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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オークは豚肉

作者: 平之和移


狩りから帰ると、村人が人間やエルフに殺されていた。いや、食べられていた。


森に住むオーク達の一人であるオレは、現在の食糧不足を解消するため、頻繁に狩りをしていた。今日は鹿を仕留めた。みんなで別けて食べることを楽しみにしていたのだ。


本来、鹿を食べるハズだったオーク達は、人間に貪られていた。生き残りのオークは屈強な体を震わせる。よだれを垂らした人間とエルフが彼らを殺す。粗雑な家や畑が荒らされる。


情けなく棒立ちしているオレに、捕食者の目が向かう。食欲しかない動物達。オレは鹿を落とし、一歩、二歩下がる。


「まだいるぞ! 追え!」


エルフが叫ぶ。恐怖にせきたてられ、オレは逃げ出した。


幸いにも、この森はオレ達オークの庭だ。隠れられる場所には詳しい。道なき道を進む。追っては一人ずつ撒いて、ついにいなくなった。草と木の茂る自然界が救ってくれた。


しかし森の音にはやはり人の音が重なる。鳥が飛び立つ羽音から、近付く者がいると解る。背の高い草に忍び、やりすごす。


「オーク、あれはよかったな」下卑た男の声。人間だ。「豚肉みたいで旨いぜ」


「貴族から庶民まで、今や大人気ですから」こちらは女エルフの声。


オークは豚肉。まさか。彼らはオレ達を飯として食べるために襲っているのか。言葉が通じて、価値観も理解しあえるオレ達を。野蛮だとオークを差別するクセに、もっと野蛮ではないか。


奴らに見つかってはならない。自分自身に警告する。見つかったら、あの獣の口の中だ。狩りや戦いに挑むならば現れるハズの感情が、今はない。あるのは鈍い汗と、早い心臓の音色だ。


森から出ないとならない。その結論はいかにも正しく思える。しかし村を捨てて逃げ延び、しかも戦も交えないとは。オークの面汚しだ。そうは考えても、あのおぞましい者共と相手するなんて。そうも思う。


森の外へ進路をとった。一歩一歩這い進むごとに幻聴が聞こえる。「戦わずして逃げるのか?」村長の声だ。「故郷の仇だぞ」兄貴分の声だ。「化け物を殺せ」村娘の声だ。答えて戻りたいけど、あの数ではどうしようもない。


木漏れ日からしてまだ昼だ。そんな時間に、森の外まで来た。外に出たら発見されやすいだろう。だが夜だと森から動けなかった。


いささかの安堵と共に、森の外へ足を踏み入れる。


瞬間、激しく刺々しい感触が体を貫いた。


結界だ。村の老婆の話を思い出す。魔法の中には物を閉じ込めるものがあると。これがそうなのだろう。ならばオレ達オークは最初から完食を狙われていたのだ。下品かつ醜悪な食い意地。怖いなんてものではない。怒りが拳を握らせた。


悔しいが、脳筋たるオークのオレは魔法が解らない。結界はどうにもならない。だが、これで諦めはしない。必ずや人間、エルフに一矢報いて、食べられずに死んでやる。


決意を胸に、まずは生き残りを始めた。




三日経った。空腹で死にそうだ。足跡は消しても痕跡は残る。そうして、発見はされていないが追い詰められた。敵が近くにいる。どこに逃げても囲まれている。何より腹が減った。全身が痛い。


三日前の決意は折れて死んだ。復讐より、生存への渇望が目を焦がす。森に生えるどんな草も、飢えを凌ぐには小さすぎる。


太陽は空にある。このまま、餓死するのだろうか。


そう考えて、フラフラとさまよった。鋭い枝に左腕の肉を裂かれる。痛みを感じた。声はない。叫ぶ気力もない。


皮膚から血がしたたり、筋肉の繊維が見えた。それが、かつて食べた多様な肉を思い起こさせ、判断を鈍らせる。とにかく口にものを入れたかった。血の香りが、肉の解体とその後の祭りを想起させた。


