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五,「カゲ」カサネ・一





「う、ぁ、ああ! !!!?!!!?!?!!!? ???」



ある男の心は侵食された。

一瞬のうちに心は喰われ、次の瞬間、男はもうその

「男」であるがその

「おとこ」ではなかった。


「こんなものですか・・・・・・・・人間てものは?」


男が口を開く。明らかな意思を持った口調。男であったものの記憶を辿った言葉では無い。この

「男」自身の

「おとこ」の言葉。


「おめでとう」


暗闇から別の男の声がする。とても野太い声が


「どちらさまで」


男は前を向いたままこの野太い声に答えた。


野太い声も答える。

「お前と同類とだけ言っておこう。まぁ、細かいことはあまり、気にチュるな」


野太い声は一部分だけ言葉の使い方が違うようだ。


「なるほど、あなたも

「カゲ」ですか?」


男は声の喋り方にはさして気にも止めず言葉を続けた。



「なら、解るのですね? あなたも」


「ククク、語らなくても解っているようじゃないか」


「ええ、ではさっそく用意致しましょう」


男は口の両端を歪めて笑った。


「クク、ハハハ、できることなら俺たちをヒィヒィ言わせてくれる

「相手」にチてくれよ」


野太い声も楽しそうな声で笑う。



「それは、

「あちら」しだいということで」




そう言うと、男は闇の中に溶け込み、消えた。











「え! ツカサさん学校行ってないの!!」



少年・小泉 光〈こいずみ ひかり〉は衝撃を受けた風な声を挙げた。


「なんだうるせえな。俺が学校行ってないのがそんな驚きか?」


少女・影見 ツカサ〈かげみ つかさ〉は出された茶菓子の水ようかんを食しながら大袈裟だと光をたしなめた。


「いあ、だって普通は僕らの年齢だと・・・・それに、セーラー服を着てたからどこかの女子校にでもと」

「ありゃ俺の仕事着だ。ちゃんと意味のある恰好、てか何だよ女子校って、俺に茶菓子を噴かせる気か?」



俺が女子校? ありえねえと苦笑いでツカサは光に言った。




「いあ、茶菓子を噴かせるとかそんなつもりで言ったわけじゃ・・・・」


(結構本気でそう思ってたんだけど・・・・)


光は頭の中で女子校の登校風景を想像し、そこにツカサを当てはめてみた。


あまり人を寄せ付けないクールな登校風景が容易に想像できた。

遠目で他の女学生が憧れの眼差しで見てるそんな感じの風景。


(ほら、違和感無い)

心ではそう思ったが、本人が嫌がりそうなので口が裂けても言うまいと誓いつつ光も水ようかんを口にした。


「ん〜。そうかぁ、ツカサさんて働くぐらいの歳だったんだ。僕よりひとつ年上ぐらいかなと思ってたよ」





「・・・・・・・・んん?」

光がなんとなく納得したようなそうでないような微妙なトーンでそんな事を言うと、ツカサは間を置いてから片眉を下げて難しい顔をすると水ようかんのプラスチック製のスプーンを唇で甘噛みしながら光にこう答えた。


「んんむ、働いているてのは、ああ、働いてる。けど、俺の歳を大まかに言えば数えると・・・・これくらいになる」


言うとツカサは手のひらを広げて光の前に三回ほど突きだした。


それを見た光は


「え!? 五十歳!?」


とすっとんきょうな声を挙げた。


「・・・・・・・・俺はそこまでお前の目には婆に見えるのか?」


呆れたのかツカサはスプーンを甘噛みしながら目を閉じて、再度手のひらを三回突きだす。


「五が

「三回」全部足したらそれが俺の歳」


「あ、なんだ。

「十五」か。そうだよね、普通に考えれば五十なんて・・・・・・・・十五?」


光は手のひらとツカサの顔を交互に見比べた。


「ツカサさん十五歳?」


光がポカンと口を開く。


ツカサはそんな光を突きだした手のひらを親指と人差し指だけ折り曲げると


「そう言ってるだろ」


ペシンと光の鼻先を軽く弾いた。



「っっ! ご、ごめん。いあ、まさか・・・」


(年下には、見えなかったから)


