10 ようこそ、魔法少女カナリヤ同盟へ
俺たちは、夜も更けた池袋の街の空を駆けていた。
ビルからビルへ、屋上から屋上へ。
ひらひらのコスチュームが、夜空にあざやかな残像を残していく。
「この先の大通り、劇場通り沿い!」
「わかった、降りよう!」
なぜ夜の街を駆けているかというと、人探しだ。それも一刻を争う人探し。
生まれたての魔法少女探しだ。
魔法少女というものは、自殺者の転生体だ。
転生といっても0歳の赤ん坊になるわけではなくて、15〜18程度の女の子の姿で現れる。
いきなり現れる。前触れもなく。同盟では揺らぎ観測装置とかいう装置があるので、発生地点を予測できるが、それも直前にならないと予測できない。
現れたばかりの魔法少女は、まだなにが起こったかわかっていない。状況もわからず、日本に似た世界にひとりぼっち。
これを魔法少女カナリヤ同盟の庇護下におく。
そしてカナリヤ同盟の同盟法を守る誓いを立て、正式に魔法少女として登録されるのだ。
同盟の庇護下に入れなかった魔法少女は、脱法少女と呼ばれる。この間アニメイトビルで遭遇したのがそうだ。彼女たちは瞳がらんらんと紅く光っていることで、見分けがつく。
この脱法少女は、魔術結社のコマにされるか、暴力団の戦力にされるか、たいてい悲惨な結末をたどる。
だから、今俺たちは焦って魔法少女の確保に向かっているのだ。他の勢力に捕まってしまう前に、こちらで保護しないと。
「このあたりなんだけど……」
劇場通りは片側二車線に広い歩道がある、広い通りだ。両脇をさまざまなビルが立ち並び、人通りも多い。
「裏路地かもしれない、そっちものぞいて!」
二人で手分けして探す。転生した魔法少女は、変身体で現れるから、目立つはずなんだが。
と、ベロニカが大声を出した。
「あそこ!」
指差す先を仰ぎ見ると、ビルの一番上、そのふちでふらふらと揺れている。
「降りなきゃよかった……!」
屋上を伝って走ってきたのだから、地面に降りずにそのまま上から探せばよかった。
今から走ってビルを駆け登る?
そんな暇はないのは、彼女の様子でわかった。
ふらふらと揺れながら、屋上のふちを歩いている。いつ踏み外してもおかしくない。いや、たぶん踏み外そうとしている。
「再自殺者の可能性が高いね」
ベロニカのいうとおりだ。
再自殺。自殺して、これで苦しみが終わると思った。それなのに転生させられた。また苦しまねばならないのかという絶望で、もう一度自殺を図る者。
ゆらゆら揺れるシルエットは危なっかしい。
「ベロニカ、通行者巻き込むと危ない」
「よし、ビルの下通行封鎖! はーい、ここはいらないでねー!」
ベロニカが三角コーンを魔法で生み出し、通行規制をかけていく。
さて、魔法少女の体でこのくらいの高さから落ちたところで、死ぬことはない。
だから、このまま落ちてくるのを待って、落っこちた魔法少女を拾えば、任務完了だ。
落ちてこなければ、ビルを登って確保しにいくが……。
「落ちてくれたほうが楽だな」
単に登るのが嫌というだけではない。
再自殺者は、再自殺に失敗するとさらに再々自殺を図りやすいのだ。だから、一回再自殺をやらせて、この体は死ににくいのだと思い知らせた方がいい。
落ちてこないかな、と仰ぎ見る。
と、人影は大きくゆらりと揺れ、致命的にバランスを崩した。そのまま、重力にしたがって、ビルからまっすぐ落ちてくる。ギャラリーから悲鳴が上がった。
着地点はたぶんこの辺だな、というあたりに人影が無いか確認して、あとは着地させるだけ……。
そこで、夜空をさっと遮る影があった。
「なに!?」
宙を落ちていた少女を、おおきな鳥が横から攫ったのだ。
「なんだあれ!?」
「怪鳥! 最近見なかったのに……!」
少女は気絶しているらしく、怪鳥の爪にぶら下がって動かない。魔物の鳥、怪鳥は、人面に大鷲の体、蛇の尾という不気味な姿だ。獲物をぶら下げたまま、どんどん上昇していく。
「まずい、さらわれた……!」
こんなタイミングよく魔物は湧かない。まず使役者がいると見ていい。そうであれば、その背後組織が、脱法少女を欲しがっているということだ。
「怪鳥を操れるなんて、どこの組織だ!?」
「陰陽大学の自治組織が飼ってるって聞いたことあるよ! あと轡製作委員会のパフォーマンス用に飼われてるのと、衛府の騎空隊第四隊には十五羽の飼育登録がある!」
「要するに!?」
「誰でも飼える!」
あんなバケモノをか!? 怪鳥はケーンと大きく鳴くと、みるみる遠ざかっていく。
「追うよ!」
「言われなくとも!」
地面を駆けるのは分が悪い。屋上に上がってしまえば、少なくとも歩行者とぶつかる心配はない。
障害物のない屋上に上がっても、怪鳥との距離は離されるばかりだ。
「どうするのこれ? 撃ち落とす?」
「バカ、魔法少女が一緒なんだぞ!?」
ベロニカの炎は広範囲大火力、街のど真ん中でやられたら死者すら出る。
「待てよ」
俺はこのあいだ、パーソナルマジックを手に入れたのだった。それは、水を噴出して鞭のように使う力。
アニメイトビル内では狭くて、火力VS水力みたいな大味な戦いだったが、ここなら、もっと上手く使えるのではなかろうか。
右掌を前に突き出す。個別詠唱。
「《水泡に帰す》」
水がほとばしる。一直線に伸びて、怪鳥を追う。
しかし、重力に負けて、放射線状に落ちていってしまった。
「ノーコン!」
「はじめて使うんだから仕方ないだろ!」
重力分を計算にいれる必要があるんだな。怪鳥の上を狙う。
「《水泡に帰す》」
ぎゅん、と伸びた水の鞭は、怪鳥向かって放物線をえがき、見事命中した!