たまらない。倒れ込み、我が左腕に噛み付いた。もう以前には戻れない。そう、覚悟ではなく事実として知った。


噛み千切り、歯で潰し、舌と鼻で味わう。


あ、これめっちゃ旨いわ。なんぼでもいける。


飲み込む。いや美味であった。確かに豚肉の味だ。しかし肥えていないので脂身がない。これは惜しいことをした。生でもあるので、焼かれたジューシーはない。


すっかり元気になって立つ。こんな旨いもの、食べなきゃ損だ。まだ村に死体はあるだろうか。駆け出す。


途中の人間共は全て蹴散らした。そして、我が故郷に帰還した。


たくさんのオークが積み重なっている。見覚えのある顔もいっぱいだ。しかし旨そうな死体だ。傍らで人間やエルフがバーベキューをしていた。


「おーい」オレが呼ぶと、彼らは振り返る。「オレも混ぜてくれ。腹が減った」


「腹が減っているのは当然さ。襲う前の下準備だからね!」


と言うのは人間の美少年。しかし招かれることに変わりはなかった。


串焼きのオーク肉を食べた。想像以上においしい。口内にしたたる脂がさらに肉を欲している。野菜も焼かれている。村から略奪したのだろう。おかげで今、おいしいものを食べられる。村の仲間に感謝。


人間やエルフともすっかり仲良くなった。彼らの美食は深いもので、虫だって食べたそうだ。


「じゃあ、人間は食べたことあるかい?」


疑問が浮かび、オレはそう聞いた。彼らは首を傾げ、あごに手を当てる。どうやら知らないらしい。


「じゃあ食べてみよう」


オレの提案に、人間は目を迷わせた。エルフは唇を舐めた。彼らが向けた目は、人間の美少年を映していた。


彼は意図を理解し、一歩、二歩、退いた。


「彼を食べよう」


とは誰が言ったか、定かではない。


各々は得物を取り出した。オレは「手で目を潰して殺そう」と言う。可食部は多いほうがいい。


「なんだよ、なにをするんだよぉ」


右へ左へ囲いを作る。逃げ場を失った美少年は転ぶ。瓦礫に背を預ける。


「やだ……やだ……」


サディズムをそそる声と表情。近づいたオレは、オーク特有の太い指で目を貫いた。両目と奥の脳を破壊した。指を抜くと、眼球の欠片やピンクのそぼろ肉が絡みついている。舐めると生肉の味。


いそいそと解体。太陽がだいぶ傾いて、解体完了。部位ごとに味は変わるが、案外さっぱりしていた。


「エルフはどうだろう」


オレはそう呟き、許可を取らずエルフの少女の耳を引きちぎる。彼女が痛みに苦しんでいる中、エルフ耳を炙り口に入れる。パリパリ、コリコリのよい食感。もう一つの耳も食べておいた。あの長耳がないエルフは実に滑稽だ。みんなで笑った。


バーベキューは楽しいもので、すぐに夜になった。余りの食材とさっきのエルフ少女を焼きながら、夜の会話と洒落込む。


「二本足の旨さを知っている人ってどのぐらいいるんだ?」


オレの問いに、彼らの中の一人が答えた。


「いや、ここら辺だけだ。貴族とか庶民も好きだが、二本足の味はまだまだ広がっていない」


「じゃあ、飯屋を開こう」オレは人差し指を上げて提案する。「チェーン店にするんだ。安く、旨く、早い。だってそこらにいるからな」


みんな賛同の声をあげた。かくして、二本足専門食堂、「同族定食」がオープンすることになったのだ。


我が店はたちまち大繁盛。元々あった高いオーク肉人気を一身に手に入れ、流通ルートも確保。予定通りチェーン店として各地へ展開。最初は拒絶されたものの、地域を飢餓に追い込みそれを助ける形で食べさせた。そうして全世界に定着していった。世はまさに二本足ブーム。


二本足の消費に追いつくための牧場も拡大。それでもなお人気のメニューは追いつかない。人肉唐揚げ・エルフ耳チップス・オーク肉汁のセットメニューは、やはり消費が早い。


だが、産業革命が起きた。人口は増加、ハーバーボッシュ法によってエサも安定。二本足は毎食と間食に食べてもなお余るようになった。


そうして消費が続いた結果、ついにと言うべきか、今度は人口が減り始めた。今や、あらゆる種族は四本足は食べられなくなった。同族をありったけ喰らい、気づけば全種族が絶滅の危機に足を震わせていた。


店を立ち上げてからここまで、十年が経った。


オレは銃を持ち、廃墟と化した街に侵入していた。今なお我が同族定食は人気だ。今日も食事の提供するため、二本の足で歩く者を狩ることにする。

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― 新着の感想 ―
[良い点] オークの大ピンチから始まるこの物語、 どう話が転がるのか全く読めませんでした。 新しい味の開拓というのはほんの些細なきっかけで始まるのかもしれませんね。
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