光は鼻先を押さえながらそこから下の言葉は心の中で飲み込んだ。

さすがに言ってはいけない気がしたのだ。


(それにしても)


改めてマジマジとツカサの顔を見る。


大きめで黒目の割合のほうが多い黒糖飴のような少しつり上がった瞳。

黒さを際立たせる白い肌。

色素の薄い少し小さめな唇。


黙っていれば可憐な少女。きっと誰もが見惚れてしまうであろう。


本当の美人というのはこういった人を言うのだろう。


少なくとも光の同級生にはいなかった。クラスに何人かはそれなりに可愛い女子はいたかも知れないが、光は美人とは思わなかった。


だからこそだろうか、ツカサの事を年上と思ってしまったのは、背筋をピンと伸ばせば高身長な体躯が更に年上な雰囲気を引き上げてしまう。

加えて光を包み込んでくれたあの包容力と口を開いたときの男言葉等が、年下だとは思えなかったのかも知れない。






「ジッと見られると食いにくい」


それほど長いこと見ていたのだろうか?

ツカサは目だけを宙に向けながらスプーンをチロッと舐めた。


「いあ、あの、えっと、ゴメン」


そう言われて光はしどろもどろになりながら謝った。


ツカサは

「いや、あやま」と言った直後に、表情を変えて苛立たしげに頭をバリバリと掻き


「・・・・うるせぇよ」

と、呟いた。


「え・・・・あ、なに?」


その小さく呟いた言葉が聞こえずらかったのだろう。茶菓子を食べようと持ち上げたスプーンを途中で止めたまま尋ねた。


「ん? 今のは俺のひとり・・・・・・・」


独り言だとツカサは言おうとして、言葉尻を止めて表情を更に険しくした。


「悪い、ちょっと席外す」


「え? あ、う、うん」


言いながら立ち上がり険しい表情で出ていくツカサを光は目をパチパチとさせて見送るしかなかった。


「やっぱり、気に触ったのかな・・・・」




「おい、確かか?」

玄関付近まで来るとツカサは小さく呟いた。


ツカサの頭の中に瞬時に声が響く。



〜〜ああ、ここら近辺の空気がおかしい。

「カゲ」が動き出したみてよいだろう〜〜


低く中年男性に近い声で何モノかがツカサに報告をする。


その報告を聞いてツカサは更に表情を険しくさせ、前髪を片手でクシャクシャにする。


「ここらで動き出した・・・・・・・・てことは」


〜〜恐らく、またあの

「ぼうや」を狙ってくる可能性が高いと思われる。どうするね? 嬢ちゃま〜〜






「決まってんだろ。俺は今のところ光専属だ。護りを固めるぞ」


ツカサは静かで、しかし、強い口調で言った。その黒い瞳になにか決意めいたものを宿して。


その言葉に声も続く。


〜〜心得た。と、言いたいところだが具体的にどうするのだ? 指示が無ければ動きようがないのだが?〜〜


決意めいたものをへし折られたような気がしてツカサはイラッときたが両のこめかみを両の親指で押さえてそれを落ち着かせた。

そして、自分なりの考えを具体的に指示した。


「できる限り、いや、必ず光にくっついて行動をする。俺は学校以外の全部。お前は学校の方を頼む」


〜〜よし、今度こそ心得た。が、それは何時もと大して変わらんのではなかろうか? それに風呂と用足しまで嬢ちゃまがくっつくのか?〜〜

