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12 何度でもねじ曲げてみせましょう

 劇場の屋根が崩れ落ちた。


「なに!?」


 一斉に振り向く俺たちの視界に入ってきたのは、無残に崩れおちた、ガラス張りだったホールの屋根だった。


「爆発物!?」


 新人が悲鳴に近い声を上げる。


「いや、同盟がちゃんと検査してる、建物にしかけるのは不可能だ!」

「持ち込むのも無理だよ、入り口でチェックしてる」


 となると、考えられるのは。


「砲撃!」


 どこかに砲台でも据えたか!?


「たぶん遠くから狙ってる! どこから?」


 おそらくは警戒区域よりさらに遠くから狙っているのだ。だとしたら、劇場の目の前にいる俺たちが、砲撃の元を叩くのは無理だ。


「それより、中の人の避難を急ごう!」


 まだ前面のガラスが崩れただけだ、ミサをおこなっているホールは無事だ。


「違う、避難させちゃダメ!」

「なんでだ、ベロニカ!?」


 反射で聞き返してしまったが、聞くまでもなかった。


 建物に面する池袋西口公園に、いつのまにか人の群れがある。全員、全身武装の軍隊だ。マシンガンを腰ダメにして、こちらに向かってくる。


 公園の向こう側にいるのは2トントラック。その後ろドアから、ぞろぞろぞろぞろ、無限に現れてくる。


「なんだあれ、どこでもドアか!?」


 どう考えても積載許容量を超えている。


 ベロニカはすでに戦闘態勢だ。


「あ、あの……」

「君は隠れてていいから」


 新人を背中にかばう。


 そこに司令のテレパス指令が入る。


『宣戦布告があったわ、テロリズム集団おくれ毛連盟のもの! ワープを使うわよ、気をつけて!』


 ワープ能力で、どこかから軍隊をワープさせてるわけか。


『ワープは、呪術をかけた扉と扉の間で行われるわ!』


 なるほど、あのトラックの後ろ扉が、呪術的扉なんだな。あれさえ閉めてしまえば、もう軍隊アリは増員しない。


 その扉までが武装軍団だらけではあるが。


 だが、運が悪かったな。


 俺はにやりと笑う。


 だだっぴろい空間。民間人ゼロ。目の前には敵がうようよ密集している。


 こんなのは、ベロニカのために用意された舞台のようなものだ。


「さがって」


 新人をかばう形に、できるだけ大きく魔導障壁を展開。


 ベロニカの両手がひかる。


「《(ことごと)烏有(うゆう)()す》!」


 炎が視界を舐め尽くした。


 呻き声すら上がらない、圧倒的殺戮だった。


 壁のようだった軍が前からドミノ倒しのようにばたばた倒れていく。


 俺は必死に自分と新人に延焼しないように気を配る。熱い、熱いぞ。


 炎が焼き尽くして、視界がひらけたときには、もう立っているものは魔法少女しかいなかった。



 あとは、トラックだ。軍人を一掃したところで、トラックからワープで補充されてしまってはいたちごっこだ。


 俺は一気にトラックへと走る。焼け野原となった公園を抜けて。


 そして、後部扉にとりついたとき、俺は驚愕の悲鳴を上げた。


「まじかよ!」


 その扉から出てきたのは。


「戦車!」


 それと歩兵がぞろぞろ。


 あわてて扉を閉めたが、もう遅い。戦車は扉を抜け、キャタピラを回しながら劇場へ突進していく。


 俺は歩兵を一人ずつ殴り倒すのに精一杯だ。


「ベロニカ!」

「おっけー! 《尽く烏有に帰す》!」


 再度炎の波が公園を埋め尽くす。


 だが、敵が悪い。


 歩兵はかなり倒せたものの、戦車の装甲は炎を耐える。


「戦車って殴れば壊れるかなあ!?」

「知らん!」


 戦車の影で炎を免れた歩兵が、俺に向かってマシンガンを掃射する。魔導障壁。どうにか全身を覆えるまで成長したんだぞ、そのかわり割れやすいが。


 俺が歩兵に手こずってるあいだに、ベロニカが華麗に宙を舞う。


 がいん、と鈍い音がした。


「いったああああああぁぁあ!!!!」


 ほんとうに、戦車を正面から殴ったらしい。


 だが、分厚い装甲は魔法少女の膂力でも貫けない。


 戦車は、ベロニカなど気にも介さず、主砲を高くかかげる。


 もちろん目標は劇場。


 ちなみに俺らがここで立ち回ってるあいだにも、劇場はどこからか砲撃され続けている。ここだけではなく、いくつものポイントに戦車のたぐいが配置されているのだ。そちらでも他の魔法少女が悪戦苦闘しているのだろう。


 なめらかに主砲が持ち上がる。目標を定めている。


 ベロニカがもう一度、今度は主砲を蹴り上げた。しかし、照準がぶれただけのこと、戦車は再度照準を合わせ直していく。


「これどこ殴れば壊れるの!?」


 ベロニカの声が焦りを含み始める。


 俺はまだ歩兵に手こずっている。


 戦車が照準をさだめ、固定された。


 そして、砲弾が、発射された。


 その時。


「《Errare(エッラーレ) humanum(フーマーヌム) est.(エスト)》」


 突然、砲弾の軌道がずれた。


 ずれた、としか言いようが無かった。何も外部からの力はかかっていないはずの砲弾が、いきなり、まったく別の方向にすっとんだのだ。


 砲弾は、劇場には当たらず、その手前に落ちた。その瞬間、耳を聾する轟音が鳴り響く。砲弾が炸裂したのだ。碧に光る爆発、爆風、熱波、そして地面に大きく空いたクレーター。


