82 宴会披露宴
よろしくお願いします。
俺たちは再び腕を組んで砂浜を歩きレストランへと向かう。サティのしっぽは俺を叩きっぱなしだ。意外と気持ちいいんだよ。羨ましいだろう。
そして扉を開け中へ入ると、はぁ、なんだこれ? そこには、人、人、人、沢山の見知った連中がいる。
「サティ、おめでとう!!」
ソニアが飛んできてサティに抱きつく。
「ソニア、ありがとう、ありがとう」
二人は涙してお互いに抱きあい背中を撫で合っている。
それを取り巻く沢山の人達。
『一体どうなってやがる...』
「ヒロシ様、この度はご結婚おめでとうございます」
クロがやってきて俺に握手を求めてきた。俺も当然のように握り返す、現状に理解は追いついていないが。
「結婚? まぁ、結婚というか婚約だな」
「婚約というものが何か分かりませんが、剣を捧げた相手に愛を誓ったのでは?」
「えへへ、照れるじゃないのクロちゃんよ。まぁ、誓ったけど?」
「それでは結婚ですね」
「今ので結婚になるの?」
「他に何かあるんですか?」
「いや、あれ?えーと、結婚式とかないの?」
「なんですか結婚式って?あ、神々への報告の事ですか?それならいつか時間があるときに教会に行けばいいのではないでしょうか?我々の場合はドルスカーナの神殿でアザベル様と獣神ライガード様への報告ですね」
「あ...そうなんだ」
「はい」
「じゃぁ、今ので結婚したって事なんだ」
「はい」
そうなんだ。いや、構わないけど。変な話だが確かに結婚式ってのはおかしな儀式だ。結婚自体は役所に婚姻届けを出せばいいのだからな。こちらの世界ではそれすら必要ない。パスで個人登録だからだ。
よく考えたら獣人族が剣を捧げて相手の返事を待つというのはある意味婚約じゃないのか? 嫌ならその場で断れば良い。(俺の場合は断るも何も意味を知らなかったが)受取れば『結婚するけどちょっと待ってね』という事だからな。なんてうまくできたシステムだ。
もしかして飲み屋の姉ちゃんに酔っぱらって結婚してくれ、はい良いですよ、で結婚になるのか?その辺は気を付けないとイカンな。ここら辺りも勉強する必要がある。そう思うと知らないことがまだまだ多いな、俺って。まぁ異論反論あるだろうが、ここではそういう事だ。
「...ロシ様、ヒロシ様」
「お、おうスマン、ちょっと考え事をしてた」
「ゾイド様が来てますよ」
「おお、ちょっと行ってくるよ」
サティもソニアと一緒にこっちにやって来た。
「サティ、改めて男爵に紹介したい」
「ええ」
「ヒロシ、おめでとう。ようやくだな」
「ゾイド・ロングフォード男爵様、ありがとうございます。妻のサティです。これからもよろしくお願い致します。またこのレストランにしても貸切って頂いたそうで、そちらについてもお礼申し上げます」
「なんじゃ、畏まって。照れるわい」
「いえ、ケジメですよ。俺の本心からお礼を言わないといけない」
「変な所で律儀じゃのう。お前の気持ちなど分かっておるわい」
「ヒロシさん、おめでとう」
「ソニアさん」
ソニアさんは涙ぐんでこちらを見ている。
「ありがとう、ソニアさん」
「ソニア、私たちの群れに早く入りなさい」
「おいいいいい! サティ、お前何言ってんの?」
「え? 何言ってんのはこっちのセリフよ。あなたこそ何言ってるのよ?」
「なに? 俺が間違ってんの?」
「そうよ、まぁ今の今ってのはダメよ? それは、その、もうちょっと二人で...ポショポショ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、クロ! クロ!」
お前だよ! 眉毛をハの字に垂らしてこっちを見てるお前だよ! 何でこういう時にお前の眉毛はいっつもそうなんだ。
「如何致しましたか、旦那様」
「む、落ち着いてるな。ちょっと聞きたいことが...いや、待て。場所を移そう」
俺は既に盛り上がっている人たちを掻き分け部屋の隅にクロを連れてきた。
「いや、クロード君よ、ちょっと獣人と言うかこの世界の常識を簡潔に説明してくれるかね?」
この世界の結婚概念。
獣人族は今まで知りえた内容では群れを作ると言う事が本能的に刷り込まれている。つまり重婚でもいいのだ。そこには序列やら何やらがあるがそれは今脇に置いておく。人族はどうか? 実は人族も同じで特に重婚に関する縛りはない。一夫多妻制をとっているとの事だ。これもセバスチャンが妻を3人娶っている事で知っている。
魔獣が闊歩するこの世界。
冒険者が前世のサラリーマンと同じような率で存在する中でその命は恐ろしく軽い。保険はない、医療もない、給料もない、何の保証もない、一旦街の外に出れば死が隣りあわせの現実。シンディの例にとってみても一度冒険が出来なくなったものに差し伸べる手など殆どない。
自然に男性の数は減少の道を辿り、女性も冒険者として自立しその地位を獲得していく。男女雇用機会均等法のようなことをこの世界では遥か昔に自然と確立し常識となっている。
しかし悲しいかな女性だけで子孫は残せない。少なくなる男性に子種をもらおうとすれば自然と強い男性との子供が欲しくなるわけだ。生存率が高いからな。いやらしい話ではない。現実問題だ。
ただ女性にも当然プライドがあるし考えもある。誰でも良い訳ではなく自身が認めた強者にのみその身を委ねたいだろう。馬鹿な男を選んで人生を棒に振るような事はしたくない。
だが人生は往々にして平等であるようでそうではない。新しく男性を獲得できない女性も多数存在する。例えば身体が不自由、経済的な理由、そして前夫と死別して子供がいる等だ。そう言う人たちが強い男性と結ばれたいと願う中で選べる最善策は? 確実なのは強いオスを獲得したメスの群れに入る事だ。前妻がいることでその群れが機能していることが分かるからだ。しかしそこには序列がある。全く気が合わない女性と生涯を共に歩めるか? ただのおまけとしか思われない女で良いのか?
