閑話 神々の憂鬱 4
伯爵家に行く前に少し閑話を挟みたいと思います。
よろしくお願いします。
私はアイシャ。特別対策室で働く天使よ。
あれから対象Aの行動により私たち天使はかなり過酷な労働環境下にあった。いや、正直に言うと対象Aの責任ではないかも知れないが。
まず、あの狐獣人との模擬戦。トップクラスの冒険者狐炎。その双剣相手に丸腰で出てきたこのバカに自然の神で不老長寿の担当であるメテイル様がキレた。
次にガラガラスネークから毒薬の精製に成功させる。空気中に散布すれば一夜で街が滅ぶほどの高純度の化学兵器を完成させてしまったのだ。フラスコを見ながら悪そうな笑みを浮かべるこのバカに無病息災の担当であるアントリテ様がキレた。
次に盗賊との戦闘で攻撃魔法の核を突いて魔法を消滅させてしまう。本来秘匿するべきこの内容をあろうことか他者に実演したことにより、特別対策室緊急会議が行われ戦の神アーレス様にスキル過剰譲渡の責任問題が浮上する。いつかのシステム問題を棚上げし、オレ一人に罪をかぶせる陰謀だとアーレス様が商売の神ダンティア様を真っ向から非難。他の神を巻き込んで会議室内で大乱闘となる。
更にジキョウ草を利用して滋養強壮剤の開発に成功する。戦の神アーレス様が神託を利用し、対象Aより秘密裏に薬物を献上させようとした所を治癒の神パケイア様に見つかり特別対策室査問委員会に議題として提出される。圧倒的不利な条件の中アーレス様は最後まで無実を訴え証拠不十分で不起訴となった。
極めつきにギルドでの一騎打ち。アーレス様によると獣神ライガード様の加護とスキルを受けた大陸最強の一角とも言われる一戦。タリスマンを装備していることから命の危険はないと判断された後、神々はリラックスモードへと変化していく。スナック片手にのんびりとモニターを眺めるただの視聴者になっていた。そこへどこから聞きつけたか対策室にライガード様が乱入。能力とスキルの過剰譲渡が指摘される一方、獣神の明確なドルスカーナ贔屓も指摘され膠着状態に。アーレス様とライガード様の小競り合いは遂に限界を超え、これも乱闘へと発展。
他の神々の結界で機材への被害は最小限に抑えられたが、対策室事態への被害は甚大で、私たち天使は脇で罵り合う神々を横目に総がかりで対応に追われた。
正直対象Aと言うより神々のせいで疲弊仕切っていると言っても過言ではないだろう。
そして今。
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「ダンティア様、ちょっとまた何か起こりそうな気配です」
「どうしたの? あの男がもうどうなろうと、どうでも良くなってきてる所なんだけど?」
ダンティサ様の手には転職案内の雑誌が開かれている。どこに行く気だアンタは。
「ちょっと、しっかりして下さい。私たちの将来も掛かってるんですよ!」
「若いって良いわね。はぁ。で、今度はどうしたの?街中を火の海にでもしたのかしら?」
「違います!何やらサティと言う女性と良い雰囲気です」
「え? なんですって? ふむふむ、恋愛ドラマみたい? これは一大事ね...特にメテイルはこういうの好きだしね...至急皆を呼んで頂戴。残りの手の空いた天使たちはモニター前を片付けなさい」
「分かりました!」
私は走ってシチュエーションルームへと向かった。
「失礼します。リーダーのアイシャです!皆さんモニタールームにお越し頂けま...」
そこには、会議室のテーブルに足を乗せて居眠りをする者、雑誌片手に化粧道具でメイクをする者、カードゲームに興じる者、現実逃避に走る者達の巣窟だった。
「ちょっと、皆さんしっかりして下さい!」
「んあっ! なんだアイシャかどうした? あの男が街中を火の海にでもしたのか?」
「なんで、揃いも揃って対象Aの印象が同じなんですか! 早く来てください。対象Aに動きがありました」
「どんな?」
「どうもあの狐獣人と良い雰囲気です」
「なに! そうか、男になるときが来たか! よし、俺は行くぞ」
とアーレス様は乗り気だ。続いてアントリテ様。そしてパケイア様、メテイル様。
「良い雰囲気とは思ってたよね、あの二人。ワクワクするわ」
「上手く行ったらご褒美に何かスキルを上げちゃおうかしら?」
「もう一人の人族の女性はどうするのかしら? あの男の底が知れる大きなイベントよ」
モニターの前には既に菓子類や飲み物が用意されている。
「さあ、準備は出来ているわ、早く座って。アイシャ、他の天使たちも今はこっちに集中しなさい」
「ええ! いいんですか、みんな! 私たちも一緒に観ても良いって!」
「ホントに? やったわ! ドキドキするわ。この男がヘタレかどうか今日はっきりするのね!」
「ええ、私たちは歴史の目撃者になるのよ!」
仲間の天使は大喜びだ。神々もそれぞれ予想を言いながらモニター周りのVIPシートへと腰を落ち着けていく。
「で、何でお前が居るんだ?」
「いいじゃねぇか、あのアッガスが妹のように思ってた女性が男と良い雰囲気なんだぞ? これは見とかないとダメだろう? アーレス、そんなこと言うわけ?」
「いや悪かったライガード、ほんの冗談だよ。まぁこっちに座れよ」
アーレス様とライガード様は実は仲が良い。団体が違うとか、むかし一緒に遠征やら巡業とか聞いたがよく理解できなかった。
そして時間は過ぎていき、食事を楽しんだあと二人は砂浜へと。アントリテ様は雲を全て取り払っていた。良いのかそんな事をして。とにかく空には奇麗なお月さまと星が輝く。
私たちは途中からハンカチ片手に泣いた。やるじゃないのこの男。狐獣人がキスした時には皆で万歳三唱だった。
そしてクライマックス。メテイル様が天空に幾つもの流れ星を降らす。だから良いのかそんな事をして。
流れ星をバックに誓いのキスをしたその瞬間、部屋には大歓声が響いた。
そして人族の女性との話を経て二人は寝室へと。皆キャーキャー言っている。
い、いよいよね。ドキドキしてきたわ。
と思ったらモニターが突然切れた。
ダンティア様が情報の神インタネトに速攻で連絡。罵詈雑言を浴びせかけている。
まぁこれは仕方ない。神々がピーピングを趣味にするわけにもいかないし。恐らくアザベル様からインタネト様へ連絡がいっているのだろう。
皆も口々に感想を言い合っている。神々も『ちょっと見直した』とか対象Aに対して好意的な意見が多い。私もそうだ。あの男、飄々としているが色々考えているのだろう。
能力を持っていても積極的に使うようなこともしていない。アザベル様が何を考えているのかは分からないけど、今まで見てきた転生者とは少し毛色が違うと言うのは感じるところだ。
もう少し頑張ろう。皆と一緒にこの仕事をするのも悪くはないと思う。
対象Aの話で盛り上がっている中、私はそんな事を考えていた。
お読み頂きありがとうございます。