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よろしくお願いします。
「ええと、すみません。ニホンですか?」
「ああ、そうだ。君のパスを見せてもらったんだがね、よく分からんことが多くてね」
「パスですね...それはですね」
「ふむ」
「僕にもよく分からないんですよ。東の方の小さい国なんですけどね。なんと言うか、こちらの地図には載ってないみたいで」
「では、ニホンからどうやって来たのかね?」
「その辺りの記憶が曖昧で、どうやってかニホンという所からリンクルアデルに来ては居るようなんです。パスにそう書いてある通りです。ただ、恐らくですがリンクルアデルに到着した後で強盗か何かに襲われて男爵家の別宅の前に倒れていたところをゾイド男爵に助けて頂いた次第です」
「うむ、確かにパスにそう書かれておるからな。ニホンからリンクルアデルへと来たことは間違いないのだろうな。しかし、そうなると、記憶がないというのか?」
「はい、恥ずかしながら申し上げました通り記憶が曖昧で...」
「そうか、ヒロシと呼ばせてもらっているが、アイハラと言う姓を持っておるのだな。貴族だったのか?」
「いえ、そう言うわけではないと思うのですが、覚えてないのです。身分を証明することもできません。ただ、姓はアイハラという事は間違いありません」
「この世界では苗字を持つのは貴族だけだ。ニホンも恐らくそうだと思うのだがな。証明することが出来ないのは階級だけであろう。平民なら苗字が乗るような事は絶対に無い。お主は貴族だろう」
これに乗ってきたのはまさかのじいさんだった。
「はい、当初そのパスを見た時には私も混乱したのですが、苗字がある以上、万が一失礼があると面倒な事になると考え保護した次第であります」
「しかし、これまで報告がなかったように思うが?」
「それはまず一つにニホンという国があるかどうか誰も知らなかった事。もう一つは異国の貴族の可能性があり連行という手段は得策ではないと判断した事。たとえ貴族であっても、それはただの可能性の話でございます。パスが殆ど読めない人間を上にあげても閣下もお困りになるかと愚考した事でございます。ですので、まずはこちらで保護し、記憶が戻り危険がないと分かった時点でお伝えすれば良いと判断致しました」
「ふむ、確かにそうだ。今の時点でも陛下はまず私に話をして来いと仰られておる。すまんなヒロシ。これはそなたに無礼を働いている訳ではない。素性の知れぬ者を簡単に陛下の前へは連れて行けんのだ」
「いえ、当然の事でございます。まったく気にしておりません」
上手いなじいさん。流石の一言だ。今の発言でパスについては全部クリアだ。しかも俺貴族の可能性があることになってるぞ。それは嬉しい、だけど厄介事は御免だ。交錯する2つの感情ってやつだ。
「しかし閣下、なぜというか、どこでヒロシの事をお知りになったのですか?」
「いや、ギルド経由でこのヒロシというものが一騎打ちでドルスカーナの英雄に勝利したと報告が入ったものでな。アルバレスにそれとなく聞いたら商人として成功している人間だと。ちょうどアルバレスに呼んでいる所だというのでな。陛下より一度顔を見てこいと言われたのだ」
出どころはケビンのおっさんかよ!じいさんもこめかみに血管が浮き出てるぞ。あ、侯爵も気づいたみたいだな。
「まあまあ、ゾイドよ。気を悪くするでないぞ。ギルドはそう言った内容を直ちに軍務卿、つまり俺だな。俺に連絡しなくてはいけない義務があるのだ。ケビンはそれに従ったまでの事だ」
「まあそうですな。確かに閣下への義務は果たさねばなりません」
「そう言ってくれると助かる。ゾイドがヒロシを保護してくれたのもありがたい」
そこでだ、と侯爵は一呼吸置く。
「ヒロシ殿は本当にアッガスに勝利したのかね?」
恐らくここで『殿』を付けたのは万が一俺の記憶が戻った際に貴族として扱ったという証拠を残すためだ。こういう所はじいさんもそうだが、皆格段に上手い。かつての政治家がそうだったように流す場所と止める場所の使い分けが達人レベルと思う。
「いや、失礼なのは謝るが、こう見ると普通の青年というか30歳位の大人だなと思うんだがね」
「一応、紙一重の差ではありましたが勝利したのは間違いありません」
「それは正当なる一騎打ちであろう?」
ここで聞きたいのは俺が卑怯な手を使わず正々堂々と勝負をしたのかという事だ。本来生死を掛けた戦いの場に卑怯もへったくれもないのだが、闘技場の一騎打ちは半分試合みたいなものだからな。決闘とも違う。決闘は生死を掛けた実戦だ。そこには勝つという二文字しかない。
「はい、私も戦闘用の服を着て、互いの技で勝負を決しました。でも先ほども言ったように紙一重の勝負でした。模擬戦と命を賭けた戦闘は意味や内容が全く違いますし、次やったら勝てるどうかも分かりません。もちろん私は商人ですので次は断ります」
「そうか。ヒロシ殿が商人という事は十分理解している。しかし、冒険者になるという道は考えたことはないのかね?他にはアデリーゼで騎士になるとか」
「いえ、私には商人が向いていると思います。戦闘に関しては降りかかる火の粉を払うくらいの実力があれば良いと思ってます。誤解の無いようにお伝えしますが、アッガスを火の粉程度とは思ったことはありません。彼とはその後も良き友人としてお付き合いさせて頂いております」
「ふむ、そうか。あと、最近結婚したと聞いたが?」
「よくご存じですね、つい先日の事なのに」
あのおっさん、帰ったら蹴っ飛ばしてやる。
「そうなんです。お陰様で新婚ホヤホヤです」
「それで、その相手は狐炎のサティ殿で間違いないのかね?」
嫁にも敬称を付けるあたり隙がないな。貴族夫人になるわけだからな。ただ言っておくと俺は貴族でもなんでもないのだが。ここは流れに乗っておくこととする。
「はい、サティで間違いありません」
「ふむ、ゾイドよ。ここにはいつまで滞在予定なんだ?」
「もう数日という所でしょうか」
侯爵は少し考えているそぶりを見せている。そして俺たちを見渡しながら言った。
「明後日の朝からアデリーゼに一緒に来てくれんか」
やっぱりな。そうなると思ったよ、
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