泣き虫ヒーロー ~パッド番外編
パッドには美丈夫で、頭のよい兄がいる。
兄は物腰が穏やかで、パッドにも微笑みをたやさない人だった。
勉強が嫌いと言えば、丁寧に教えてくれた。
「大丈夫だよ。パッドはやればできる。少しずつやればいいんだ」
何度、同じことを聞いても兄は嫌な顔ひとつしなかった。
そんな兄を見て、パッドは思った。
(俺の兄ちゃん、優しい!)
パッドは目を輝かせて兄を慕った。
パッドが学生の頃、上級生にいじめられるという出来事が起きた。
漁師町で、パッドの家は貿易商。
金持ちを鼻にかける嫌な奴だと言われたのだ。
もちろん、パッドには身に覚えのないことだった。
ただのいちゃもん。
上級生に囲まれて泣きべそをかいていると、兄が走ってきてくれた。
「僕の弟に何をしているの?」
颯爽と現れた兄は、上級生を押しのけ、パッドを背にかばった。
その姿はパッドが物語で見たヒーローのようだ。
一回りも大きい上級生に立ち向かう兄に、パッドの胸は熱くなる。
が、逆上した上級生が兄に殴りかかったので、パッドは顔を青くした。
「うわあああっ!にいちゃーーん!」
揉みくちゃになりながら喧嘩をする二人に、パッドは泣きながら走った。
「ぜんぜえっ! ぜんぜー!」
必死になって教師を探し、身振り手振りで状況を説明した。
教師にはちっとも伝わらなかったのだが、他の生徒が喧嘩を報告してくれた。
「やめなさい!」
どうにかその場は、おさまった。
しかし、パッドは頬が紫色になった兄を見て泣いた。
「ごめっ……おでのせいでっ……ごめんっ……」
兄はパッドを見て、優しく微笑んだ。
「気にすることないよ。パッドが殴られなくてよかった」
爽やかに笑う兄を見て、パッドは感激した。
「にいちゃあぁぁん! ありがどおおぉ!」
抱きついて泣くと、兄は頭をなでてくれた。
上級生は親が呼び出され、こんこんと説教をされたらしい。
パッドへの嫌がらせもなくなった。
この日、パッドにとって兄はヒーローになった。
(俺の兄ちゃんはかっけぇ! 強くて、優しくて、頼もしいんだ!)
自慢の兄だ。
自慢の兄だった。
そんな兄が、恋をして、壊れた。
兄の奇妙な行動が始まったのは、彼が風邪を引いた二日後だった。
時刻は昼時。
「今日は何を食べようか?」と、気軽に声をかけたら、兄は気まずそうな顔をした。
「僕は別の場所で食事してくるよ」
「え? ひとりでか?」
「うん。パッドは付いてきちゃダメだよ」
「なんで?」
いつも一緒だったのに。
パッドがこてんと首をかたむけると、兄は目を細くした。
「秘密」
ひぇっと、思ったのは、兄の目がちっとも笑っていなかったからだ。
無言で首を激しく縦にふると、兄は満足そうに笑って、出かけていってしまった。
(兄貴、どうしたんだろう?)
首をひねりつつ、昼食をすませ、兄の帰りを待っていた。
やがて帰ってきた兄の顔色は悪かった。
口元もおさえていた。
パッドは大慌てで、兄に駆け寄る。
「どうしたんだ?!」
兄は力なく笑った。
「ちょっと……食べすぎたかも……」
うっと苦しそうな声を漏らした兄に、パッドは叫んだ。
「ま、ままま待て! 吐くな! 吐くなよ! せ、洗面器! 胃薬ー!」
ドタバタと駆け回り、兄を介抱した。
次の日も、同じ店に行くと兄が言い出して、パッドは警告した。
「兄貴はそんなに食べれる体質じゃないだろ? 食べすぎるなよ? 食べすぎるなよ!」
念には念を押したのだが。
「……そこの店、大盛りが普通サイズなんだ……」
と、また具合が悪そうに帰って来た兄を見て、パッドは絶叫した。
「どこに行ってんだよおおお!」
またも胃薬と洗面器を用意して、兄を介抱したのだった。
次の日も、兄は同じ食堂に行くという。
パッドはため息をついた。
「なぁ、もうその食堂に行くのやめとけば?」
「それはダメ。無理。できない」
「なんでっ!」
「だって、会えないから」
ちょっぴり切なく微笑む兄を見て、彼が誰かに恋をしているのだとパッドは察した。
いつも一緒にいるのだ。それぐらい分かる。
(兄貴が恋……相手はどんな人だろう?)
