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11 休日なにしてるんですか?

「あの子を俺たちの班に入れるぅ!?」


 地上35階、谷崎司令の部屋である。


 俺は、呼び出されてこの部屋に来ていた。すわお説教かと覚悟していたところに、謎の通達がきた。


 いわく、先日怪鳥にさらわれそうになった魔法少女、彼女を俺たちの班に振り分けるというのだ。


「あの子、なぜか貴方達と一緒がいいって言い張ってるのよ。絶対やめておいた方がいいって説得しても、あの夜の魔法少女がいいです、の一点張り」


 いやんなっちゃうわ、と言いながら、視線は書き込んでいる書物から目を離さない司令。その表情は仕事に疲れた中年のもので、幼い中学生がしていい表情ではない。


「そもそも、生まれたばかりの魔法少女なら、養成校に入れるのが正規ルートなのでは?」

「あら、グレイは知らないのね。生まれたばかりの魔法少女は、まず前線で他の魔法少女の戦いを見るのよ。授業参観みたいなものね。一ヶ月くらい。それから、養成校に入るのよ」

「俺、そんなことやりませんでしたけど……?」


 あー、それはね、と司令はペンを進めながら話す。


「グレイが生まれたころ、ちょうど調布で大きな重複災害かあったのね。それで人手が足りなくて、授業参観をやってる暇は無かったの。だからあなたは養成校へ直送」


 まったく知らなかった。べつに授業参観がしたかったわけではないが、正規ルートをたどっていないというのは、むず痒いものがある。


「だからね、彼女にはちゃんとした手順を踏ませたいわけ。いくら池袋支部が人手が足りないっていっても、災害時ほどじゃないわ。じゅうぶん、生まれたての赤子のお守りはできるはずよ。……問題児二人を除いては、ね」


 司令が、いきなり鋭い視線をこちらに向ける。


「……問題児というのは」

「あなたたちに決まってるじゃない」


 これ見よがしに大きなためいき。


「ベロニカは毎回大火事を引き起こすし、支部でも持て余してたのよ。ここに川崎から期待の新人が来るって言うんで、もうちょっと問題行動がおさまらないかしらとペアを組ませたら……貴方達、ここ三ヶ月でどれだけ始末書を書いたのかしら?」


 山になるほど書いた。


「そんな問題児二人組に、新人をつけるなんて、できればやりたくないわよ。でも、本人が頑として承知しないんだもの、仕方ないじゃない」


 司令は肩をすくめる。


「まあ、そういうわけだから。今日からお守り、よろしくね」

「あ、司令、ひとつだけ質問が」

「なあに、手短にね」


 司令、ほんとうに疲れているんだな。重要な情報が、まだ伝わっていない。


「あの子の名前、何になったんです」


 魔法少女は前世の名前を使わない。だから、あの夜も名前を尋ねはしなかった。


 偽名を考えるのって、案外時間がかかるから。


「あぁ……そうね、伝えてなかったわ」


 ペンを置いて、となりにあった書類をとる。


「名前はね……」







「やっほー! ベロニカだよ! 口を開く前と後にサーと言いなさい!」

「さ、さー?」

「うろ覚えで新人をいじめるな、ベロニカ」


 ぽす、とベロニカの頭をはたく。


 新人は困惑したように笑っている。なかなかかわいい子だ。くりりとした瞳がツインテールと相まって庇護欲を刺激される。ピンクの衣装が可愛らしい。


「今日は1日、ミサの警護だよ!」

「ミサ?」


 新人が首を傾げる。


黒陵会(こくりょうかい)の大ミサが、東京芸術劇場で今日1日行われるんだ。黒陵会ってのは、先祖の霊を奉る系の教義をかかげながら、ゾンビを使役するというよくわからん団体。ここが、年に2度、大ミサを執り行う。これを阻止しようとする御霊(みたま)過激派から、すでに脅迫状が山ほど」


 今どき新聞の切り抜きで作られた脅迫状なんて、作る奴がいるとは思わなかった。

 新人がちょこんと手をあげる。


「それと魔法少女がなんの関係があるんですか?」

「黒陵会はゾンビの群れを使役する。つまり、鳥籠結界の中に入れないんだ。外でやるからには、当然魔物を使役して襲ってくるテロリストが必ず出てくる」

「そのテロリストを返り討ちにするの! 魔物討伐は、魔法少女のお仕事のひとつだからね!」


 俺たちは周辺警備という名目で、この辺をうろうろする役目だ。魔法少女のコスチュームは、警官の制服より、抑止力が高い。


 そして怪しげなやつを片っ端から職務質問していく。


「なんだか、おまわりさんみたいですね」


 新人はみな思うことだ。


「僕、魔法少女って、もっと派手に戦わなきゃいけないのかなって思ってたんです。でも、こんなふうに地味な仕事もあるんですね」


 そう言って笑う少女。深みのあるピンクの衣装を身にまとい、ふわふわと笑っている。


 新人の少女だ。先日怪鳥にさらわれていた少女。


 ヒールを履いてもすこし低めの背、大きな瞳と小さな口、ふくよかな胸、肉付きのいいふともも、そしてキュートな笑顔。


 完璧な魔法少女だ。かわいさの点で。


「僕、足を引っ張らないようにがんばりますね!」


 さらに性格も良いようだ。良い後輩だ。


「まあ、戦闘になったら、新人は隠れてていいから。俺たちがどうにかするし」

「そーそー、戦うのならあたし得意だもん! 逆にこーいう地味なのニガテー」

「へええ、お二人の戦うところ、見てみたいです! この間は、まだ転生したばっかりでぼーっとしてたから……」

「うんうん、いかにも生まれたばっかりって感じだったね。 ところで、その色って何色?」


 ベロニカが新人の衣装を指差す。


「バーガンディピンクっていうらしいです」

「ああ、ブルベにあうやつだ」


 ブルベ? なんだ、ブルーベリーか?


