タバコ

　エレベーターが停止して既に四時間が経った。さすがに長すぎやしないか、とも思うのだが、しかしこのビルは約半世紀ほど前に建てられたものらしいから、依然私たちが慌てふためくことは無意味と言える。

　私たち……なのか？　現在は私一人だけのような気もするが、実際のところそれはどうなのであろう。

　三本目のタバコを取り出し、先端をじっくりと見つめる。私の瞳には、その向こうに薄ぼんやりと、床にぐったりと横たわる女の影が映る。

　先程まで少々頭が混乱していたが、二本目のタバコを吸い終えてから物事がはっきりしてきた。

　女は確か肺の病気がどうのこうのと、それはもう大変な剣幕で喚き散らしていた。

　女はおそらく私の娘と同じくらいの年齢だろう。私はなぜだか、自分の娘とはだいぶタイプが違うな、と、ずいぶん冷静になった頭で考えた。

　私の娘は自分の意見をまともに言うことができない。いつだって白々しい愛想笑いを顔に張り付け、私と妻の話を素直に聞いているだけだった。

　しかし、そんな娘がたった一度だけ、意思表示らしき行動を起こしたことがあった。

　私が会社の用件で休日出勤したある日、娘は「私の部屋」に忍び込み、「私の部屋」で「私のタバコ」を全て吸い上げ、それらの残骸を床一面にばら撒いたのだった。その娘の仕業を、私と妻が見て見ぬふりしたことが結果的に正しかったのかどうか、それは今でもよくわからない。

　三本目のタバコに火を点ける。ゆらゆらと紫煙が立ち上り、私と女のいる空間をゆっくりと烟らせてゆく。

　私は捕まるのだろうか。もしそうだとしたら、一体なんの罪で捕まるのだろう。

　タバコを止めなかった罪？　それとも女の首を絞めた罪？　それとも……。

　私は、娘がちょうど今「私の部屋」で「自分のタバコ」を燻らせている、そんな気がして、ゆっくり、ゆっくり、目を閉じた。