楽しそうにクックッと笑う声が頭に響いてツカサはブチキレそうになるが両拳をぶつけてそれを押さえた。


「いちいち挙げ足をとりやがって・・・・クッソ」


〜〜いやはや、俺は自分の意見を言ったまで、言われれば言われた範囲までの事はやるさ〜〜


「・・・・まて」


〜〜んん?〜〜


「風呂とトイレの方も頼む」


〜〜ふむふむ、心得た!〜〜


今度はカッカッと楽しそうな笑い声を残して消えていった。


「あいつはいつかぶった切る・・・・」



静かにツカサは恐ろしげな色を瞳に宿し、決意した。







翌日ーーー学校



「ん〜〜? 今日はどったのよ光ちゃん。なんだかボ〜っとしいだぁねえ」


光の机にドッカと友人・夏目 陽介〈なつめ ようすけ〉が腰を降ろして尋ねてきた。


「いあ、別になにもないよ。てか、机に座らないでそこ座りなよ。空いてるんだから」


光は隣の席を指差して、誘導を試みた。


「やぁだん。そんな小さな事を気にしちゃダメダメよん」


気色の悪いウィンク、どうやら退く気はないらしい。

光は眉間を押さえて早々に諦めた。短い付き合いながら、彼の扱いには慣れてきている自分がいる。


そう、流してしまうのが一番だと。



夏目はそのまま話を進めてゆく。


「うーん、そうさなぁ、光ちゃんのお悩みお悩み・・・・」


これも流してしまえば良い、と、光はいつものように軽く


「わかった! 彼女とケンーカ! したんだな!」


「いっ!?」


流せるものではなかった。

妙に的を得ており、光は目を見開いて動揺した。

それを見て夏目はニヤリと笑った。


「やっ、当たりだな!」


「いあ、ハズレ。彼女じゃないし」


妙にでかい声で目立つ。光は無駄だと思いながらも縮こまって否定した。


「そっか〜、怒らせたら怖いもんね光ちゃんの彼女」


光の話など聞いてはいないようだった。

夏目の勘違いな話は続く


「あ〜、でも怖くてもいいよなぁ。年上の彼女って」





「だから、彼女じゃないって」


光は額を押さえて頭を振る。


「それに、ツカサさんは・・・・年下だし」



「ウッソ! あの彼女うちらより下! かなり予想外ですよ!!」


小さくボソッと言ったつもりだったが、夏目は思った以上の地獄耳らしく。たいへん大きな声でオーバーリアクションをして、体をのけ反らせる。

注目は更に集まる。

「ちょっ、声が大きいってば」


無駄だと解りつつも夏目の制服の袖口を引っ張り小声で注意した。


「ナッハッハッ! 驚くとついやっちゃうんだ!」


やはり無駄なようで、声のボリュームは下げてくれそうになく。凄く楽しんでいるように見える。


「タラッタッタッターン♪〜」


両手を広げてどこぞのCMソングを口ずさむ目の前の学友。


彼はきっと、自分の面白いと思ったことには首を突っ込んでくるだろう。


それは今がその時のようだ。


「それで、その実は年下な彼女と光ちゃんがどんな喧嘩をしちゃったのかな? 野暮だけど聞かずにはいられない!」


「喧嘩したわけじゃないし、彼女でもないと何度もいってるじゃないか・・・・けど」


(ツカサさんはやっぱりなにか怒ってるのかな?)


昨日のツカサの険しい表情を思い出す。


(僕は、なにかツカサさんになにかしたんだろうか?)


