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75 模擬戦(5)

よろしくお願いします。

 合図と共に飛び出したのはアッガス。


 地面が抉れるほどの鋭い踏み込みで一瞬でその間合いを殺す。闇雲に振り回しているように見える手足の動きは、全く無駄を感じさせることがないほど洗練されていて、獣人頂点の一角を謳うには十分すぎるほどに速く、そして重い。


 意識していたとはいえあまりの鋭い踏み込みに不意を突かれた格好となったヒロシであるが、冷静に大刀を操り、時に止め、流し、払い、捌いていく。アッガスもまた隙を見て繰り出される石突きからの突き、そして大刀での横薙ぎを、打ち下ろしを巧みに避ける。


 完成されている『武』の応酬というものは時には演技と見間違うほど美しい。最短、最速で相手の弱点となる箇所を見つけ、叩き、守り、返し、攻める。そこに素人が付け入れる隙など『微塵も無い』のだ。


 終わりのないように見える両者の攻防。どちらが攻めているのか、守っているのかあるいは両方か? 突然決着がついても何ら不思議ではない激しい応酬。


 真の強者にとって相対できない者の技など児戯に等しい。幾多もの生死を分けるような実戦、血を吐く程の修練。月並みな言い方だが弛まぬ努力と経験、実績を得た者だけが到達できる境地と言って良い。アッガスは間違いなくその境地に到達している武人であった。


 やはりと言うべきか、その眼を見張る打撃戦も突然終わりがやってくる。ガキィィィン!という金属音と共に両者の動きがいったん止まる。


 アッガスの右手に握られたメイス。それがヒロシの頭上へと振り下ろされていた。大刀を横にしてそのメイスを受けるヒロシ。流すことが出来ない程の威力だったのか。サティとエレナを除くこの中の誰もが、いつアッガスがその右手にメイスを持ったのかすら分かっていない。結論として言えるのは避けるのは不可能。受けるしかなかったと言う事だ。片手でこの威力。そのあまりの膂力にヒロシは両手を使わざるを得なかったのだ。


 アッガスは素早く左手で背中のメイスを引き抜くとガラ空きの右わき腹へそのメイスを振り下ろす。ドガン!という音にヒロシは横に吹っ飛ばされるが、素早く受け身を取り立ち上がる。


「グハッ、クッソ、今のは効いたわ...」


「自分で飛んで威力を殺したか。だがダメージが無いわけではあるまい!」


 すぐさま突っ込んでいくかと思われたアッガスが、数歩手前で止まる。


「危ないな、左足を持って行かれるところだったか?」


「流石は歴戦の強者だ。惜しかったぜ」


 アッガスは踏み込めなかったようだ。それはヒロシの取った構えに起因するのか? 両手はまっすぐ下ろされ石突で相手を狙うように水平に構える。


「今度はこっちの番だ」


 いつか見せた単純に横に薙ぐ動きでは断じてない。あらゆる体の面全てに流れるように、時には突き放つように放たれる大刀。なぜこのような動きができるのか?手の動きだけでは到底不可能に思える。それは足捌きがなせる技なのかそれとも体重移動がなせる技なのか。大刀を意のままに操る洗練されたその動きはまるで何かの心得があるに見える。


「貴様、この動きのどこが商人だ!」


「正真正銘の商人さ」


 大刀の動きが速く、アッガスは近寄れない。まるでヒロシの周りに無数の刃が舞っているようにすら思える。脛から面、面から胴、かと思えば石突きでの打突。闇雲に振り回しているのではない。それはまるで生き物のように、例えるなら蛇のようにあらゆる所からその牙を突き立ててくるようだ。

打撃を一つ防げば二つ返ってくる。一撃の切り返しが恐ろしいほど速い。


 防戦一方に見えるアッガス、振り上げた左手を大刀は見逃さない。石突きで左手のメイスを弾き飛ばし。返す大刀で左肩をめがけ大刀を一気に振り下ろす。


「終わりだ!」


 その瞬間であった。


 グワオオオオオオオオオォォォォ!!


