02 死ねということでは!?
「やられた! そっちは囮だ!!!!!」
「やっぱり!」
「なにがやっぱりだ、気付いてたんならすぐ報告しろ!」
「今気づいたんですよ! 本命はどこです!?」
「わからない!」
司令としてどうなんだそれ。
「わからんもんはわからないんだよ! 川崎には映画館が三館ある、TOHOシネマズ川崎、109シネマズ、そしてチネチッタ! ここが外れだとして他の二館のどちらかなんて、わかるわけない!」
「そもそも三館も要るか川崎に!?」
どれだけ川崎市民は映画が好きだったんだ。
「どっちみち賭けだぞ、どっちに行く」
「それを俺に聞きますか!? 司令、俺に責任を負っかぶせようとしてますね!?」
「責任は魔法少女であるお前がかぶれよ! こっちはNOT魔法少女! 正直言って魔術災害ねらいの魔術結社なんぞ止められるわけない!」
「くそ上司め……!」
「なんとでも言え」
しかし、どちらに行くべきか。駅をまたいだ向こうのラゾーナにある109シネマズか、こちらがわだが少し歩くチネチッタか。
この付近に詳しいわけではない俺が、それでもどうにか地図を浮かべて思案する。
地図……。そう、地図だ。地図を思い浮かべたことで、俺は天啓を得た。
「司令」
「どっちだ」
「デコイを出して、両方に向かわせてください」
デコイは魔法少女っぽいコスプレをした一般人だ。体術と腕力はあるので、一応魔法少女のふりができる。つまり、こちらも囮を使うのだ。
「デコイを出して……? 両方デコイでどうするの」
「俺は川崎駅に向かいます」
「駅!? 駅に行ってどうするの、電車は動いてても……。いや、他の駅の映画館に、映写機を動かすの!?」
「そうです、今すぐ電車の時刻表を調べてください!」
俺はさっきぶち抜いたフロアを一気に垂直下降しながら叫んだ。
電車はこのくそったれな滅びかけの世界でも、けっこう正確に動いている。特に国鉄の影響下にあった路線は、今も動いていることが多い。だが、その本数は当然少ない。京浜東北線ならおそらく日に一、二本程度。
「時刻表を確認! 運行してる、けど、二分後の発車だ!」
二分! 間に合わない。魔法少女の脚力で駆け抜けても駅まで五分かかるし、なにより『戒厳運行』をモットーにしている旅客輸送粛然組合が、簡単に改札を抜けさせてくれない。
「仕方ない! 橋を落とせ!」
「落とせるか!!」
「死ぬ気で落とせ! 川を越えられたら都内、その上山手線まで一本道だぞ!!!!」
最重要最終防衛ライン山手を割るわけにはいかない。京浜東北線は山手線に乗り入れている、ここで止めねば山手のど真ん中で魔術災害を起こされる!
川崎駅を出た電車はすぐに多摩川を越える橋にさしかかる。これを狙って橋ごと落とせば、映写機もろとも川の藻屑だ。
迷っている時間は無い。川を越えられたら管轄外だ、向こうの魔法少女に連絡している時間もない。
橋を落とすには、パンチでいいんだろうか。魔法少女の膂力であれば、パンチ一発で落とせるだろうか。
悩みながら駅の北西、都方面に足を向け、そこで、ふと、また違和感を覚えた。
おかしい。なにかがおかしい。
「……司令!」
「なんだ!」
「下り方面の電車の発車時刻はいつですか!?」
「下り? 下りなら十分後の発車だが……」
俺は決意した。下りだ。
「司令、俺は下り電車を止めます! 横浜側の魔法少女に連絡を!」
「はああ!?」
旅客輸送粛然組合は、荷の運びにもとうぜん厳しい。特に県境を越えるなら尚更だ。映写機ほどの大荷物を抱えて飛び乗って、それで通してくれる車掌ではない。だが、県内の移動ならそれほどではない。
なにより、これが一番大きな理由だが、
「蒲田や大森には、映画館がありません!!!!」
いや、無くはないが小さいのだ。映写機はできるだけ多くの客を集めた方が威力が出る、結社は大きな映画館を狙うはずだ。
都内は警戒が厳しい。山手線に乗り入れてしまえばなおさら厳しい。山手は防衛ラインとして厳重な警戒が敷かれている、ここにまで乗り入れるのは現実的に見て無理だ。だが、京浜東北線が山手線に乗り入れるまでの駅は、川崎を出て、蒲田、大森、大井町。次は品川で、ここから山手線だ。この間にある三つの駅に大きな映画館は無いのだ。
だが、下り電車なら警戒はゆるい。神奈川県内も都内と比べれば格段に魔法少女の数も減る。
そして、京浜東北線を下っていけば、桜木町駅までゆける。
「狙いは横浜ブルク13!!! おそらく向こうにも結社が待ってます、抑えてください!!!!」
横浜ブルク13は13スクリーンを備える大規模な映画館。災害を起こすにはぴったりだ。