すごい美人だろうか。
それとも、胸が大きいのだろうか。
パッドは胃薬と洗面器を脇に抱えて、考え込んだ。
また今日も胃もたれして帰って来た兄に、すかさず胃薬を差し出しながら、パッドは決意する。
(兄貴の相手を突き止めよう)
あの兄がこんな奇行を繰り返すなんて、絶対に美女だ。見てみたい。
パッドは好奇心をおさえられずに、翌日、兄を尾行した。
猫のように、さっと身を隠して兄を追跡する。
足音を立てずに忍び足。
兄が振り返りそうになったら、慌てて物陰に隠れる。
まるで猫だ。
兄に悟られずに後を追ってたどり着いたのはタタタンタンという名前の食堂だった。
外から中を覗く。
窓際の席に兄がいた。
見たことがないくらい優しい笑顔を浮かべている。
視線の先には、ひとりの女性がいるようだ。
癖っ毛な髪を無造作にひとつに束ねて、化粧もしていない。
ごくごく平凡な顔の女性だった。
だけど、兄の瞳は幸せそうにとろけていた。
好きが顔からにじみ出ている。
女性には興味なさそうだった兄の姿にパッドは、ほぅと息を吐いた。
(兄貴も男なんだな……)
できすぎの兄の人間らしい一面を見て、安心した。思わず口がにやける。
しかし、どうやら兄の恋は一方的らしい。
あんなに美形な兄を見ても、彼女はツンとすました態度をする。
見るからに脈はなさそうで、彼女の後ろ姿を兄は切なげに見ていた。
パッドは涙がでてきた。
(兄貴ぃぃっ! 俺、応援する! 兄貴の恋を応援しているからな!)
パッドは食堂の影から、兄の恋が叶いますように、と願った。
*
「それで、願いは叶ったのかい?」
「そうだな。地獄を見たけど、兄貴はイルザさんと結婚できたよ。二人が結婚式をしたとき、俺、号泣しちゃった」
「あんた、らしいね」
へへっと鼻をすするパッド。
彼を微笑ましく見ているのは、女料理人ファビアだ。
パッドは今、ファビアがいる店に来て昼食を食べていた。
ファビアとの出会いは、兄が食堂の調査をした時。
あの時、兄はタタタンタン食堂の競合になりそうな店を片っ端から調べていた。執念深く、緻密に。
その調査に付き合わされていたパッドは、路地裏の奥にある食堂を見つけたのだ。
そこは、ファビアがひとりで切り盛りしている店だった。
看板メニューは、ジャガイモのパンケーキ。
祖母から受け継いだものだそうだ。
三段のパンケーキに、魚介のトマトクリームソースがたっぷりかかっている。
その美味しさに感激して、パッドはすっかり通うようになっていた。
「しっかし、相変わらず誰も来ていないんだな」
薄暗い店内を見渡して、パッドが呟く。
ファビアは苦笑いした。
「ここら辺は、豪快な肉料理が好まれるから、パンケーキは好かれないんだよ」
タタタンタン食堂の看板メニューは、Tボーンステーキ。
量と美味しさで、大柄な漁師たちに好評だ。
それを真似して、近くの食堂はみんな大盛りメニューが多い。
ファビアのパンケーキでは、おやつにしかならないのだ。
それに立地もいまひとつだ。
ファビアの店は、高い建物に挟まれていて、太陽の光が届かない。
店内は暗く、さびれた感じが余計にでていた。
「こんなに旨いのになぁ」
パッドは皿に残ったソースをスプーンですくい、口に含む。
魚介の優しい味が舌に広がった。
「くぅぅ、旨い!」
「ははっ。ありがとう」
ファビアは嬉しそうにくつくつ喉を震わせる。
その瞳が切なげに揺れた。
「店をしまう前に、パッドが来てくれてよかった。また食べてもらえるなんて、嬉しいよ」
ファビアの告白に、パッドは椅子から転がり落ちた。
すぐに立ち上がって、問いただす。
「店をしまうって、どういうことだよ?!」
「どうもこうも。見ての通りだからね。店をしまって、働くよ」
パッドはテーブルに手をついて身を乗り出した。
「そんなのダメだ! ファビアは料理をするのが、すっごく好きじゃんか!」
パッドは彼女が料理をしている姿が好きだ。
きれいな年上の彼女が、美味しい料理を作ってくれるなんて最高だ。
