08 これまで生きてて、今が一番楽しい!
「かわいそうだ、って、言ってるの。あんた、は、なにもわかってない」
かは、と苦しそうに息を継ぎながら、それでもベロニカは言葉をつなぐ。
「なにがわかってないっていうのかしら?」
「魔法少女を楽しんでるやつだっているんだってこと」
敵ははん、と鼻を鳴らした。
「馬鹿げてる。そんなやついるわけない」
「いるよ。ここに」
そう、ベロニカは楽しんでる。自殺した世界を守り、転生後のくそったれ世界を守ることを、楽しんでる。
俺はそれを狂人の所業だと思った。
ベロニカが、静かに過去を語り出す。
「あたしは、前世では事故で全身不随だった。手も足も動かなくて、そんなあたしを必死におかあさんとおとうさんが介護してくれた。あたしは必死にリハビリをして、必死に少しでも体が動かせるようにって頑張って……!
それで、ようやく体が少しだけ動くようになった日、あたしはドアノブで首を吊ったよ」
背中越しの声は淡々としている。振り向けないのが悔しい。どんな表情で、語っているのだろう。
「これ以上、家族に迷惑かけたくなかったから。自分の体が動かないのが嫌だったから。だから、あたし、自殺したの」
だけどね、という声に涙が混じる。
「ここなら、体が動くの。飛んだり跳ねたり、自由自在。そのうえ、遺してきた家族を守ることまでできる! ねえ、あんたにはわかんないだろうけどさ、あたしは魔法少女が楽しいよ。楽しい。これまで生きてて、今が一番楽しい!」
声が厳しく転調する。断罪の声だ。
それは、俺の軽率な判断も、断罪していく。
「あんた、想像力が貧困。かわいそうって言ったのはそういうこと」
凛とした声。
「魔法少女ナメんな。半端な覚悟でやってねーんだよ」
ぐっと俺の体が浮いた。
え、と思う間に衝撃がくる。
「かはっ……!」
ベロニカが、恋人つなぎの手を振り回して、俺を敵にぶつけたのだ。とてつもない腕力だ。人を鈍器の代わりにするな。
「あ、あ、ああ、あ!」
声が出る! 毒が抜けてきたのだ。
「ベロニカ、ベロニカ!」
「なーに、うるさい」
いまだに動かない俺の体をぶらりと片手にぶら下げて、ベロニカは立っていた。俺はぐんにゃりと床に垂れ下がっている。
「ベロニカ、せめてこれ、姿勢! どうにかしてくれ」
「えぇー、うっさいなあ……」
そんなことを言っている間に敵が立ち上がる。
「楽しいなんて、馬鹿げてるわ」
そう言って立ち上がる彼女も魔法少女だ。俺は背を向けていたから気づかなかった。
真紅のマントに黒のドレス、手には刀身が黒の刀。
なにより瞳が爛々と紅く光っているのが不気味だった。
「ベロニカ、変身!」
「《クロックイン》!」
すぐにベロニカが白と紺と金のコスチュームに変身する。
俺も変身したいが、変身するにはピアスに指を乗せる必要がある。まだ体が動かない状態では、変身できない……!
「いくよ、グレイ」
「待て待て待て、俺の体まだ動かないんだって!!!」
「えー、気合いでどうにかしてよ」
「どうにかなるか!!!」
すると、ベロニカは何か名案を思いついた、という顔をした。嫌な予感がする。
「魔導障壁をできるだけ細く細く展開して、撚り合わせて……」
「待て! 何しようとしてる!?!?」
「糸の端を、グレイの体に結びつけて……」
俺の体が、俺の意思に反して立ち上がる。
「マリオネット! ほら、これでグレイも戦えるね!」
「変身してないから身体能力がゼロなんだが!?」
俺の体が見えない糸によって操られる。自分の意思に反して体が動くの、とてつもなく怖いんだが!?
「いっくよー!」
ベロニカと俺の体がだっと駆け出す。一気に敵との距離を詰め、ベロニカの右手と俺の左手が、拳を作って殴りかかる。
「この程度で届くわけないでしょう?」
両方の拳は、小さく分厚い魔導障壁に遮られていた。敵がいやらしく笑う。
「《水泡に帰す》」
敵の詠唱。その瞬間、魔導障壁から勢いよく水が吹き出し、俺たちの体を跳ね飛ばす。
さらに水はうねる龍のような形に変化し、暴れ回り始めた。物置のようになっていたフロアが、みるみるうちに荒れていく。
「あ」
ベロニカがみずからの右手を見下ろしながら小さく驚きの声を上げる。
なんだ、と見ると、その手にあったはずの手袋がずたずたに切り裂かれていた。
「なんだそれ!?」
「たぶんあの水、触れたものを削りとるんだね。魔法少女の装備すら」
だとしたら、うかつに触れられない。
「どうすれば……」
「こんなの、簡単じゃん」
言うと、ベロニカは左手を前に突き出した。
「《尽く烏有に帰す》!」
「やめろー!!!!!!」
俺の制止もむなしく、ベロニカの左手から爆炎が迸る。
フロアを舐めるように広がった炎は、水に触れて勢いをなくし、鎮火されていく。
「あちっあちっあつい! しかもダメじゃん! 炎と水じゃ負けるって!」
「グレイ、黙ってて」
炎がさらに増える。水に削りとられた以上に、炎がフロアを満たしていく。みるみるフロアの温度が上がり、汗が噴き出す。
せめぎ合う炎と水は打ち消しあいながらも、わずかに水がまさっている。
「ガラ空きよ!」
その炎の幕を破って、敵が刀を振りかぶりながら突進してきた!
