01 上映時間に間に合わない!
パパパパ、と軽い銃声が響く。怒鳴り声。怒号飛び交う戦場で、場違いな明るい声が命ずる。
「Go! Goだ!」
「銃撃戦の中を突っ切れと!?」
俺はつい声を上げた。
目の前は銃弾の雨あられである。魔術結社と暴力団の抗争どまんなか。解体途中で放棄された廃ビルの空間を射線がガリガリ通っている。エスカレーターが弾痕で破砕されていく。そこに突っ込めと。
「もちのろん! 行ける! Go!」
耳の中でがなりたてる司令は、そりゃああんたは現場にいないからいいだろうけど、俺はここで銃撃戦の真ん前だ。防弾チョッキもジュラルミンの盾もない。
それどころか、と俺は自分の体を見下ろす。
すらりと伸びた四肢。ふっくらとふくらむ腰部。それを包み込むふりふりのミニスカート。ニーハイ。ハイヒールブーツ。そして、手には瀟洒なレースのグローブ。
どこからどう見ても、たおやかなコスプレの少女だ。
まかり間違っても暴力の最前線にいるべきではない。
「早くしないと上映時間に間に合わない! 行け!」
「あぁーもうくそ、ポップコーンは司令のおごりですからね!!!」
川崎ダイスビル一階、マシンガンの破裂音の中を俺は駆ける。チッと体をかする銃弾が複数。ひええ、勘弁してくれ。
「出たぞ! 魔法少女だ!」
「来てくれた!」
「バカ! 弾幕切らすな!!」
「撃て撃て撃て!!! 的当てだ!」
俺が躍り出たのを見て、双方の陣営が沸く。背中側からは歓喜、行先は地獄の罵倒。
「撃てーーーー!!!!!!」
魔術結社最前線の男が顔を歪めて叫んでいる。俺はそこに突っ込んでいった。銃弾が正面から飛んでくる。
魔導障壁を目の前に展開して、それを盾にしながら押し通る。俺はまだ魔法がヘタクソなので、全身を覆えるような魔導障壁は出せない。頭と胴体の最低限を守って、あとの銃弾は当たるに任せる。
めちゃくちゃ当たる。めちゃくちゃ痛い。手足がちぎれたかと思うほど痛い。だが、魔法少女の体は頑健なので、このくらいでは弾は通らない。皮膚が硬いのかなんなのか、銃弾を跳ね返すみずからの手足になんとなく恐怖を感じながら、結社の一番前で機関銃を斉射している男の顔面を踏み抜いた。
「なっ!?」
結社がどよめく上をくるっと回って一回転。そして着地。結社の背後をとったかたちだ。
だが、こんな三下にかまっている時間はないのだ。俺はそのままエスカレーターに飛びつき、駆け上がっていく。
「追え! 逃すな!!!」
「くそったれ!!!」
背後の結社はひるむことなく追ってくる構え。しかし、そこに突っ込んできたのは、さきほど玄関でとどめられていた暴力団の群れだ。
「おらぁ!!!!!」
「おれらのシマでなにしてやがる!!!!」
あっというまに階下は混戦になる。暴力団というか、暴力に訴えるしかなかった市民団というべきなのだが、とにかく助かった。俺は戦場を置き去りに駆け昇る。
「きやがったな魔法少女!!!!!」
二階にも結社の群れ。機関銃の雨が降るが、再度障壁を展開して押し通る。
「……あれ?」
腹を銃弾がかすめた。いってえ。あわてて近くのマネキンの後ろに退避する。ずがががが、と削られていくマネキンの後ろで、みずからの脇腹を確認する。見事に傷がぱっくりと開いている。見た瞬間に痛みが襲ってくる。
「はあああ!?」
「バカ、魔法障壁対策ぐらい敵もとってくるよ! たぶん凶弾!」
「なんですかそれ!?」
「資料ぐらい読め!!!! 障壁の展開動作中に反作用を起こして、遺構による抵抗……とにかく、障壁は効かないの!」
「どうしろと!?」
「凶弾は一発二十万の高級品だ、バカスカ打てるもんじゃない! 射手がいる、そいつを避ける! 以上!」
以上って言ったって、無理だ。マネキンから顔出した瞬間に撃ち抜かれる。だとしたら。
「あー、それしかないな……」
そろそろマネキンが限界だ。俺はその場でぐうっと脚をたわめた。力を込め魔力を込め、限界までたわめる。魔導障壁を三重に頭上に展開。
そして、そのまま、勢いよく真下の床を蹴り抜いた。身体が跳び上がる。
どがんと天井に障壁があたる。槍状に形成した障壁が、天井をぶちぬく。
「はあああ!?!?!?」
結社どもの驚きの声を下に聞きながら、俺はフロアを真上にぶち抜いて一気に階を上がった。
勢いが弱まったので、てきとうな階で止まる。そこは飲食店のフロアのようだった。とうに営業はできなくなって、ぼろぼろになってはいるが、スイーツ食べ放題の看板だのオムライスの食品サンプルだのが残っている。
この階には結社がいない。だが、すぐ昇ってくるか、上から降りてくるだろう。俺は飲食店を冷やかすことはせず、すぐにエスカレーターに向かった。
今回の作戦の肝は、この川崎ダイスビル最上階にあるTOHOシネマズ川崎だ。
魔術結社川崎支部は、重複魔術用魔具、オーバーラップ映写機を手に入れたらしい。オーバーラップ映写機ってなんだ、ドラえもんの道具か何かかというダサさだが、これがバカにならない。この世界では重複魔術はもっとも許されざる、そしてもっとも恐ろしい魔術なのだ。これの映写を止めねば魔術災害で一面焦土と化す。
そしてこの映写機、映画館をいっぱいにしないと魔術が成功しない。そこで魔術結社は、大々的に『観客よ来たれ』なんてビラを撒いた。それで市民も魔法少女もその存在を知ることとなり、映写を望むバカどもと、映写を止めようとする魔法少女とが、ぶつかっているというわけだ。
俺は動いてないエスカレーターを駆けて、7階まで上がった。映画館のロビーだ。電気などとうに死んでいるので、一面の暗闇だ。
「……照らせ」
短縮詠唱。ロビーの四方から照明弾めいた魔力の塊が打ち上がり、高い天井近くで破裂した。
ひゅるるると弱くなっていくあかりの中に、手書きの看板が見えた。
『上映はスクリーン9で』
ご丁寧に、上映予定時刻まで一緒に、電光掲示板の上に貼ってある。スクリーン9は一階上だ。
だが、ここで俺は不審に思った。
これだけ派手に昇ってきて、派手に明るくしてみせたのに、結社が一人もやってこない。
耳をすます。しんと静まり返ったロビーに、人気はない。
ガガガ、とテレパス指令が入る。
「やられた! そっちは囮だ!!!!!」
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