イケメンの匂いつき消しゴム
「お客さん、この匂いつき消しゴムを嗅いでみてくださいよ。なんとこの消しゴムはですね、イケメンの匂いがするんです」
看板も見ずにふらりと入った文具店。色々と店内を物色していた私を捕まえた店主が、満面の笑みで商品を紹介してくる。手渡された消しゴムに鼻を近づけてみると、かすかに安物の清涼剤のような匂いがした。
「どうですか? イケメンの匂いがするでしょ?」
「するでしょって言われても……。イケメンの匂いを嗅いだことなんてありませんし」
「なるほど。じゃあ、要らないですね」
「いやいや、要らないんて誰が言ったんですか。買いますよ。だって、イケメンの匂いなんでしょ?」
お買い上げありがとうございますと店主がお礼を言う。
「何かあれですね、どこにでもあるようなものでも、〇〇つきって言われると欲しくなっちゃいますね」
「ええ、そういう人が多いんですよ。だからこの店ではですね、色んなものを取り揃えているんです。」
店主はそう言うと、テーブルの上に置かれていたボールペンを手渡してくる。私はそれを色んな角度から観察してみたり、匂いを嗅いでみる。しかし、特段変わったところはない、どこにでもある普通のボールペンだった。
「これは『箔つきボールペン』です」
これは何なのかという私の質問に店主が答える。
「といいますと?」
「名前の通りです。きちんと箔が付いたボールペンです、某有名文具メーカが品質を保証しているボールペンなので、使い心地が良いと思いますし、長持ちですよ。お値段も一般的なボールペンとあまり変わらない200円です。いかがでしょう」
「ちゃんとメーカーから保証されていると安心できますね。買います」
こちらもどうでしょうか、と店主がさらに鉛筆を手渡してくる。
「これは『いわくつき鉛筆』です」
「どんないわくがついているんですか?」
「さあ、私もただいわくつきとしか知らないんです。どうです? 買われます? これは100円ですけど」
「面白そうだから買います。Twitterとかに上げたら受けそうですし」
店主が小さめのかごを持ってきて、今までの商品をそれに突っ込んでいく。そして、続けざまにノートを取り出す。
「今度はなんですか?」
「こちらは『病みつき』ノートです。多分、何かしらに病みつきになれるんだと思います」
「買います。子供の頃からずっと、何か一つのことに熱中したことがないっていうのがコンプレックスだったんで」
「次は『思いつき』コンパスです。何かしらを思いついたんでしょうけど、何を思いついたのかは不明です」
「想像力って大事ですよね。買います」
「『生まれつき』分度器です。工場で作られる前から分度器になることが決まってたんでしょうかね」
「悲劇的でロマンティックなところが気に入りました。買います」
私はお金を払い、レジ袋片手に満ち足りた気持ちで店の外に出る。こんな素敵なお店があるだなんて知らなかったし、みんなに教えてあげたい。お店の名前をちゃんと見ておこうと思い立ち、外装を見渡して、店名が書かれている看板を探した。少しだけ苦労した後で、ようやく錆びかかったトタンの軒上に看板を見つける。茶色くくすんだ木製の看板には、色あせした赤いペンキでこう書かれていた。
『嘘つき文具店』