それを無くすなんて、絶対にできない。
「俺がなんとかする! だから、諦めんな! な!」
そう言って、パッドはお代を払うと走り出した。
引きとめる声にも振り向かずに、走る。走る。走る。
行き先は、近くにあるタタタンタン食堂。
そこで、兄と姉が食事をしているはずだ。
食堂にたどり着いて、乱暴に扉を開いた。
扉の鈴が大きく鳴り、店の中にいた人が一斉にパッドを見る。
その中に、振り返っていない人がいる。
兄だ。
彼だけは妻を見つめていた。
だが、妻――イルザは、パッドに気づいて目を丸くした。
「パッド……?」
その声につられて兄がこっちを向く。
パッドは兄に駆け寄った。
「あにきぃぃ! 助けてくれえええ!」
パッドは文字通り兄に泣きついた。
*
パッドから事情を聞いた兄は、顎に手をあてて思案顔になった。
「なるほどね。あの店か……パンケーキが美味しかったね」
さすが兄だ。
店名を言っただけで、味まで思い出したらしい。
「そんなに美味しい店なの?」
イルザの一言に、パッドは何度もうなずく。
「すっごく旨い! 腹一杯にならないけど、幸せな味がするんだ!」
パッドの言葉にイルザは興味をひかれたようだ。
「行ってみたいな」
その一言を、妻を溺愛する兄が、聞き逃すわけない。
彼は甘い笑みを浮かべて、イルザに話しかけた。
「じゃあ、今度、行ってみようか」
その笑みがあまりにキラキラしていたので、イルザは警戒した。
「ライラル……何か企んでいませんか?」
「そんなことないよ。いいこと思いついただけ」
にっこり笑う兄に、イルザの頬がひきつる。
いいことが、恥ずかしいことのような気がする。
そんな二人の攻防を見て、パッドはきょとんとしている。
いつもの光景だから、二人のやり取りが終わるまで待っていた。
「パッド、もしかしたらお店を立て直せるかもしれないよ」
「本当か?!」
「うん。それには、イルザの協力がいるんだ」
「へ? 姉さんの?」
パッドがイルザを見る。
イルザの目はつり上がっていた。
嫌そうである。
「イルザがうんと言ってくれたら、できるかも」
くすくす笑う兄に、イルザがむっと顔をしかめる。
パッドはなりふりかまわず懇願した。
「姉さん、お願いだ! 俺、店を潰したくない!」
涙目で訴える弟には敵わないようで。
「……わかったわ……協力する……」
イルザは頷いてくれた。
パッドはぶわっと涙を流して万歳をした。
「やったぁぁぁ!」
何も解決していないのだが、兄に任せておけばうまくいくだろう。
兄はパッドにとって、ヒーローなのだ。
姉のこと以外では、ヒーローなのである。
*
パッドの期待は的中した。
兄はファビアの店を女性向けに改装しようと提案してくれた。
パンケーキは漁師より女性にこそ好まれるだろうと、見込んでのことだ。
花柄模様の壁紙をはり、食器も真っ白なものから、花がついた可愛らしいものに変えた。
店内は柔らかなオレンジ色が灯るランプが置かれた。
コンセプトは〝貴族の令嬢が使いそうな部屋〟
同じような店はない。
兄と営む貿易商の客には、本土の貴族がいる。
内装は見たことがあるし、壁紙も取り寄せたことがある。
職人に任せて、店を改装した。
ファビアは店の改装には、最初、反対していた。
「いい話だけど、お金がなくてね」
「お金は店が軌道にのったらでいいです。それまでは、うちが立替えます」
「でも、うまくいかなかったら……」
「その時は、その時です。パッドの給料から少しずつもらいます」
「そんな……悪いよ」
ファビアの言葉に、パッドは声をあげた。
「俺がしたくてやるんだ! お願いだ、ファビア! やらせてくれ!」
パッドは力拳をにぎって、彼女に熱弁した。
「何もしないよりはした方がいいって! 俺の兄貴はすごいから、絶対にうまくいくって!」
熱心な口ぶりに、ファビアはとうとう頷いてくれた。
「ありがとう。お願いします。私も祖母が作った味と店を残したい」
パッドはファビアの手を握りしめ、ぶんぶん振った。
