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09 これからも、よろしくな

 パチパチとまだ炎が爆ぜている。フロアは炎と水が舐めつくして、ひどい有様だ。


 そこに、1人の少女が倒れ伏している。


 敵の魔法少女だ。ビームで負け、変身が解けたらしい。


 気を失っているようで、まったく動かない。


「勝ったね!」


 ベロニカは元気に笑う。やっぱりベロニカは笑顔が似合う。


 そんなことを思っていると、ベロニカはずかずかと倒れた少女に歩み寄った。手を繋いでいる俺も一緒に歩み寄る。


 少女の横に膝をつき、少女のピアスを丁寧に外した。


「グレイ、これ飲んで」

「は?」


 ピアスを口元に押しつけられる。


「嫌だよ! なんで」

「いいから飲むの!」


 操られている身の悲しさよ、口を無理やり開かされ、ピアスを喉の奥につっこまれる。


「んん!」


 飲み込んでしまった。


 すると、頭の中に何かが書き込まれるような感覚があった。


「な、なに?」

「グレイ、これまでパーソナルマジック持ってなかったでしょー?」


 パーソナルマジック。魔法少女一人一人に固有の魔法だが、俺はまだ目覚めていなかった。


「これで、敵のパーソナルマジック使えるようになるよ! やったね!」

「はああああ!?!?」


 そんなシステムなのか!?


「普通は自分で開発するっていうか、目覚めるっていうか、そんなかんじなんだけど、敵のを奪うこともできるんだよー。今回は水の魔法だったよね」

「水流を操る上に、触れたものを削り取るやつか」 

「それ。これからグレイのパーソナルマジックだよ」


 パーソナルマジック、いつか欲しいとは思っていたが、こんな形で手に入るとは。


「ついでにこの子は二度と変身できなくなるしね。変身アイテム奪ったから」

「……この子は、どうなるんだ?」


 んー、とベロニカは首をかしげる。


「たぶん魔法少女サポート機構の方から援助があって、一般市民としてのIDが与えられると思う。今後は退役少女って扱いになるかなー。まあ、その前に魔術結社への加担でがっつり絞られるだろうけど」


 とりあえず殺されたりとかは無いんだな、と確認すると、ベロニカは愉快そうに笑った。


「そんなに残酷じゃないって、魔法少女カナリヤ同盟は」


 転生してきてすぐ俺が拾われたのが同盟だ。そこからすぐ養成校にぶちこまれ、それが終わったと思ったら前線で戦わされ、あげくにはベロニカと組まされて……。あまり良いイメージが無い。


 そんなことを言っていると、建物が大きな軋みを上げ始めた。


「なんだ?」

「なんだろー?」


 ぐらぐらという揺れ。そして、床が一瞬無くなった。


「うおっ!?」


 ビルが倒壊し始めたのだ! しかしなぜ? 炎と水が戦ったのはこの階だけで、倒壊するほどのダメージには……?


「あー!」

「なんだ、ベロニカ!」

「たぶん強化だ!」


 そうか。水族館だ。


 水族館を作るために運び込んだ大量の水、あれは建物全体におおきな負担をかけていた。それを魔法による強化で無理やり保たせていたのだ。


 その魔法を使っていた魔法少女が気絶し、変身アイテムまで奪われた。


 当然、強化魔法も解除された。


「そりゃ崩れるわな!」


 俺たちはあわてて、倒れている少女を担ぎ上げ、ボロボロになっている壁を蹴り崩して外に出る。隣のビルへと飛び移り、アニメイトが崩壊していく様を眺めている。


「……なあ、ベロニカ」

「なあに?」


 自殺者。俺たちの共通項。


 だが、ベロニカのそれは俺を遥かに超えた悲劇だった。


 俺は……なにか言うべきだろうか。お父さんたちはきっとお前を迷惑だなんておもってなかったよ、とか? ベロニカが自殺したことで、お母さんはきっと悲しんだだろうね、とか?


