お母様の心配
話を聴き終えたトリスタン様は、「もっと詳しく聞きたい。二度足になって申し訳ないが、明日の昼3時に城へ来てくれないか。私に取り次ぐように伝えておく」と仰った。
思った以上の好感触に、胸の中でガッツポーズを決めた。
よっしゃああぁ!
深々とお辞儀をして謁見の間を後にし、小躍りしながら帰路についた。
自分のアイディア(といってもほとんど前世の知識からのパクリだけど)が人に認められ、形になるかもしれないって本当にワクワクする。
そう感じるのは多分、前世でそのような仕事をしていたからだろう。
家に戻るとお母様が待ち受けていた。
お母様はお茶会やサロン、買い物や観劇、お友達との旅行に忙しく、家を空けていることが多い。
顔を合わせるのは5日ぶりくらいだ。
「クレア、聞いたわよ。あなた、この間スティーブンを家へ招いたらしいわね。どうだった、あの子。良い男になってたでしょう。私も少し前に偶然ばったり会って、あらっと思ったわよ。けどねえ、見てくれが良くても、ただの警ら隊員よ。出世して、せめて隊長になってくれればいいけど。そうね、せめて最低限、それが条件ね。妥協は許しません」
お母様は相変わらず一人よがりで、話が飛躍している。
「誤解ですわ、お母様。スティーブンのことは、親戚のお兄様としか思っておりませんし。野暮用があって、お忙しい中わざわざ足を運んでいただいたのです」
「そう。いくら親戚といっても殆ど他人。あなたももう子供ではないのだから、気を付けなさい。二人きりの部屋で男と会うのはよして。どんな噂が立つやら分かったもんじゃないんだから」
お父様の弟の奥さんの歳の離れた弟が、スティーブンだ。
私にとっては、義理の叔母さんの弟。確かに血は全然繋がっていない。
なら当然、結婚しても問題ないはず。
しかしお母様がこうして強く釘を刺すのは、スティーブンがただの警ら隊員だからだ。
子爵家の一人娘の婿として迎えるには、物足りないのだ。
「はい。以後気を付けます」
快く頼まれごとを引き受けてくれたスティーブンが、お母様に変に敵対視されてはたまらない。
スティーブンが例の投資話を調査してくれるのは、その「殆ど他人」である親戚のためなんだから。
我がデイヴィー子爵家が没落の一途を辿らないように――。
お父様が詐欺被害にあうのを未然に防ぎ、苺増産プロジェクトを成功させ、お父様が報奨金を貰えるようにする。
そうすれば私が借金の肩代わりに豪商へ嫁ぐこともなくなり、愛されない結婚生活に苦しむこともない。ヒロインを虐めることもないし、断罪されることもない。
私の関与しない世界で、どうぞ2人でお幸せにだ。
それから先のことは、それから考えよう。今はとにかく『没落を回避せよ』がマイミッションだ。