一,「黒い少女」
・・・・・・。
少年・小泉 光〈こいずみ ひかり〉は夢をみた。
最近見る、いつもの夢。黒くて深い夜の闇に飲み込まれる夢。 どこからか自分を凝視する夢。
とても、とても怖い。生々しい感覚の残る夢だ。
この、夢をみた時、光は決まって深夜に目が覚める。
いつも嫌な汗が全身を濡らしている。
最近は暗闇が嫌で灯りを点けて寝るようにしている。
今日もまた、光は深夜に目が覚める。
「んっ‥‥はぁ」
光は枕元に用意しておいた水を一杯だけ一気に飲み干し一息吐いた。
(いつも、なんなんだろうこの夢は)
暗闇に呑まれるような感覚に身震いしながら簡単な着替えをすます。
ここは明るいが当たり前のように外は暗い。とても、部屋から出ようという気にはなれない。
今は大人しく夜が過ぎるのを待つしかない。
光はしばらく部屋の電灯を眺めながらいつしか、眠りに落ちていった。
「おはようございます」
光はいつものように仏前の両親へと朝の挨拶をする。
部屋中に線香の香りが 漂い、光と両親との静かな時間が流れた。
光の両親は光が小さな頃に亡くなった。光は幼すぎて覚えていないが、光を育ててくれている祖父 宗次〈そうじ〉がそう言っていた。無謀な危険運転の巻き添えをくらったということらしい。
その、育ての親の祖父 宗次も昨日から町内会の旅行へと行っている。
日頃の感謝を込めて光が進めたのだ。
最初は心配だからと行くのを拒んでいたが光の
「もう十七になるし、僕ひとりで留守番くらいできるよ。 信用して行ってきて」
という説得に折れて旅行へと旅立っていったのだ。
あれだけ渋っていたが行くときは楽しそうだったのを見て光はほっとして見送った。
幸い、宗次の育て方は間違っていなかったのだろう。光は横道に逸れることもなく、健全な学生生活を送っている。
生活能力もなかなか高く。このぐらいの留守番なら彼は難なくこなせるだろう。
今朝も光は自分で簡単な朝食を済ませ学校へ行く準備もしている。なんら問題は無かった。
ただ、不安な事があるだけ。最近見るあの夢の事だ。悪寒と言うものを夢で感じるのだ。
だが、その不安も夜が明ければスッと晴れる。
だから、光は夢の中の事だと割りきり、祖父にも相談はしていない。灯りを点けて寝ることも
「勉強しながら寝てるから」
とごまかしていた。
(大丈夫。そのうち見なくなる)
光は今日もそう言い聞かせて家を出た。
登校時の人とのふれあいが光の心を安心という言葉で満たす。 軽い挨拶だけでもそれは同じだ。
だから光は今日も挨拶をする。たとえ知らないひとでも構わないのだ。
「おはようございます」
そして、今日も挨拶を交わす。
今日も変わらない朝だ。
「・・・・・・あ」
だが、今日は少し違うようだ。
(凄い、綺麗な娘だなぁ)
光は交差点の真ん中に突っ立っている少女に目を奪われた。
少女は何をするでもなく突っ立つただただ、立っているだけだ。
それはとても異様に見えたのかも知れない。
だが、少女を綺麗だと感じた。光には、それを異様だとは思えなかった。
一目見ただけだが、光は少女に魅せられたのかも知れない。
この、ひと言を表せば
「黒」
と言える少女に。
「黒」
少女を表すものは黒だ。
頭の後ろ側を纏めた一般的には
「ポニーテール」
「アップ」と呼ばれる髪型をしているその髪が硯にすったばかりの墨を思わせる黒。
その少しひとよりも大きめな瞳はまるでとても甘い黒糖飴のような黒。黒目がちな猫のような瞳。
その体を包むのはまるで喪服のような黒。少し紫に近いがやはり黒っぽいスカーフがそれをセーラー服だと解らせてくれる。
そしてそのセーラー服と対になる長くもなく、短くもないスカートも飾り気のない純粋な黒。
その下から覗かせる細い足を全体にくるむ布地、世間的には
「パンティストッキング」と呼ばれるそれも完全なる黒。
その足首を包む革靴も少し色褪せた僅かながらの光沢が生える黒だった。
「黒」
それはこの少女のためにある色なのかもしれない。
そんな事をぽーっと考えながら少女の前を光は挨拶をして通り過ぎようとする。
「お、おはようございます」
目は、合わせれなかった。
ただ、通り過ぎる。それだけで充分だなと感じた。
そして、少女の前を通り過ぎる。
「・・・・おい」
だが、光は黒い少女に呼び止められる。
(え?)
恐る恐る、光は少女のほうを若干ずれた自信の眼鏡を直しながら向いた。
「あの、僕になにか?」
そこには予想よりも近くに少女の顔があった。
近くで見ると少女の顔は普通の人より白く見えて、それが他の黒い部分を際立たせるているのだなと光は何となく思った。
少女はその際立った黒い瞳でジッと光を見つめる。
光はこんなに近くで女子に見つめられたことは無く、胸の鼓動が速くなるのを覚えた。
やがて少女は大きめな黒目を細めて光に
「あんた・・・・・・ツカれてるな」
と、どこか少年に近い物言いで言った。
(疲れてる? もしかして、顔色でも見てくれたのかな?)
光は自分は疲れているように見えるのかと頭を降った。
確かに心当たりはある。
それを少女は見抜き、見ず知らずの自分に声を掛けてくれたのだろうか? と、どこか的外れな考えで黒い少女にシドロモドロで
「あ、あ、ありがとうございます」
と、軽く頭を下げて礼を言った。
「・・・・おかしなやつだ・・・・ふ、暗いところには気を付けるんだな」
(え!!?)
ーー暗いところには気を付けるんだな。
最近の夢と重なってこの言葉にドキリとして
光は目を見開いて顔を上げた。
「え・・・・あ・・れ?」
だが、既にそこには黒い少女の姿は無かった。
「いま、確かに」
辺りを見回すがやはり姿は見えなかった。
ーーーーカゲが、動きをみせるかもな・・・・。