それなら知っている人の群れに入ればどうだ? 知らないオスやメスよりよっぽど信頼が持てるのではないか? 早めに名乗りを正式に上げておかないと優良物件はすぐに売り切れてしまう。
ここが一番不思議というか文化の違いを感じるのだが、その部分に忌避感はないのだ。
つまり今の現状を整理するとだ。サティが認めた男性を友人のソニアも認め群れに入りたいと言うのであれば、
サティは群れが大きくなった上に信頼できる友達もいて満足。ソニアも入りたい群れに入れるし友達がいて満足。俺さえ良ければ誰も損をしない。めでたしめでたしと言う訳だ。
良いのかそれで!
答えは、
良いのだ。
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「じいさん、こういう流れになるって分かってたんだな?」
「何のことかは分からんが、皆が幸せになるなら良いのではないのか?」
「ソニアの気持ちはどうなんだよ?」
「そんなもの、今更じゃろう。おまえも知らん訳ではあるまい」
「うぐ、じゃぁ俺は平民だ。身分の差がある」
「それこそ今更じゃろう。ロングフォードでもう一番と言って良い商会の会長、お主は社長じゃな。加えて武の才能もあるときた。今のままでも全く問題ないわい。身分が気になると言うのならそれも問題ないじゃろう。ここまで成果を残している人間を国が放っておくはずはない」
「ぬぐぅ」
「なんじゃ?自信がないのか?」
いつからか横にはサティとソニアが居る。やめろソニア、そんな顔するな。
「ある! 自信はある! だが、その何と言うか俺の持っている常識と違うんだよ!今結婚した瞬間に、『じゃあ、あなたも一緒に頂きます』なんて真似は出来ねぇ!」
「それは分かっておるわい。サティも『良いけど今はダメ』と言っておったじゃろう」
「え?」
「言質はとったぞ」
「え?」
「今は駄目でも後では良いのじゃろう?」
「お、おう」
「サティも良いな?」
「もちろんよ」
「ソニアも良いな。これ泣くでない」
「はい、はい...ありがとうございます。」
「ヒロシ...何か言ってあげなさいよ」
「ああ」
俺はソニアさんと向き合う。
「ソニアさん、いやソニア。今は結婚したばかりでこんなこと言うのはちょっと変な気持ちなんだが、俺は商会をもっと大きくして、近い内にきっと迎えに行く。それまで...少しの間待っててくれるか?」
「はい。ソニアはお待ちしております」
ワアアアアアアアアア!!
いつしか周りに集まっていた友人たちが歓声を上げる。
じいさんは俺たち、そしてソニアをホールの中央へと連れて行く。そこにはいつのまにかステージが用意されてあった。
そこへ上るとじいさんが口を開いた。
「諸君! 今日はよく集まってくれた! 今夜サティとヒロシの結婚が無事終わった。そして我が孫娘ソニアも将来の嫁の候補としてヒロシへと迎えられた。これほどうれしい事はない!」
ワアアアアアアアアア!!
「今日は全てワシの奢りじゃ! 好きに食い、好きに飲み、好きに騒げ! ただし節操は守るようにな!」
ワアアアアアアアアア!!
「ドメートル!」
「はい、こちらに」
「今日はお祝いの席じゃ、全部出して構わん」
「畏まりました」
「じいさん、良いのかよ? 結構な人数がいるけど?」
「なに構わん、祝いの席じゃ。それにワシの店じゃから好きにしても良いじゃろう?」
おい、ここってじいさんの店だったのかよ!!
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