 そんなこと、自殺した俺が言えたことでは無い。


 だから、こう言うのが正しい。



「……これからも、よろしくな」



 ベロニカの顔がみるみる喜びに満ちていく。



「うん! グレイ、よろしくね!」



 恋人つなぎの手をぶんぶんと振り回す。


 ……これ、いつまで繋いでるんだろう。


 俺の体もだんだん毒が抜けてきたのか、少しは動かせるようになってきた。


 手を解こうと、力を抜く。


 解けない。


 もう一度、手を離そうと試みる。


 離れない。


「なあ、ベロニカ」

「ん?」

「この手って……」


 すると、ベロニカは今日一番の美しい笑顔で言い放った。


「離れないよ! 無理に離そうとしたら爆発するから!」


 ガチの爆発物だった。


「はあ!? どういうことだよ!?」

「極小の結界で手を封じてあるの! だからこのまま一日離れないよ」

「なんのために!?」

「毒物や薬物で昏倒させられた場合、別々に監禁されちゃうと面倒だから! これなら敵も『ああ手が離れないくらいラブラブなんだな』って思ってくれるし」

「思うかあ!!!」


 どういうバカップルだ。




 ぎゃあぎゃあと喚いていると、そこに、鋭い頭痛が走る。


 テレパス司令だ。緊急時に使われる直通連絡。


 背筋が伸びる。


「あんたたち!!!!! なにしてくれちゃってるのかしら!?!?!?!?」


 谷崎司令の激昂した声が、頭に飛び込んでくる。


「え、なにー? ミコト。ビルひとつ壊したこと?」

「それはいい、いや、よくないけど、あんたが出る時点でビル一棟くらいは覚悟してるわよ! そうじゃなくて!」

「じゃあなにさ?」


 司令のキンキン声。


「あんたたちが担当してるアニメイトビル付近で、人喰いザメが暴れてる!!!!」

「人喰いザメ!?」


 俺たちは顔を見合わせる。


「二階のサメだ!!!」


 二階で悠々と泳いでいたサメ。


 今は倒壊したビルから逃げ出したサメ。


「人喰いザメは歩行者を次々に襲い、現在も暴れまわってる! サメのくせに地上でも移動してるわ、なんなのよ!!!」


 魔術結社内にいたサメだ、どう改造されててもおかしくない。


「いますぐサメの討伐に向かって!!! いますぐよ!!!!!」


 司令の声に急き立てられ、俺たちはあわててビルを飛び降りる。


 もちろん、手は繋いだままで。


 その手が離れないことが、今はちょっぴり嬉しかったりする。




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 日が沈んだ少しあと。


 戦闘の跡がなまなましく残るアニメイトビル7階。


 そこに、一つの人影があった。


 カツカツと響くハイヒール。長く裾を引きずる漆黒のドレス。黒いヴェールの下の瞳は爛々と紅く光っている。


 少女と呼ぶにはすこし歳がいっている。二十歳を過ぎたところだろうか。


「あーあ、ここ、けっこうお金かけたんだけどなあ」


 だが、声はかなりあどけない。そのアンバランスな声が、誰もいない空間に響く。


「やっぱりもう一人配置するべきだったかな。でもなあ、二人で乗り込んでこられちゃあなあ」


 女はなにかを探しているようだった。


「しっかし、同盟側の魔法少女はいっつもバカばっかり。なんで疑問に思わないんだろ」


 見つけたらしい。ハイヒールの音が、定めた標的に近づく。


「相互理解ビーム?だっけ? そんなの撃とうってぐだぐだ喋ってる間に、いくらでも攻撃できたのに。なんで攻撃しなかったのか、とか、すこしは疑問に思っていいんじゃない?」