 虎の咆哮!それは大気が震えているような錯覚すら覚える。切られたのか? 否、切られてはいない。それは勝利への渇望か、敗北を許さぬプライドか。明らかに決まったと思われる左肩からへの袈裟切りは右手のメイスによって大きく弾かれる。弾かれるだけではない、その威力は大刀をヒロシの体の向こうにまで押し戻す。


 アッガスの体は1回り大きくなっていた。虎のマスクを被ったような顔は明らかに獰猛な虎にしか見えない。筋肉は大きく肥大化し、全身に体毛が広がり鮮やかな黄色と黒に塗り替えられていく。


「...ここで獣人化かよ」


 大きく肥大化して動きが散漫になるか?いやそんな事は三流のやる事だろう。一流が出す奥の手とは必殺の手段。即ち、一度発現させれば相手には『死』あるのみ。


 メイスなど必要がない。その鋼の様な両腕両足そして体躯をもっていれば、是全身凶器と化す。この手で破壊出来ぬものは無し。この体に傷を付けれる者も無し。その相手の攻撃を一切無視し全てを喰らう彼の二つ名は『暴虐の王(タイラント)』。立ち塞がる全てを力で捻じ伏せる大虎。それは正しく暴虐の王と呼べるだろう。


 まさに息もつかせぬ究極の連打。ヒロシの回避行動が追いつかない。致命傷を避けることはできているが、その手で殴られるたび、その足で蹴られる度に体は大きく左右に弾む。そして大気をも切り裂きそうな凶暴な爪はヒロシに明確なダメージをその体に刻んでいく。


 ガキン!...振るう大刀をその腕だけで止めれる者がいるのか?


「体に刃が通らねぇだと...クッソこのバケモンが...強えぇ...こんんんの、虎ヤロウがぁ!死んでも文句言うんじゃねぇぞ!!!」


 それは野生の本能か? それとも強者の直観か。ヒロシの体の後ろから沸き上がる強烈な闘気。それを感じたアッガスは半歩後ろに下がる...と同時に大刀が鼻先をかすめた。


『見えない...だと?』


 更に驚くべきは頬を伝わる感触。


『これは...血か?』


 まさか獣人化状態の体に傷を付けれる者がいるとは。次々と繰り出される斬撃を受けるアッガス。しかし、大刀はその体に確実に傷を、ダメージを与えていく。


 強者は強者を渇望する。出会う事でさらに強くなり、やがて互いに歯止めが効かなくなる。彼らは止まることはできない、たとえその先に明確な死が待ち受けようとも。互いが互いを傷つけ合い、もう何度倒れただろうか。


「フハハ、俺がここまで傷を負わされるとは、お前は何者だ!」


「ハッ、ただの商人だって言ってんだろう!」


「ただの商人が俺の体に安々と傷をつけられては敵わんわ!」


 二つの塊は激しくぶつかり合い弾けるように飛ばされる。


「ヒロシよ、そろそろ決着(ケリ)を付けさせてもらうぞ。悪いが生死は保証できない!」


「望む所だアッガス。恨みっこなしだぜ」


 ヒロシの体から放出されていた闘気が一気に体内へと引き込まれていく。対するアッガスは明らかに先ほどより闘気を放出し輝いているように見える。


「行くぞ!ヒロシ!」


 アッガスはすさまじいスピードで接近する。その闘気の凄まじさ、その威力は恐らく捉えたものを粉々に砕いてしまうだろう。


「我が爪に引き裂けぬもの無し!喰らえええ!!」


 ヒロシはその手に持つ得物を頭上で大きく回転させ、左足前方へ振り下ろし刃筋を上向きにして相手を見据える。


「その身に受けてみよ...」


「相原家伝月影流薙刀術...八岐大蛇(ヤマタノオロチ)




お読み頂きありがとうございます。

ヒロシが何故元から強かったのか。

ようやく触れる事ができました。

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