「やろう! 絶対にうまくいく!」
パッドの眩しい笑顔に、ファビアは顔をほころばせた。
それから、お店の改装が始まった。
小さな町では、改装の噂はすぐに広まる。
注目は集まった。
改装が終わると、季節は冬に近づいていた。
*
「改装が終わったね。じゃあ、仕上げをしよう」
兄は満面の笑顔で、イルザに一着のドレスをプレゼントした。
「これを着て、店に行こう。俺とデートしてください」
受け取ったオレンジ色のドレスを見て、イルザは驚いた。
フリルが贅沢に使われたものだ。
貴族の令嬢が着ていそうなドレスに顔がひきつる。
こんなドレス、着たことがない。
「これを着て……ですか?」
「うん。絶対に可愛いはず。俺もスーツを着るし、たまにはお洒落をしよう」
うっきうきな旦那様の様子に、イルザは及び腰になる。
渋る妻を、うっきうきな兄は逃さない。
「目立つ格好をした方が、お店の宣伝になるよ」
「それは、そうかもしれませんが……」
渋るイルザを見て、パッドがぶわっと泣いた。
「姉さん! ドレスを着た姉さんは可愛いから! 絶対に可愛いから! 兄貴とデートしてきて!」
二人に詰められ、イルザは観念した。
「恥ずかしいけど……わかったわ」
「やったー!」
パッドは万歳して喜び、兄は満面の笑顔になった。
イルザはドレスを手でなぞりながら、思いを口にする。
「ファビアさんのお店を潰したくないって気持ち、すごく分かるの……だから、やってみるわ」
彼女の気持ちに答えるように、パッドは何度も言った。
「絶対にうまくいく! 兄貴と姉さんの姿を見たら、みんな行きたくなるって!」
興奮したパッドに、ふたりは微笑んでいた。
*
改装オープンした日。
恥ずかしそうに目をつり上げたドレス姿のイルザと、スーツを格好よく決めた兄がお店でデートした。
兄は美形で一目をひく。
そんな彼が貴公子のような姿で妻をエスコートしている光景は、漁師町では鮮烈にうつった。
店を出た兄が「美味しかったね。また来ようね」と、妻の頬にキスなんてしたもんだから、余計に目立った。
それを物陰から見ていたパッドは、美形は得だな!とは思わなかった。
(さすが俺の兄貴! バッチリ注目されているな!)
思わずガッツポーズをしたくらいだった。
兄の宣伝効果により、お店にくる人が増えた。
新しいデートスポットとして話題になったのだ。
奥まった立地も幸いした。
太陽が届かない薄暗い路地は、非日常世界への扉のよう。
まるで物語の一ページを開くような、わくわく感を演出した。
店の扉を開けば、そこには別世界が待っている。
魚の匂いもなく、武骨さもない。
乙女心をくすぐる店構えに、訪れた女性はほぉと感嘆の息をもらした。
「ねぇ、今日はあの店に行きましょう。パンケーキが食べたいわ」
そんな声が女性たちから聞こえる。
「少しお洒落しようかしら。化粧をするなんて久しぶりだわ」
世界観に見合った装いを好むようになり、化粧品を求める声も高まった。
それを見た漁師たちも、少しおめかしして、女性を喜ばせようとした。
町には丈夫な服は売っていても、仕立てのよいスーツは本土に行かないとない。
スーツの受注が増えて、パッドたちの貿易商も大助かりだった。
お店はすぐ軌道にのり、人手不足になった。
人を雇わないとファビアだけでは、手が足りない。
「パッドが手伝えばいいんじゃないかな」と、言い出したのは兄だ。
「え? 俺が抜けてもいいのか?」
「困るけど、パッドはあの店が心配なんでしょ?」
「そうだけど……」
兄、ひとりで仕事は回るのだろうか。
スーツの取引で今はてんてこ舞いだ。
「イルザが手伝ってくれるって」
「姉さんが?」
イルザを見ると、頬を紅潮させて、色気をかもしだしていた。
何があったのか、パッドは察した。
兄が寝技を決めたのだろう。
「姉さんは、俺が抜けても大丈夫?」
「困りますけど、経理ならできますし、パッドには幸せになってほしいの。ファビアさんを手伝ってあげて」