 あのとき、このフロアは炎と水がせめぎあい、煙と水蒸気で視界が遮られていた。


 その煙幕の向こう側にいた、敵の魔法少女。


「なにしてたんだろうなー、とかさ。そもそもこのアニメイトビルで人をさらって何をしようとしてたのかー、とかさ」


 女はなにかを拾い上げ、大事そうにしまった。


「そんなに愚かだから、俺たちに利用されちゃうんだよ、魔法少女カナリヤ同盟。それと」


 ニヤリと邪悪に笑う。



「”ベロニカ”くん」




 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 さて、人喰いザメをどうにか退治した俺たちは、そのまま池袋の街の警邏にくりだしていた。


 なぜなら、手が離れないからである。


 俺は右利きだ。そのうえベロニカは左利きだ。利き手がくっついてしまっている状態では、書類の一枚も書けない。


 この手が離れるのは、勤務時間終了の午前九時だとベロニカは言う。


 というわけで、それまで警邏である。恋人つなぎのまま、魔法少女の格好で、徒歩で。


 死ぬほど目立つ。


 死ぬほど見られる。


 そして、死ぬほど写真を撮られる。


「なあベロニカ、もっと裏路地を歩かないか?」

「えー、やだ」


 一顧だにされない。


「なあ、じゃあせめてもうちょっと離れてくれ」


 なぜかベロニカは俺にもたれかかるようにしながら歩いている。正直歩きづらい。


「えー、いいじゃんラブラブなんだから」


 そういってさらに腕を絡ませてくる。


 待て、そうすると、腕が、胸と胸のあいだに挟まって。


 自分の胸の柔らかさとベロニカの胸の弾力に包まれた腕が幸福を伝えてくる。


「……離れろ」


 ぐいぐいと反対の腕で押し戻す。


 ふくれっつらのベロニカには悪いが、俺は健全な男子高校生だったのだ。こういうシチュエーションはあまりにこう、心臓に悪い。


 そう考えて、ふと疑問に思う。


 魔法少女の前世は、どんな人でもいい。条件はただ一つ、自殺したということだけだ。つまり老若男女、自殺者なら魔法少女になる。


 ということは、ベロニカの前世が男女どちらであるかはわからない。


 魔法少女として転生してから女言葉を使いはじめる人もいるし、俺のように男言葉で通すやつもいる。もしかすると前世ではお嬢様言葉を使っていたが、魔法少女としては僕っ子、みたいなパターンもあるかもしれない。


 口調からでは推定できない。


 では、行動からではどうだろう。


 スカートを履くことに抵抗はないみたいだが、それは魔法少女のコスチュームがだいたいミニスカートだから、という理由かもしれない。


 べたべたひっついてくるのは、男だからこそのパーソナルスペースの狭さかもしれない。


 ベロニカがあまりに美少女だったから、男かもしれないとは一度も考えてこなかったが……。


「なに考えてんのー?」


 俺の顔をじっと見ながら、ベロニカが俺の腕にぶら下がる。


「ぶら下がるな、重い」

「重いとは失礼な!」


 いや、女か?


 とにかく俺に体重を預けないことには気が済まないらしく、ありとあらゆる方法で俺にぶら下がろうとしている。


 その表情は穏やかで、楽しそうだった。


 ……まあ、いいか。


 ベロニカはベロニカだ。魔法少女は魔法少女だ。


 前世がどうであろうと、それは今世になにも影響しない。


 俺は、ベロニカがぶら下がってる右手をいきおいよく引き上げた。


 一本釣りされたマグロのように、ベロニカが引っ張られる。


「ひゃあああ!?」


 ベロニカが変な叫び声をあげて、それが面白くて笑ってしまう。


 ぷんすかと怒るベロニカをいなしながら、なんとなく、こんな日々も悪くないなと思った。


ようやくデート編終了です、お疲れ様でした。


今更ですが、全文に冒頭一字下げを入れました。全話に改稿通知がついているのはそのせいです。

今回からタイトルあらすじをすこし変えてみました。どうですかね……?


次回は明日9月28日(月)の13:30更新予定です。

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