「・・・・夏目くん」


「い、あ、光ちゃん。急に真面目な顔」

急に表情をキリッと変えた光に夏目は戸惑った。こういう返され方は話はじめてからは初めての事。一瞬、チャラけた表情が素になってしまった夏目。

さすがに怒ったかと思ったが


「女の子はどんな事をしたら喜ぶの?」

光の口から出たのは予想外の言葉だった。









小泉家の屋根の上。そこでツカサは空を眺めていた。闇夜のように黒い戦衣のセーラー服を身に付けて、黒糖飴のような大きめな黒目で何も無い空を見つめる。

風が靡き、彼女の硯の墨のように黒い、黒髪のポニーテールが揺れる。スカートが靡き、黒いストッキングに包まれたスラリと長い脚線美が露となる。


「・・・・・・」


そんな事は気にも止めずにツカサはただ空を見上げていた。何かを待つように。


「・・・・・・どうだ」


ポツリとツカサが呟くと同時に、彼女の周りを渦巻く風が巻き起こり、頭の中に中年男性のような声が響いた。


~~ダメだな。あれから気配が消えている。不気味な程にな~~


「そうか。チッ、一気にけりを着けたかったが、甘かったか」


~~それと、あの坊やの周りにも何も起きていない。そろそろご帰宅らしい。嬢ちゃまの手の届く範囲に戻ってくるぞ~~


「わかった。本格的に対策を考えていかないとな」


家に戻ってくる光を瞳に捉えながら、ツカサは近い日に来るであろうカゲの対策を思案していた。


「あれ? ツカサさん? そんな所で何をしているの?」


どうやら、光に見つけられたようだ。


~~まぁ、そんな格好で屋根の上にいれば目立つよな~~


「うるさい。ただ備えただけだ。誰が意味も無く屋根に登るか」


ツカサは頭を振って、さっさと消えろと促した。


「え、なに?」


自分が言われたと勘違いした光が聞き返してきた。


「何でもねえよ。ただ今日は空が晴れてたからな。空に近づいてみただけだ」


自分でいいながらあまり意識して見ていなかった空をもう一度見上げた。


「あ、なんとなく解るかな。今日の青空は凄く奇麗だもんね」


ああ、確かに今日の空は雲ひとつ無い綺麗な空だったんだなとツカサは改めて思った。


「光。ちょっと話がある。すぐに行くからお前の家で待っててくれ」


「え? うん、わかっ」


光が顔を上げて了承しようとしたとき、一陣の風がフワリとツカサのスカートを巻き上がらせ、脚線美以上のなにかが数秒間露になり


「・・・・・・」


光は少しの間固まり、弾けるように


「ご、ごめんなさい!!」


と叫んで家の中に猛烈な勢いで入って行ってしまった。


「あいつは、何を謝ってんだ?」


ツカサは意味が良く解らず頬を掻き、中を睨んだ。


「で、お前も何がしたかったんだよ」


~~いや、坊やにちょっとした贈り物をひとつ。あの年頃の男というものはアレを喜ぶそうだ。素敵な時間というやつだ~~


「?? お前の言ってる事はさっぱり意味がわからねえ」


~~知らなくても良い意味というのも世の中にはあるのだよ? 嬢ちゃま~~


「?? なんなんだよいったい?」


なんだか納得できぬまま、ツカサは屋根の上を飛び降りた。







「・・・・・・ハァ」


光は手を洗いながら深いため息をひとつ吐いた。


(どうしよう・・・・・・風のせいとはいえ・・・・・・)


「見てしまった」事に、光は自己嫌悪してしまう。


(夏目くんに、女の子の喜ぶ事を色々聞いてきたのに)


夏目に言われたとおりに、いつもどおりに話し掛けた。光としてはかなり頑張ったのだが


「まともに顔見れるかなぁ・・・・・・」


ツカサは話があると言っていた。すぐに顔を会わせることに事になる。それまでに、心の準備をしておかなければいけない。


「ツカサさん」


呟きながら茶の間の襖をガラリと開けた。


「ん?」


呑気な声と共に光の視界に綺麗なうなじが飛び込んできた。


「は!?」


心臓が飛び出る程に光はびっくりした。すでにツカサは家に入っていたようだ。


「は?」


ツカサは光の言葉を繰り返して、どこから見つけてきたのか。お饅頭の包み紙を剥がしながら振り返った。


「は・・・・・・やかったね?」


「そうか?」


心臓をバクバクいわせながら声を絞り出した光に対して、ツカサは特に気にせず、お饅頭にパクついた。




(これ、白餡か?)





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