ベロニカが前に出て右腕で受け止める。肉が絶たれる嫌な音。前腕の骨で刃は止まり、どうにか均衡が作られる。魔法少女の骨、頑丈。
そこに操られた俺が素手で殴りかかるが、これは魔導障壁でいなされた。
お互い睨み合い、そして飛びすさって距離を取る。
お互いに攻めあぐねているのだ、これは。
炎と水をつねにコントロールしつづけ、そのせいで荒れた戦場では立ち位置を決めるのも一苦労だ。
二対一だからこちらが有利、というわけでもない。ベロニカは俺を操るために思考のリソースを割いているし、そもそも俺は変身してない生身だ。戦力として不十分。
「どうすればいいんだ……」
「こうなったら、アレを出すしかないね。奥の手」
ベロニカの真剣そうな声。
「アレ? アレってなんだ?」
「相互理解ビーム」
「…………は?」
なんだそれは。聞いたこともない。
「2人の魔法少女が、真の相互理解にたどり着いたときのみ出せる、特別なビーム……!」
「待て、聞いたこともないしあるのかそんなもん」
名前もダサいし。
「あるんだよ。あるの。あーりーまーすー!」
「わかった、わかったから」
「とりあえずグレイ、変身してね」
指が操られ、変身アイテムのピアスに乗せられる。操られて変身させられるの、なんかやだ。
「《クロックイン》」
とたんにぱあっと全身を光が包み、俺はモスグリーンを基調としたふりふり衣装に身を包まれる。モスグリーン、絶妙にくすんでて魔法少女っぽくないよなあ、とは常々。
「んじゃ、ビーム撃つよ!」
「……どうやるんだ」
「まず、お互いの秘密を暴露します!」
待て。
「そしてお互いが秘密を知って、受け入れたらビームが出せるよ!」
「なんじゃそりゃ!?」
なんなんだそのビーム。考えたやつはバカなのか。
「あたしはさっき暴露したじゃん? 次グレイね」
「さっきって……あ、あの自殺の」
「そ。自殺の経緯、充分に大きな秘密でしょ。ほら、グレイだよ」
秘密。ベロニカにたいして、秘密にしていること。
俺の自殺の理由はどうだろう。ベロニカに比べたらくだらない理由だけど、それでも秘密にはなるはずだ。
そう考えて、自分で自分に呆れかえった。
今言うべきことは、そんなことじゃないだろう。
今、俺が相互理解に至るために、言うべきこと。
「……ベロニカ」
「ん?」
「俺、あんたのこと狂人だと思ってた」
それは懺悔だ。
「魔法少女が楽しいなんて、そんなやついないって思ってた。俺は魔法少女なんて苦行でしかないって思ってたから。だから、楽しいって言ったあんたのことが理解できなくて、それで狂人だって決めつけて距離とってた」
魔法少女は苦行だ。……そこから抜け出せなかった自分の視野の狭さ。
「でも、想像力が足りなかったんだな。魔法少女が楽しいって人だって、当然いるんだ。狂人でもなんでもない。……ごめん、ベロニカ」
頭を下げたいが、まだ体は動かない。だから、俺はベロニカの横顔を真剣に見つめていた。
ベロニカは笑顔を絶やさない。……だが、俺の懺悔の途中、少しだけ眉が動いたのは気のせいだろうか。それは怒りなのか、許しなのか。
「……グレイ」
声音はひどく澄んでいる。
「距離を取られてたのは、もちろんわかってた。けど、狂人だと思われてたとは思わなかったな。……ねえ、グレイ」
「なんだ?」
「グレイは、魔法少女がつらいんだね」
頷きたいので、目線で頷いてみせる。
「あたしは楽しい。グレイはつらい。そこは平行線でまじわらない。でも、交わらないってことは、同じ方向を向いてるってことなんだよ」
それは、いつか聞いた言葉。谷崎司令から、赴任時にかけられた言葉。
「信念は違っても、同じ方向は向ける。これが、相互理解なんだとおもう」
そう言って、恋人つなぎのままだった拳を持ち上げる。
敵のいる方向を見据え、構える。
「いくよ!」
「おう!」
「《雨降って地固まる》ビーム!!!!!」
「ダッッッッサ!!!!!!」
目も眩む光量が、敵に一直線に伸びていく。
魔導障壁を張ったようだが、それを貫くビーム。
「なっ……なんてこと……!!」
敵はビームに包まれ、その姿を消した。
ベロニカの過去、重くなりすぎずにさらっとやりたかった。うまくいったかな?
次回更新は明日9月27日(日)13:30を予定しています。