伯爵令息へのプレゼン
スティーブンが帰った後も気持ちがソワソワと落ちつかなかった。
『怪しい投資話』の調査が上手く行くだろうか。それが気になって、ソワソワしてしまう気持ちは自分でも分かる。
だけどこの余韻は何だろう……。
スティーブンのことを思い出すと、胸の奥がくすぐったい気持ちになって、何だかバツが悪い。
もしかしてこれは……
いやいやまさか、相手はあの昔から知っている『スティーブンお兄ちゃま』よ?
しばらく見ないうちに一段と男っぽくなっていて、思わずドキリとしたけれど、私の好みのタイプは違う。
私は小さい頃から絵本に出てくる王子様に憧れている。金髪碧眼で、薔薇の花がよく似合い、キラッキラのオーラに包まれていて、惜しみない笑顔をふりまく、そんな男性だ。
スティーブンの役どころは、その王子の護衛といったところか。寡黙に真面目に仕事をこなし、影のように目立たず、不用意に笑わず、サポートに徹する。
何それ、かっこいいじゃん!
もしかして前世の記憶が蘇ったせいで、好みや考え方が変わってしまったんだろうか。
王子様は王子様でかっこいいけれど、護衛は護衛でかっこいいと思える。
あ、これって好みが変わったというより、気が多くなったってこと?
前世の記憶分、人生経験が増えて、より広い視点で物事を見れるようなった、ってことよね?
うん、そういうことにしとこう。
尻軽になったわけではない、決して!
「タマーラ・フィッシュバーン――…どこかで会ったか?」
謁見の間で、書類に目を落としていたトリスタン様が顔を上げ、私を見て仰った。
トリスタン様はリズノール伯の3番目のご令息だ。
タマーラ・フィッシュバーンというのは、謁見申請書に書いた私の偽名だ。
子爵令嬢だとバレないように、呼び立ての手紙も家ではなく、別の場所に届くように手配していた。
順番待ちの行列に割り込ませてもらえるよう窓口に賄賂を渡したが、まさかこんなに早く呼ばれるとは、予想以上の賄賂効果。
どこかで会ったかと問われ、ドキリとした。
トリスタン様とは、そりゃもう何度も会ったことがある。社交の場で。
お父様の紹介で会話をしたこともあるし、ダンスパーティーで一曲踊っていただいたこともある。
あれは一生ものの想い出だ。
だけどトリスタン様にしてみればその程度の相手は5万といる。誰も彼もが同じように着飾って、領主様のご令息に取り入ろうと目の色を変えて近付いて来るのだから、その一人ひとりに心を砕いてはいられないのは当然だ。
私はただの脇役だった。
しかしそう気付く前は、もしかしたらヒロインになれるチャンスがあるのではないかと夢見て、色々と画策した。
私が、というよりお父様が、だ。
子爵家は貴族の中では下級だ。
しかし、娘自身が女として伯爵家の息子に見初められれば、家格など気にせず結婚を申し込んでくれるはず。
お父様に焚き付けられ、あらゆるチャンスを狙ってご令息にお近づきになろうと目論んだ、ええ、そんな時期もありました。
しかしご令息方のガードは固く、強敵は多く、『その他大勢の中の一人』から脱することは出来なかったのです。
何より気付いてしまったのは、私はご令息の好みのタイプではないという、決定的な敗因。
ウェストブルック家のご長男の好みのタイプは、スタイル抜群の完璧な美女。
次男のマークス様のお好みは、小柄でふんわりした、童顔の癒やし系。
3男のトリスタン様のお好みは、清楚で控え目だが芯の通った、優等生タイプだ。
私はと言えば――『顔立ちのキツイ、まあ綺麗かもしれんが性根の悪さが顔に出てるような女』だもんなあ。
自分を客観視できるようになった今、心からそう思う。
THE・悪役令嬢顔。
せっかく生まれ変わったのに、神様は意地悪だ。
「はい、幾度かパーティーで。デイヴィー子爵の一人娘、クレアと申します。この度はリズノール地方特産品の苺の増産計画について、是非ともご考慮いただきたく参りました。父には取り合ってもらえず、内緒で参りました。名を偽ったことを深くお詫び致します。どうかお許しくださいませ」
貴族令嬢の作法にのっとってお辞儀をし、深々と頭を垂れた。
トリスタン様は人当たりが良く、伯爵家の中でもわりと自由なお立場というイメージだ。
このくらいで目くじらを立てることはないだろうと思った通り、あっさり許してくれた。
「面白そうな話だ。ぜひ聞かせてくれ。悪いが手短に」
謁見時間は5分と決まっている。
要点をまとめてきた紙を取り出し、与えられた時間内で精一杯のプレゼンを行った。