76 相原家伝月影流薙刀術
ここで一旦区切りです。
お付き合い頂きありがとうございます。
『八岐大蛇』
それは突き、薙ぎ、払いを瞬きする程の間に叩き込む一瞬八連撃。
相原家伝月影流薙刀術奥義の一つ。
相原家は古来より時の将軍家に仕え敵対する勢力と対峙し存続を影から支えた隠密集団である。大政奉還を境に解散し表向きは薙刀道場を開き地域貢献を謳っているが、その元を辿ると国家中枢部に辿り着くと言う。
比呂士はその次男として生まれその素養と実力は周りも認めるほどであったが、最終的に家督を長男が継いだ事により外界へとその生活基盤を移す。その秘技の一切を封じ、本家との繋がりを消す事が条件であった。
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そして今、世界を変えてその技が相手を襲う。
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速い! それは野生の本能か。アッガスは今その瞬間振り下ろそうとした手を無理矢理右方へ逸らす。ガキン! ほぼ同時に聞こえてくる空気を切り裂くような音。ガキン! ガキン! ガキン! ガキン!
「ウオオオオオオ!」
ガキン!
『速すぎる!クソがぁ、左手が間に合わねぇ!』
ズシャアアア!
体の左下から脇腹辺りを刃が通過する。
『グアアアア!なん...だと...刃筋がもう左肩まで返ってきてやがる!チク...ショウがぁぁぁ!!」
ズシャアアア!
「ガハァ!」
突進して来たアッガスは、
そのまま、
ゆっくりと、
崩れ落ちた。
「強かったぜ、アッガス。紙一重だった」
ここに勝負の幕は閉じたのだった。
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俺は、大刀を立てて倒れているアッガスを見つめる。危なかった、本当に紙一重だった。俺も大刀に半分身体を預けないと正直辛い。
「ヒロシ!」
横からサティが飛びついてきた。
「ヒロシの勝ちよ!流石ヒロシね!!」
しっぽがバスンバスンと叩きつけられている。
「あ、ああ」
「どうしたのよ?勝ったのよ?」
「勝つには勝ったが、紙一重さ。油断してたらそこに寝転がってたのは俺の方さ」
「そういうのは後で良いでしょう?勝ちは勝ちよ!」
俺は、アッガスの元に駆け寄って起こそうとする虎獣人の女性を見て言った。
「あぁ、そうだな。その通りだ。ありがとうサティ。あと、ちょっと心配というか...タリスマンって効いてるよね? アッガスは間違いなく強かった。だが、スマン。決着をつけるにはこうするしかなかったんだけど...」
「ちょっと、アンタ!アッガス!しっかりしなさいよ!」
エレナはアッガスの頬っぺたをビシバシ叩いている。
「フフン、言ったでしょエレナ。ヒロシは強いんだって」
「ええ、ホントに驚いたわ。アッガスがこんなになるなんてね。初めてよ。アンタ早く起きなさいよ!」
そう言いながらもエレナの手はアッガスをビシバシ叩いている。
「いや、エレナさん? もしかしてアッガスにトドメをさしてないですよね?」
「う...ううん」
アッガスが起き上がってきた。
「アッガス、良かった! 自分で言うのも変だけど、無事だったんだな!」
「あぁ、ヒロシ。恐れ入ったぜ。ここまでやって負けたのは初めてだ。参ったよ。タリスマンが無ければ死んでもおかしくなかったな」
「ああ、ああ! 良かった、本当に良かった! 俺はタリスマンが無くて死んだかと思ってたよ」
「ヒロシ、最後のは何だ?全く見えなかったぞ」
「嘘つけ!6発目まで確実に弾き落としてただろ。初見で6発なんて有り得ねぇよ。撃ち尽くすとこだった」
「撃ち尽くすってことは限りがあるんだな?それにしても凄まじい技だった。是非また手合わせ願いたい」
「いや、悪いけど絶対しないから。オレ死ぬかと思ったんだぞ。最初から獣人化されてたら間違いなく速攻でやられてた自信がある」
「それは俺も同じことよ。最初に飛びかかった時点であの技、聞こえてたぞ。『八岐大蛇』を出されてたら俺も速攻でやられていた。条件は一緒だ。なっ、だからまたやろう」
「ぜーーーーーーったいに嫌だ! 俺は商人だ! 一緒に何かするのは良いけどもうお前とはやんない! 痛い、疲れる、死ぬかと思う。絶対いやだ」