 砲弾、魔術圧縮弾だったのか。当たっていたら、大惨事になるところだった。


 俺は歩兵と取っ組み合ったまま、呆然と、新人を見る。


 先程の詠唱は、間違いなく新人の声だった。


 新人は、戦車の正面に立ちはだかっていた。


 ロゼットのバーガンディピンクのリボンがひらめく。


 新人は口を開く。静かな、静かな声で。


「僕のパーソナルマジックは、『間違いを起こさせる』もの。因果律にまで作用し、起こった事象をねじまげる」


 戦車は沈黙している。どう出ればいいのか、わかりかねているのだろう。


 新人は、ひっそりと笑う。嗜虐者の笑いだ。捕食者の笑いだ。


「僕は、魔法少女。僕の名前は、小豆(あずき)。さあ、何度でも撃ってください。何度でもねじ曲げてみせましょう」


 主砲の照準が、一気に下がる。


 狙っているのは、小豆。


 ベロニカは戦車の装甲に再度殴りかかっては、拳を痛めている。


 俺は歩兵の腕をねじり上げながら叫ぶ。


「小豆、よせ、逃げろ!」


 主砲に、弾が装填されるゴトンという音が、聞こえる気がした。


「《Errare humanum est.》」


 静かな詠唱。


 その瞬間、戦車が爆散した。


 あんなに固かった装甲が、内から弾け飛ぶ。主砲だったものが、あらぬ方向へ飛ぶ。キャタピラが地面に突き刺さる。


 暴発したのだ。戦車内で、魔術圧縮弾が。


 それを起こしたのは、もちろん新人の小豆だ。


 壊滅した戦車の向こう側で、小豆が笑っている。


「うまくいきました」


 語尾にハートマークがつきそうなほどの上機嫌な声。戦車一つ壊した後とは思えない、初陣だとは思えないほどの、楽しそうな声。


 くらくらする。怪鳥に襲われて怯えていたときとは大違いだ。今の彼女は、魔法少女として、充分すぎるくらいにふさわしい。


 俺は最後の歩兵を殴り倒す。それで、今度こそこの場には魔法少女以外に立っているものはいなくなった。


「小豆」


 俺は小豆に近づく。


「怪我はないか?」

「はい。かすり傷ひとつありません」


 そう言って手のひらを見せる。ほんとうに、一つも傷のない、ふっくらと美しい手のひら。


 だが、それが微かに震えている。


「……ごめんな」


 俺の口からするりと謝罪が出る。


 小豆はきょとんとした顔で、こちらを見返した。


「ほんとは、先輩である俺たちがどうにかしなきゃいけなかった。新人に……小豆に、危険なことをさせて、ごめん」


 小豆の手を握り込む。微かな震えが、伝わってくる。


 やはり、怖いのだ。誰だって、戦場に立つのは怖い。それも、初めて立ったなら尚更だ。


 小豆は、何かを言おうとして、少し黙り、結局もう一度口を開いた。


「謝らないでください。僕だって魔法少女です。ちょっとは怖かったですけど、戦えます」

「そういう問題じゃないんだ……!」


 まだ小豆は生まれたてだ。前世がどれだけ長生きの婆さんだろうが、ここにきてからまだ一週間も経っていない。


 そんなやつが戦車の真ん前に立っていいはずがない。


 そんな世界でいいはずがない。


「こんな世界でごめん」


 自分の意思とは関係なく、連れてこられて。戦わされて。そんなこと、間違ってる。けど、俺にはそれを正せるような力は無い。


 俺の謝罪の意味は、小豆には伝わらなかったようだ。当然だ、俺の勝手な謝罪だ。


 だが、小豆は、伝わらないなりに、俺の意は理解したらしい。


「よくわからないですけど、ごめんって気持ちは受けとりました。その上で、提案があるんですけど」

「なんだ?」


 すると、小豆は、邪気のない笑みで、こう言った。


「三人でお茶しませんか? グレイさんのおごりで」


 …………こいつ、いい性格をしている。


 ベロニカはいきなり浮き立っている。


「やったあ! いくカフェ、あたしが選んでいい?」

「もちろんです、ベロニカさんの一番おすすめのお店にいきましょう!」


 きゃいきゃいとはしゃぐ二人。するりと俺の手から小豆の手が抜ける。そのまま、二人はどこにいくかの相談を始めた。


 まあ、いいか。


 三人で出かけて、おしゃべりするのも悪くない。たぶん。それが俺のおごりというのも、甘んじて受け入れよう。


 ドーン、と劇場が砲撃される音がする。まだ、どこかに戦車が残っている。


「ベロニカ、小豆、カフェはもちろん行くけど、今は戦車だ。他に加勢しに行くぞ」


 そう言って、俺は一番に駆け出す。あっ、ずるい、とかなんとか言いながら、ベロニカと小豆が後を追ってくる。









 二週間後。俺たち三人は、豪奢なラウンジにいた。


 山手線を回り、たどり着いたのは、摩天楼の高級ホテル。国のお偉方から国外のVIPまで御用達の一流ホテルだ。


 その一階ラウンジである。ソファはふかふか、高い天井にシャンデリアが釣られ、店員もパリッと洗練された身のこなし。


「……俺たち、ここにいていいのか?」


新人の小豆ちゃんのパーソナルマジック、《Errare humanum est.》はラテン語で「過ちを犯すことは人間的なことである」という意味です。


次回更新は明日10月1日(木)13:30を予定しています。

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