コンプレックス位あるよ
「あぁ!前から思ってたんだけどよ なんでお前、俺にタメ口なわけ!」
ずっと言いたかった。こいつのタメ口は天然ではない。例え自分より年上であっても相手を見下す計算してやっているタメ口だ。
「嫌だなぁ 友達じゃん」
俺はこいつを友達だと思ったことは一度もない。
最初に会った時から
芸術専門学校 芸能コース 入学式
俺は、誰よりも早く教室にいるつもりだった。
俺の尊敬している俳優が現場には一番にくると聞いたことがあるからだ。
しかし、そこには同級生の女性と話すこいつがいた。
怯んでしまった。
話し続ける二人。一人で寝たふりをする俺。
次々と生徒達が教室に入ってくる。講師がくるまで俺は、顔をあげることが出来なかった。
こいつは演劇の名門校出身で元部長。脚本もできるらしい。こういう人種を見て思うことが一つだけある。こいつらはどれだけ運が良かったか?よくこいつらは人より何倍も努力してきたなどという時がある。でも努力できる環境はどうやって手に入れた。同じ距離を走っても土ではしないがアスファルトでは怪我をしてしまう。怪我をしない努力なら誰だってできる。そしてこいつは、本当の努力をしていなかったと断言できる。理由はその口調だ。
俺は思った。こいつは、運を使い果たしている。あの口調を直されないままここまで来てしまったんだと。
それともう1つ思ったこと。俺も運が悪い。
この学校の講師達の口調も一緒だったからだ。
何であの人の出身がここになってるんだ?
「気持ち悪い」後ろから女性の声がした。
「先生達の出てる映画があったら私は見ないなぁ」振り向くと朝あいつと話をしていた女の子がいた。
あいつは嫌いだがこの娘とは話が合いそうな気がする。
「どうして?」
「あの人達、きっと引き出しが少ないよ」
「引き出し?」
「そっ、試して見ようか」そういうと彼女は突然、教室から出ていった。
突然、スピーカーから声が響いた。
「死にます!女優になれなかったら死にます!」えっ、あの娘?
「あなた達で私を助けて下さい!」
皆が声に反応した。
「なんだこの声は?」講師達が騒ぎだした。
「放送室です 止めましょう」一人の講師が言った。
放送室は黒いカバーで覆われ室内が見えない状態になっていた。廊下には通信機らしきものが二つ置いてあり一つは教師、もう一つは生徒と書かれていた。心配そうに見つめる者、イライラして舌打ちする者、談笑する者、生徒達は様々だったが講師達は怒り狂うだけだった。
俺は思い出していた。あの人のドラマの一場面を
タクシーが女性の前で止まる
運転手「どちらまで?」
女性「今から二十四時間で私の行きたい場所を探して」
運転手「冗談なら降りて下さい」
女性はバッグを開け札束を見せた。
運転手「もし、見つけられなくてもそれは頂きますよ」
女性は窓を見つめたまま動かない。
運転手はあらゆる場所へ連れて行った。
そして最後に女性は二十四時間分の料金だけ支払いタクシーを降りた。
「とりあえず警察を」一人の講師が言った。
「もっと粘らんかい!」スピーカーから彼女の声
「あんた達は諦めたかもしれないけど私達はまだ途中!役者目指してここへ来てる 今日、あんたらに見せられた茶番、ここで取り返してみぃ!」
「警察を呼びました。私達には生活があるんです。そして、あなたは退学にします。」教師は冷静に言った。
「それは、先生方全員の意見ですか?」放送室から彼女が出てきた。
早い!粘るのはお前だろ。でもここはドラマじゃない現実だもんな。
残念だこの掛け、 俺達の負けだ。
異常な光景だった。冷静教師を除いた講師達が放送室に立て籠ったのだ。
「警察位でビビるような役者は必要ありません!この続きはあなた方の宿題とします。くれぐれも今回のようなくだらない脚本は書かないように」講師達の声がスピーカーから響き渡った。
あの娘とあいつは悔しそうにその場から消えた。
俺は運が悪い。ここは現実という逃げ場がない。
戻ろうとした時、講師から呼び止められた。
「あなた達、ここ片付けるの手伝ってくれる」
隣を見ると眼鏡男子がいた。イケメガネ。
「手伝いたくありません。僕は、今までそれで損をしてきたので、では」
次々と現れる聞いたことがないセリフ。そして、驚かない講師。俺はいないものとされている。
「夕焼けや 色合い深く 君をみる」
「私が手伝います」
この娘はハイクさん。
ハイクさん。自己紹介で俳句を読んだので、そうよんでいる。日舞や着付け、お茶も出来るらしい。この娘は覚えていた。出身校は幼稚園からの一貫校。世間知らずのお嬢様。動きなどの仕草がそれを物語っていた。だが覚えていた理由はそこではない。この娘はこれだけの着物を纏っていながら華がなかったからだ。
放送室の片付けをする俺達三人。
俺、ハイクさん、居残り先生。
窓のカバーだけと思ったらいろんな小道具用意してたんだなあいつら。
「彼、かっこ良かったですね」居残り先生が言った。
彼?あぁイケメガネか。
「そうですね」ハイクさんが言った。
ハイクさん、あんなのがタイプかぁ。俺は、黙ってカバーを剥がしている。
「人間、平等なんて無理。私も含めて皆、彼とおしゃべりしたかったのね」
「話やすそうな人っていますからね」
「彼、それが嫌になったみたいね」
教師も人間か。そりゃ少し位は楽しみも欲しいわな。でも敵は少ないほうがいいですよ居残り先生。
「紅梅を めでる鶯 枝を折り」
気になった。この時ハイクさんは、どんな顔をしていたんだろう。微笑んでいたのか、それとも怒りか、はたまた別の表情か。しかし俺は、見てはいけないと思った。
飲まれそうだったから
「いい唄ね」居残り先生は言った。
何で俺があいつの家に。
居残り先生とハイクさんの強かな罵りあいに巻き込まれ、俺は、ハイクさんと一緒にあいつに小道具を返しに行く羽目になってしまった。
「ごめんなさい 今日会ったばかりなのに」
「そこも俳句でいいよ」彼女の素はあまりに脆い。
電車では、あの立て籠りで出来なかった俺の自己紹介をした。高校の時、漫才コンビを組んでいたこと、テレビの仕事をしていたことなどだ。でも大事なことはこの娘には言わなかった。
あいつの家に着き、荷物を渡した。
「あっそう ありがと じゃ」あいつの一言。
誰のせいで。
今日は、いろんな人を見てきた。
こいつが一番友達になれない。
午前2時、俺の部屋。
俺は珈琲を淹れる。
「お疲れちゃーん」青い目の男が現れる。
「遼さん」これが見える奴は病気だ。
「見てたよ 青い奴ばっかだね 先生も来てなかったし」遼さんは淹れておいた珈琲を飲んだ。
「第二のあなたはいましたか?」俺は訊ねた。
「まだ、わかんねぇ。俺は、親父と違って天才じゃねぇから。お前も含めてゆっくり見させてもらうよ」
「早く見つけてください!」少しイラついてしまった。
「おい、調子にのんなよ お前は俺を殺したんだからな」青い目が光った。
俺はうつむき、自業自得と囁いた。
遼さんは30分で消える。
そして、俺は眠りにつく。
次の日、あいつら二人は停学になっていた。この学校は単位制である。それぞれの決められた単位数さえクリアできればどの授業に行くかは選択できる。