「残念だな。じゃぁ、たまには何か一緒に依頼でも受けよう。まぁしかしあれだ、サティが惚れるのも無理はない。サティは妹みたいなもんでな。それだけに、エレナから商人が相手って聞いた時には驚いてな。どんなヤロウかと思ってたがヒロシなら安心だ。よろしく頼むぞ!」
「バ、バカね!何言ってんのよ!」
「エレナもそう思うだろう?」
「そうね、このサティがねぇと思ってたけど納得だわ。アンタが獣人化した時飛び出していくんじゃないかってほど慌ててたのよ。びっくりしたわよ、サティあんな声出せるのね?」
「もう、エレナまで!そ、それに別に声なんか出してないし!」
「フフフ、サティ、次の報告を楽しみにしているわよ?」
「バカ、知らない!」
と言うような不穏な会話になってきたので俺はそろーっクロの方へと向かった。
「おう、ヒロシさんよ。びっくりしたぜ。アッガスのおっさんを負かしちまうとはな」
「ガイアスか、まぁ正直紙一重だよ。たまたまだよ、たまたま」
「ふーん、ま、最後の方はここに居る誰も良く見えてないんだよ。説明してくれよ」
「まぁ、そのうちね。ちょっと疲れたわ...クロ、ポーションちょうだい、ポーション」
「ヒロシ様、お疲れさまでした。私は信じておりました。では、はい、ちょっと上着脱いでください。うわっ、かなり傷深いですよ。流石はアッガスさんと言うか、、、ではかけますよ。あ、ちょっと! 動いちゃダメですよ」
「いや、あいつ無茶苦茶強ぇんだよ。死ぬかと思っ...まて、結構しみるぞ。痛い。痛いぞ。痛いから、クロ痛いんだって」
「しょうがないわね、今回だけ特別に治してあげる。お姉さまも喜んでるし」
ルナが治癒魔法を掛けてくれた。ありがたい。親衛隊と言う立場なのに申し訳ない。俺が勝手に思い込んでるだけだが。
「ありがとう、ルナ。助かるよ」
「ふん、あなたお姉さまを裏切ったら獣人女性全員に狙われるからそのつもりでいなさい」
「...ぜ、善処します。でも皆知ってるのかい?」
「知らないと思うけど、時間の問題ね」
「そうか。俺もしっかりしないとな」
「?」
しかし、強い奴ってのはいるもんだな。冒険の日々ってのに憧れがない訳じゃないけど、やはり毎日命を削る思いをしている奴は強い。仮に1年後に再戦したとして今回のように上手くいくとは限らないだろう。俺も普段から体を鍛えるのはしておいた方が良いだろうな。それでたまには森に入って勘を養おう。クロとサティ、うーん、シンディと暁の連中も連れて行くか。あと、ジャングルポッケや天空の剣を誘うのもいいな。
ま、でも俺は商人だからほどほどに、だけどな。
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俺はアルガスの盾のギルド長ケビンだ。
最後の2人の攻防だが、俺には全く見えなかった。全くだ。ヒロシには悪いが、まさかアッガスが獣人化する程とは思いもしなかった。
アッガスが獣人化するところを見たのは、いつだったかもう覚えてないくらい前だ。それをする必要がないくらいにアッガスは強い。断言しても良いだろう、間違いなくアルガスの盾では最強の男だ。
サティやエレナも間違いなく強い。だが一騎打ちで決着をつけるような事はしない。彼女たちは頭脳派でもある。アッガス相手に負けはしないが勝ちもしない。そう言う戦い方で決着がつく前に落としどころを見つけるだろう。
アッガスが率いるパーティー『ジャングルポッケ』はリンクルアデルでも有名だ。彼らの母国ドルスカーナではのデストロイの称号を受勲しているほどのパーティーだ。ジャングルポッケは有事の際にロイヤルジャックの一員としてドルスカーナを守護する責務がある。
その男を一騎打ちで倒すなど思いもしなかった。手合わせのレベルをもう超えている。正直タリスマンが無ければどちらかを失う事になるところだった。そうなれば国の損失だ。俺には責任の取りようがない。
ヒロシの強さは上限未定と言って良いだろう。今更だが、狂犬の連中を有象無象と言い放った理由がよく分かる。いつもコイツの飄々とした雰囲気に流されてしまうが、コイツは間違いなく最強の武の一角だ。
悪いなヒロシ。ここまでするとは思っていなかった。内容が内容だけに俺には然るべき所へ報告する義務があるのだ。
俺は闘技場の真ん中で皆と話しているヒロシを見つめて考えていた。
区切りと言いましたが、作者のストックも区切りとなってしまいました。
次のプロットを確認しつつまた近々復活しますので、引き続きよろしくお願いします。
評価とかブクマを頂ければ幸いです。
改めてここまでお付き合い頂きありがとうございました。