怪鳥が悲鳴を上げる。まさかいきなり放水されるとは思ってなかっただろう。
そのうえ、この水は当たった相手を削る作用があるのだ。
羽毛がばっと飛び散るのが見えた。
「よっしゃあ!」
だが、致命的なダメージにはならなかったらしい。怪鳥は体勢を立て直し、さらに飛び去ろうとする。
「そろそろ板橋に入っちまう……!」
隣駅に入ってしまうと、そこは別の魔法少女の管轄だ。司令に連絡を入れ、司令から隣駅の司令に連絡がいき、さらに現場の魔法少女に連絡が……。そんなことをやっている間に、怪鳥は雲隠れしてしまうだろう。爪にひっかけた魔法少女と一緒に。
「グレイ!」
「なんだよ!」
「鞭、縛るみたいにできない? 捕まえるみたいな!」
想像する。できなくはない、かもしれない。
「でもたぶん長くは保たないぞ!」
水を、芯が入ったように動かすのは、結構難しいのだ。たぶん十秒も保たずに、流体に戻ってしまう。
「三秒あれば充分! それで叩きつければいい!」
「叩きつけるってどこに!?」
すると、ベロニカは無言で右を示した。
なるほど、了解。
怪鳥はすでに勝利を確信しているのだろう、羽ばたきすらせずに滑空している。板橋との境界はすぐそこだ。
それはつまり、山手線沿いに飛んできたということ。
「《水泡に帰す》」
水の鞭がうなりをあげて怪鳥にせまる。
そのまま怪鳥に巻きつき、そして、右に大きく振った。
「いけええええ!!!!」
ベロニカの応援を背に、俺は必死に水の鞭を操る。
怪鳥は鞭に巻き付かれ、ぎゅん、と右に吹っ飛ばされた。
そして、見えない壁に盛大にぶつかった。
「山手線絶対防衛ライン……!」
そう、山手線絶対防衛ライン。それは、作戦上で描かれた仮想のラインではない。
魔術的に山手線は防衛されているのだ。
鳥籠状に、おおきな結界によって。
人や電車は通れるが、魔物は通さない、結界。
その形ゆえに、また山手を庇護する役目ゆえに、この結界は『鳥籠結界』と呼ばれる。
つまり、山手線の上空1000mにかけて、魔物は絶対に通れない壁がそそりたっているのだ。
そこに怪鳥をぶつければ、鳥籠結界が異物として検知し、魔術的防御反応が起こる。
すなわち、雷が落ちる。
バリバリバリ、ととてつもない音量で、怪鳥に雷が落ちた。
ぐぎゃあ、と断末魔の叫び。怪鳥はもはやぷすぷすと焼け焦げた塊になり、一直線に地面に落ちていく。
落ちたポイントへ行くと、ひどい異臭がした。タンパク質が焼ける臭いだ。
怪鳥だったものが、いまや肉の塊となって鎮座している。
「魔法少女サポート機構呼ばないといけないな」
後始末ならサポート機構。
その醜悪な肉塊のとなりに、呆然と座り込んでいる人影がある。
青みがかったピンクのツインテール。少し開いた胸元。そこに光るピンクのブローチ。そしてお決まりのミニスカートとハイヒール、肘まで覆うグローブ。
顔立ちは美人で、気が強そうだ。いまは放心していて、口がぽかんと空いているが。
ざっとみたところ、大きな怪我はなさそうだった。鳥籠結界の自動防御の雷は、魔法少女に害を及ぼさない。あの程度の高さからなら、落下も大したことではない。
「ねー、大丈夫?」
ベロニカが話しかけにいく。
少女は、自分に話しかけられてるとは気づかなかったようだった。再度、ベロニカが話しかける。
「ねー、あなただよ、あなた。大丈夫?」
少女はまたたきをして、ようやくベロニカのほうを見る。
「あ……。ぼ、ぼく……」
完全に怯えている。そりゃそうだ、自殺して、そしたらなぜか別世界で目覚めて、再自殺したら怪鳥にさらわれて、雷に打たれて、それでもピンピンしてる。
そういう自分の体に、怯えている。
今、彼女は全方向に怯えているのだ。自らすら信用できない、最悪の疑心暗鬼。
だとしたら、俺に言えることは……無いな。
ぽりぽりと頭をかく。励ますような気の利くセリフなんて、一つも出てきやしない。
言えるとしたら、無責任な祝福。
「誕生おめでとう。ここは二度目の人生だ」
くそみたいな世界だけど。くそみたいな役割だけど。
二度目の人生ってのは、間違ってない。
ここで、もう一回、やり直せる場所。
そしてもう一つ、世界に迷い込んでしまったものにかける共通ワード。
俺は、彼女に手を伸ばしながら、伝えた。
「ようこそ、魔法少女カナリヤ同盟へ」
ウェルカムトゥザワールド。
少女はためらいながら、俺の手を見つめていた。
新キャラ登場です。この子はモブじゃなく次の話にも出ます。
次回更新は9月29日(火)13:30を予定しています。