兄も姉も、パッドの恋に気づいていたようだ。
そのことに、パッドは感激した。
「ありがとう! 姉さん! 俺、がんばるよ!」
こうして、パッドは貿易商を辞めて、ファビアの店を手伝うことになったのだ。
ファビアは最初、困惑したが、パッドの熱心な口説きに折れた。
「パッドが手伝ってくれるなら、私は助かるよ」
「そっか! 俺、頑張るよ! ふたりで頑張ろうな!」
へへっと笑うパッドに、ファビアは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとう。本当にありがとう」
彼女の微笑みを見て、パッドは嬉しくてたまらない。
彼女の助けになれるんだ。
もっと、頑張ろうと思えた。
時は流れ、クリスマスの夜。
今日も忙しかった。
店じまいをすると、ファビアがパンケーキを持ってきてくれた。
パッドは、こてんと首をかたむける。
「これ、見たことがないやつだ」
「あぁ、クリスマスに食べる特別なものだよ。二日前から用意していたんだ」
それはオレンジピールやナッツがたっぷり入ったもの。
パンケーキというより、甘いパンだった。
「祖母の得意料理だったんだ……また、作れるなんてな」
そう言って、ファビアはふっくら膨らんだパンを切り分ける。
ひとり分のパンをパッドの前におくと、ファビアは微笑んだ。
「パッドのおかげで、お店が続けられる。ありがとう」
パッドは恥ずかしくなって頬をかいた。
「兄貴が全部やってくれたから」
「それでも、パッドが言い出さなかったら、クリスマスに店を開けられなかった。感謝しているよ」
ファビアは瞳をうるませて、微笑んだ。
「パッドは私に幸せを運んできてくれた。サンタクロースみたいだよ」
パットは顔を赤くして泣きそうになった。
兄みたいにヒーローにはなれない。
だけど、自分がいることで目の前の人は、幸せになったという。
嬉しい。
とても、嬉しい。
パッドはずっと鼻を鳴らして、パンにフォークを突き立てた。
涙を飲み込んで、パンにかぶりつく。
甘い味。
オレンジの爽やかさ。
口いっぱいに幸せが広がる。
「んー! んー! んんんんー!」
パッドはあまりの美味しさに感動して、口を動かしながら立ち上がる。
その様子にファビアがくすくす笑った。
パンケーキを飲み干したパッドは、興奮ぎみに言う。
「すっごい旨い! 毎年、食べたい!」
その告白にファビアの目が丸くなる。
パッドは、はっとして言い直した。
息をすって吐いて。
思いは外へ。
「俺、ファビアが好きだ! 結婚してください!」
ストレートな告白に、ファビアの頬が赤くなる。
「……私は五歳も年上だよ?」
「だから?」
「いや、おばさんじゃないかって思うんだけど……」
「なんでっ?!」
パッドはファビアの手を握る。
「ファビアはきれいだ! 俺、ファビアが大好きだ!」
まっすぐな告白は、ファビアの胸に響いた。
困ったように、でも、嬉しそうに笑う。
「へ、返事は……?」
ドキドキしながら待っていると、ファビアが顔を近づけてきた。
囁かれた愛の言葉。
それに、パッドはうち震えて、万歳をした。
「やったぁぁぁ!……って、うわっ?!」
あまりにも勢いよく両手をあげたら、ひっくり返ってしまった。
どてんと尻餅をついたパッドを見て、ファビアはびっくりした。
「大丈夫かい?」
「てててっ。カッコ悪い……」
しょんぼりすると、ファビアがくすくす笑いだした。
パッドに手を差し出す。
「そんな所も好きだよ」
そう言った彼女は、今まで一番きれいで。
「俺も大好きだあああっ!」
パッドは泣きながら、ファビアに抱きついた。
泣き虫なヒーローを祝福するように。
遠くで、教会の鐘が鳴り響いた。
happy end
Merry Christmas!
短編のときからぼんやりあったバッドの恋の話になります。リクエストを頂いてから、一年以上経ってしまいましたが、ようやく書けました。読んだ方が、喜んでもらえることを願って。リクエストありがとうございました。