04 いいかげんにしてくれ!!
ベロニカは、最初のイメージとはまったく乖離したやつだった。
サンシャイン60の展望台でこいつを見たとき、俺は月を想った。静謐な夜に浮かぶ、切れ目のような細い三日月。どこまでも孤独な死の月光。
でも、ベロニカはそんな静かなお姫さまではなかった。
「《尽く》……」
「待てーーーーー!!!!」
市民デモの暴徒化を止める、という任務で、大火力をぶっぱなそうとする。
「《尽く》……」
「待てーーーーーーーー!!!!!!!」
駅舎に運び込まれた国宝級の聖遺物を、焼き尽くして終わらそうとする。
「……《尽く》」
「ベロニカ!!! いいかげんにしてくれ!!!」
池袋乙女ロードを埋め尽くしたスラムを、炎で舐め尽くそうとする。
とにかく、炎で焼けばよしと思っている。さらには、本人にも火力の調整が効かないらしく、一部分だけ焼くとかちょっとだけ焦がして威嚇するとか、そういう小回りが効かない。
しかしその大火力は絶大なもので、使いどころさえ間違わなければ、敵に甚大な損害を与えられる。ただ、その使いどころが、滅多に起こらないというのが悩みどころだ。大戦争のさなかだったら、もっと大活躍できただろう。
それに、ベロニカは人間性もなかなか良い根性をしていた。
「毎回邪魔しないでくれるかなぁ!?」
「邪魔しなかったら大問題なんだよ!!!」
暴徒を一人一人殴り倒しながら叫ぶ。魔術強化外骨格でバカほど硬い。が、これだって暴動を起こしただけの市民、焼き殺していいわけではない。
「うっざいなあ! 全部焼こうよ!」
「焼かない! できるだけ外骨格のみ壊せ!」
パワードスーツのような見た目の外骨格は、関節が弱い。そこを狙って蹴り壊す。
「あーもう、焼かなきゃいいんでしょ! 水よ来たれ!」
止める間も無く魔法を行使する。そばにあった消火栓が破裂し、水が一気に噴出、それがベロニカの頭上に大きな水球として浮き上がる。
「水ならオッケー!!!」
「オッケーじゃねえーーー!!!!」
水球、とてつもなくでかい。ベロニカが手をぶんと振り下ろすと、それにあわせて水球も暴徒に叩きつけられる。
すんでで俺は免れたが、外骨格付き暴徒は機動が低い、もろに正面から受ける。水は重い、暴徒の外骨格が、スパゲッティのようにべきべきに折れていく。おそらく中の人の骨もべきべきだ。
水だから延焼はしないが。それでもオーバーキルという点では変わりない。
「暴動鎮圧! 終わり終わり、今日の勤務しゅーりょー」
倒れた暴徒たちは完全に沈黙している。ときどき呻き声が聞こえるので、たぶん生きてはいる。足元が足首まで水びたしだが、確かに火事よりはマシだ。
「《クロックアウト》」
ベロニカが変身を解除する。
白と濃紺と金のきらびやかな衣装が光り、一瞬全身が虹色の光に包まれる。その後徐々に光が落ち着くと、そこにいるのは、私服の少女だ。
青みがかった黒髪をおろし、ピンクのカーディガンに白のフレアスカート、ピンクのワンポイントつきパンプス。
魔法少女は変身を解除すると、15〜18の少女の姿になる。だが、服装はとうぜん当人の趣味だ。ベロニカ、けっこうかわいい系の私服を着るんだな。……というか。
「まだ勤務中だぞ! 変身解除するな!」
魔法少女の格好は、制服のようなものだ。勤務時間中は変身したままの姿であることが鉄則だ。
「もう終わりだよ。ほら」
腕時計を示す。魔法少女は時計を携行していないので、覗き込むと、午前8時48分。
「まだじゃん!! 勤務時間は午前9時まで! あと12分もある!!!」
「ほとんど変わらないって。24時間勤務だよ、12分なんて誤差、誤差」
魔法少女は警察と同じ24時間勤務だ。午前9時から午前9時まで。
「もーいいじゃん、暴徒鎮圧できたんだし。飽きちゃった。後始末、グレイがやって。じゃあね」
ひらひらと手を振るベロニカ。
「いいかげんにしてくれ!!! ベロニカ、さすがに横暴がすぎる! 暴徒の山を片付ける処理班への連絡、暴徒の身柄確保、暴徒たちの背後にいる組織を特定するための取り調べ、やるべきことはいくらでも……!」
「そんなの魔法少女サポート機構でもできるし」