俺は駅の南西、横浜方面へと回り込む。線路はきちんと整備されていて、高いフェンスがあるが、俺はこれをジャンプして跳びこえた。高飛びの要領で跳ねて三階建てくらいなら余裕で超えられる魔法少女の脚力なら、このくらい朝飯前だ。
川崎駅を出た電車が、こちらへ向かってくる。俺は線路に立ちはだかり、電車へ向かい合った。
いや、それはもはや電車ではなかった。ごぼりごぼりと姿を変えたそれは、てらてらと濡れる肉に覆われた醜悪な生き物だ。前面の窓にあたる部分には大きな一つ目がぎょろりと覗き、その下には大きく裂けた口が開き、もくもくと煙を吐き出している。
魔術による再構築がおこなわれたのだ。魔術は存在を根幹から変えて醜悪につくりなおす。この分には運転手も車掌も生きてはいないだろう。
この電車でビンゴだ。後ろの客車に、重複魔術用魔具が載っている。
線路が軋みをあげる。鉄よりさらに重くなった質量が、とてつもないスピードで走っている。走り抜けるつもりだ。俺を轢断して。
どっどっどっと地鳴りがしている。違う。みずからの血潮の音だ。心臓が強く鼓動している。めぐる。魔力が体の隅々までいきわたる。
きつく拳を握りしめる。
彼我の距離が一瞬で詰まる。
「せいっっっっっっっっっ!!!!!!!!!」
正拳突きを繰り出す。
“下”に。
どんっと地面が揺れた。
一瞬にして土が割れ、地層が見えた。線路が一瞬だけ引き伸ばされ、しかし耐えきれずにぶちぶちと切れる。鞭のように線路の端がしなって、地面を滅茶苦茶に叩く。その地面は真っ二つに割れ、谷が現れる。
その割れ目に入り込み、さらに両腕で断面を全力で押した。
割れ目がびきびきと広がり、あっという間に両腕から離れる。魔法少女の膂力、おそるべし。見る間に地形が変わってしまった。さらに押して割れ目を大きく開く。
とうぜん電車は急には止まれない。目の前で地面が割れ線路がちぎれたのに、そこに飛び込んでいくしかない。
音にならない叫びを、煙とともに吐き出しながら、電車は地割れに飛び込んでいった。
肉の潰れる音。目玉がはじけた音。そして血しぶきの雨がふり注ぐ。
俺はほうほうの体で事故現場から這い出した。
京浜東北線10両編成は、川崎駅を出て横浜との境を越えないまま、地の下に頭をつっこんで、沈黙した。
「橋は落としていいと言った。電車を止めることまでは予想もついた。……地面を割って線路を破壊するなんて、何を考えてるの!?」
あれから数日後。俺は川崎支部の支部長室で盛大に怒られていた。
あれだけの大立ち回りを演じたのに、お説教をされるのはたいへん不服だ。
「俺が魔法ヘタクソだって知ってますよね!? 他にどう止めろと!?」
「どうだってやりようはあるでしょ、魔導障壁!」
「体よりデカい障壁が張れないのにどうやれと!?」
司令はわざとらしく天を仰ぐ。
「あ〜! 障壁すらダメなのか〜! ダメダメだぁ〜!!!!」
「ダメで申し訳ありませんでした!!!!!」
正直他にやりようはないのだ。電車と正面から力比べをして勝てるとは思えなかったし、使える魔法も基礎の基礎しかない。魔法少女としてのフィジカルをフルに使うとなると、地面にぶっぱなすしかなかった。
くそ司令の言うとおり橋を落としていたら、無関係の車両と乗り合わせた乗客を落とすところだったのだ。線路で済ませたのだから、マシなほうではなかろうか。
ちなみに魔術改造されていた電車には、無関係な乗客は一人もいなかったらしい。死人は魔術結社の人員だけとのことで、まあギリギリ許容範囲に収めてくれないだろうか。死人が出てるから無理か。
「ところでね」
司令の声色が急に変わる。猫撫で声というやつだ。
「……なんですか」
「グレイ、あなたに辞令が出てる」
ピッと真っ白な紙が突き出される。
「今回の映写機事件を止めた功績。栄転おめでとう」
印刷された文字には、グレイ殿。辞令。貴殿を、川崎支部防衛の任から解き、池袋支部の防衛を命ずる。今後の活躍を期待しています。
「池袋ーーーーーー!?!?!?!?!?」
山手線絶対防衛ライン上の砦。魔術結社もそれ以外もうようようごめく魔境。つまり、最前線。
「死ねと!?!?」
「弾除けになれというだけ」
「死ねということでは!?」
司令は口をつぐみ、親指でビッと首を掻っ切る仕草をした。
そういうわけで、俺は、魔法少女カナリヤ同盟の池袋支部に配属されたのである。
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次回は明日9/21(月)13:30頃を予定しています。