「ぶるべ?って、なんですか?」

「ブルーベースっていって、肌の色の種類。イエベとブルベ。メイクの目安に使うんだよー」

「ベロニカさんは、お化粧するんですね」

「うん。けっこー好き。あたしはブルベ冬だから、バーガンディのリップとかも持ってるよー!」


 すると、新人はすこしもじもじしながら、ベロニカを上目遣いで見る。


「僕、お化粧に興味あるんですけど、どうすればいいのか全然わからなくて……。ベロニカさん、教えてくれませんか?」

「もち!」


 二人はそこから、いつの休みにするかだのどこへ行くかだのの打ち合わせを始めてしまった。俺はどうも居心地が悪くて、先陣を切って歩くことで、二人の間から逃げた。


 仲がいいのはよろしいことだが、ベロニカ、俺のときと態度が違いすぎないか? 俺のときの第一声、「足手まといにはならないでよね!」だぞ。


 ちなみに新人にも「敬語はやめて」という要請は入った。だが、「先輩に敬語を使わないのは嫌です」という新人の固辞により、ベロニカが折れるかたちとなったのだ。ベロニカが折れるとは珍しい。


 どうせ今日は警戒任務だ、多少おしゃべりしてても問題はない。だから、俺は背中がわの弾んだ会話を聞きながら、怪しいやつを探す。俺さえ仕事してれば、ベロニカたちが役立たずでも問題はない。


 挙動不審なやつがいたら、すぐに職質にかけてやる。


 ……しかし、そういうときほど、怪しいやつなど通りかからない。俺はむなしく、背中で黄色い会話を聞きつづける。


「ベロニカさん、ペット飼ってるんですか!」

「そうだよ、ハムスターと猫とトカゲとタニシ!」


 待て、俺もまったく知らない情報が出ている。


 というか、タニシは飼ってるわけじゃなく、水槽を放置してたら湧いたタイプだろ。


「ふーん、じゃあお仕事以外のときって何されてるんです?」

「カフェ巡り! 美味しい紅茶のお店見つけるのが趣味なんだ」

「この世界でもお店って営業してるんですか?」

「してるしてる、外観はボロボロで廃墟っぽくして、中は普通に営業してるの」

「なんでそんなことを?」

「営業してます!って看板出すと、強盗が入るからね。ひっそり営業してるんだよ」


 カフェ巡りが趣味というのも初めて聞いた。


 というか、俺が池袋に異動してきて3ヶ月、ベロニカとずっと一緒にいたが、彼女の私生活について聞くことがあっただろうか。


 いつだってベロニカと一緒の時はトラブル続きで、悠長な世間話をする時間はなかった。


 それに、仕事以外のことを聞いて、地雷を踏んだらどうする? 自殺者は触れられたくない話題が多い。ベロニカの逆鱗に触れてしまうようなことを、したくはない。


 そう考えて、踏み込むような質問はしなかった。いつも核心を避けてきた。


 ……それは、逃避ではないのか。


 ベロニカと向き合うことから、逃げているのでは?


 ベロニカと、どう接すればいいのだろうと悩んだのは、はるか昔のことのように思える。だが、またここに戻ってくる。


 相棒であるかぎり、逃げられない。


 ベロニカと、どう接すればいいのか。




「そういえば、グレイさんは休日なにしてるんですか?」


 新人からこっちにボールが飛んできた。


 不意打ちすぎて、面食らう。


「あっ、えっと、特になにもしてないな……」


 たいへん情けない回答になってしまう。


「なにもってことは無いでしょグレイ、なんかあるでしょー?」

「家事やって、テレビ見て、ネットやって……あ、筋トレもちょっとだけするかな……」


 言えば言うほど情けない。


 言い訳させてもらうなら、魔法少女業がキツすぎるのだ。体力勝負の上、精神もすり減る。休日に何かをしようなんて気力は湧かない。


 そうなんですか、といった新人は、そこから話の継ぐ穂を見つけられなかったらしく、またベロニカとの会話に戻ってしまった。


 つらい。なんでこんな合コンにひとりぼっちで参戦してしまったみたいな気まずさを感じなければならないんだ。


 子供の頃は、俺だってもっと快活な人間だった。内向的な弟とくらべて、活発で外交的だと評判だった。


 それをどこで間違えたのか……。


 だめだ、今日は思いなやむことが多い。うじうじと考えていても仕方ないとわかっていながら、考えてしまう。


 仕事が無いのが悪いのだ。忙しければ、考え事をしている暇はない。


 テロリストがさっさと来て、爆破でもなんでもしてくれればいいんだ。


 そう開き直った瞬間。



 東京芸術劇場の屋根が崩れ落ちた。




今回は地味な回ですね。おしゃべりしてるだけで平和。

ようやく次話投稿でのルビの振り方がわかったので、ときどき振っていきます。


次回は明日9月30日(水)13:30を予定しています。

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