「たしかにそうだけど、慣例としては立ち会うもので……!」
「立ち会わなくていーじゃん。ほら、グレイも上がっちゃいなよ」
「…………っ、あんたそれでもメンターかぁっ!」
ベロニカは俺の指導につくはずではなかったのか。なぜ俺がこんな苦労をしているんだ。
「メンター、なりたかったわけじゃないし。勝手にミコトがメンターにしただけ」
「ミコト?」
「尊・アーノルド・谷崎司令。会ってるでしょ」
谷崎司令の名前、長すぎて覚えていなかった。言われてみればそんな名前だった。
「仲良いのか、谷崎司令と?」
「まさか。酒も飲めないようなお子さまと、どう仲良くなれってのよ」
そういうベロニカだって、どこからどう見ても未成年だ。魔法少女は前世の姿に影響されないので、もしかするとベロニカの前世は還暦のばあちゃんかもしれないし、中年のおじさんかもしれない。
だが、魔法少女は酒とタバコは禁じられている。前世にかかわらずだ。
「……ベロニカ、まさか飲んでるのか?」
詰め寄る。
魔法少女のベロニカは俺より背が高いが、変身解除した今はヒールの分俺の方が高い。少しだけ下向きの視線に優越感を覚える。
「……飲んでるって言ったらどうする?」
上目遣いなんて優しいものではない。メンチを切られている。紺の瞳がこちらを値踏みするように見つめている。
「司令に言いつける? 警察沙汰にするの? ……ねえ、どうするのよ?」
気迫に飲み込まれないように、ぐっと相手を睨みつけ返す。
「どうするの?」
「……俺も飲む」
「…………は?」
こういうやつを懐柔しようとしても無駄だ。
意表を突くに限る。
「俺も飲むから、飲める店教えてくれ」
できるだけ真剣な声で言い張ってやると、ベロニカはみるみる顔をゆがめた。
「……あんた、冗談のセンス無いね」
「どうも」
「……飲んでない。酒なんて、何が楽しいのかさっぱり。タバコもやってないよ。はい、これでいいでしょ?」
そう言って、ベロニカは左手を振った。腕時計に示された時間は9時ちょうど。
「勤務時間終了。おつかれさまでした。じゃあね」
くるりときびすを返して、去っていく背中。残された俺は、遠くから聞こえる魔法少女サポート機構の独特なサイレンをぼんやりと聞いていた。
「あいつまじでなんなんだ!!!」
苛立ち紛れに強く地面を踏む。今は変身解除しているから、このていどで地割れが起こったりはしない。
俺は黒のスポーツインナーにTシャツ、紺のショートパンツに黒いレギンス。ランニングシューズだけ、蛍光ピンクのラインが入っている。
非番だ。非番だが、体を動かさないと気が済まない。道を覚えるためにも、俺は池袋の街をジョギングしていた。
夜の街だが静かではない。どこかからのざわめきが、夜を寝静まらせてくれない。酔客の喧嘩の声がビルのあいだを渡って伝わってくる。
むっとする熱気がコンクリートに溜まる。走ってもまとわりつく熱気からは逃れられない。それがうっとおしくて、どんどんスピードをあげる。肺が辛くなって、顎が上がる。脇腹が差し込むように痛む。
魔法少女に変身したならば。
それならば、このていどで息が上がったりしない。車と同じくらいまでスピードが出せる。ただ走ってるだけなのに、魔法少女に変身していたときの自分と無意識に比べてしまって、それがさらに腹が立つ。
ここで俺が求められているのは、魔法少女だからだ。魔法少女だから、谷崎司令は握手してくれた。魔法少女だから、前線に出れる。魔法少女だから、この世界で生きていていい。
だが、ベロニカは、魔法少女だ。
俺が魔法少女であるというアドバンテージは、ベロニカも魔法少女であるという事実で、相殺されてしまう。対等な立ち位置。
川崎支部ではメンター制度はなかった。ここ以上に魔法少女の数が少なかったからだ。他の魔法少女と接すること自体がとても少なかった。会っても一時的な作戦のメンバーとして。それだけ。単独作戦ばかりこなしてきた。
だから、わからない。
ベロニカとどう接すればいいのだろう。
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次回は明日9/23(水)13:30ごろを予定しています。