した扱い。
「な、長く生きられても力が弱くなります。20歳までには死んで新しい聖女を迎えなければならないのです」
狂っている。王家も教会も、そして、知らなかったとは言え、自分達も民も1人の少女の犠牲の上に生きて来たのだから。
「許してくれ…」
どちらの王子の言葉かは知れない。だが、この呟きに答える事が出来る少女は、もうこの場には居ない。






