都落ち28歳女騎士の日記
はじめて投稿してみます。
拙い内容ですがよろしくお願いします。
ネズミが出た。
小さな四つ足ですばしっこく走り回る。
体は握りこぶしほどで丸っこく、尻尾がミミズのように長細い。
灰色の体毛が生えており、なんとも言えずみすぼらしい。
その鳴き声は舌打ちのようなチューチューという音。
コソ泥のような不法侵入者を「ねずみ」と呼ぶこともあるが、比喩や隠語のそれではなく言葉通りのネズミが出た。
休日、昼食後、「さて、今日は何をするか」と考えながら茶を飲みくつろいでいたところ、部屋の隅を横切る小さな影が視界に入った。
はっきりとは見えなかったが、あのように部屋の中を素早く動く、虫にしては大きすぎるものなど、ネズミの他に考えられないだろう。
出た以上は退治せねばならない。病気でも持って来られれば、たまらない。
しかし、ここで私は不安を覚える。私はネズミなど退治したことがない。屋外で草むらの陰をちょろちょろとしているのはよく見るが、運がいいのか家の中に入り込まれるのは初めてだったりする。
できるだろうか、私に。ネズミ退治が……。
初めて対峙する敵。
それはどんなに矮小な存在であれ侮ってはならぬとは先祖から伝わる鉄の掟。
緊張にゴクリと唾をのむ。汗を一滴、床に零す。
……しかし。
私の名は、クリスティーナ・フォン・タールクヴィスト(28)。辺境の田舎とはいえ、ここオンネス領領主に代々仕える騎士の家系の長女にして、今代のオンネス領騎士団長である。
物心ついた頃から振るい鍛え続けてきた我が剣を前に、ネズミ1匹など塵芥も同然。
騎士の誇りを胸に抱けば、不安はスッっと姿を消し、五感が鋭敏に研ぎ澄まされる。
家紋の入った剣……でネズミを斬ったらなんかバッチイので、訓練用の木剣を一振り手に取り、握る。
部屋の真ん中にて静かに構える。
呼吸を整え、心音すらもコントロールするかの如く、意識を集中。
視覚、聴覚、肌に感じる空気の動き。あらゆる感覚から敵の気配を捉えんと探る。
探る。
静かに。
敵の、ネズミの気配を。
隙を。
慎重に……。
……っ捉えた!!
誇りと鍛錬の証にふさわしい一太刀を、私は振り下ろした。
……。
惨敗だった。
私の渾身の木剣は、何度振ってもネズミの体にかすりもしなかった。
いや、だって、ネズミ相手を想定した訓練なんてしたことないもん。しょうがないよ。
あんな小さくて素早くて逃げ回る相手に、どうすりゃいいの。むりだよ。
そもそも、私の剣はネズミ退治のための剣か?ちがうだろ?仕えるべき主や民を守るための剣だ。ならばこれはノーカンだノーカン。
どこぞの達人は飛び回る蠅を一瞬のうちに斬ることができるなんていうけど、こちとら辺境のド田舎騎士だし。家だって屋敷とは呼べないような、その辺の農民が住むよりほんの少し立派って程度みたいなもんだし。
そういえば、調子に乗って都の騎士団に入団するため家を飛び出したこともあったなあ。結局、出戻ってきて領主様に再雇用してもらって、今はママと二人暮らしだけど。
だからそんな高みハナから目指してないっていうか。蠅やネズミが斬れたからなんなの?っていうか……。
……心の中で言い訳を並べるたびに、気持ちが落ち込んでいく。
私は何をしているのか。
ネズミ相手に木剣なんぞを振り回して。
奥で寝ていたママに「うるさい」と怒鳴られてげんこつまで食らった。
事情を説明したら心底残念なものを見る目していた。
怖かったし悲しかった……。
しかし、おかげで偉大なるママから叡智を授かった。
なぜ気付かなかったのか。こんなときにふさわしい道具があるではないか。
ネズミ捕りだ。
ネズミ捕り……、良い響きだ。たとえその存在を知らないとしても、聞けば「それはネズミを捕る道具なのだ」と誰もが理解できるだろう、シンプルで過不足のない名称だ。素晴らしい。
そうだ。なにをトチ狂っていたのか。木剣などで応戦なんてする必要なかったのだ。
普通の家でネズミが出たらまず手に取るものは何か?ネズミ捕りだろう。少なくとも剣ではないはずだ。
では私もネズミ捕りを使うとしよう。
木剣をそのへんに放り投げ、昔、「念のため」と言って買った覚えのあるネズミ捕りを、私は探す。
どこにしまったか、ママに聞けばすぐに分かるだろうが、起こされたついでと出掛けてしまった。
探すこと小一時間。ついに私は念願のネズミ捕りを見つけ出し、最初にネズミを発見した位置へ設置を完了させる。
小さな檻の中に餌を吊るし、その餌を引っ張ると閉じ込められる仕組みのものだ。
ミッションコンプリート。完璧な仕事だ。
得も言えぬ充足感。
失いかけていた騎士の誇りを、私は取り戻すのを感じた。
失って初めて気づくその尊さ。しかしそれは永遠に失われるわけではない。取り戻さんと努力することで、より価値のあるものとして、またこの手に納めることもできるのだ。
思いがけず良い教訓を得てしまった。この又とない経験、必ず日記に書き留めておかねば。
ネズミ捕りを探すため、ずいぶん荒らしてしまったので片付けていると、ママが帰ってきた。
早速ママに、私が仕掛けたネズミ捕りを披露した。
鼻穴を広げ胸を張り、私は私の今日の仕事と得た教訓を演説した。
ママはそれを聞くと、息をひとつ吐き、やさしく撫でて褒めてくれた。
その目は何かを諦めたような色をしていた。
解せぬ。
何はともあれ、これで一安心。後は仕掛けた罠が寝ている間に仕事をしてくれる。
私は満足感に満たされながら、眠りについた。
……。
翌朝。
早速ネズミ捕りは仕事をこなしてくれていた。
檻の中には小さな生き物が捕らえられていた。
小さな四つ足で動き回る。
体は握りこぶしより少し大きいほどで、全体的に丸っこいが所々角ばっていて、尻尾がミミズのように細長い。
灰色の体表はツルリとしており、変に高級感がある。
その鳴き声は……
「なあ、君。悪いが、ここから出したまえよ。迷惑は掛けないと誓おうじゃないか」
人語を発した。
私が捕らえてしまったものは、
比喩や隠語のそれどころか、言葉通りのネズミですらない、
「何か」だった――。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
せっかくアカウントを作ったので、なにか投稿してみたいと思い、書いてみました。
思いつきで書いたものですが、読んでもらえるのか、楽しんでもらえるのか、異常にドキドキしますね(^^)
続きそうな終わり方になってますが、とくに続きは考えていないので、短編として投稿しました。
もしも思いつけば連載としたいと思いますが、たぶん可能性は低いです(笑)