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お楽しみ頂けたら幸いです。
とか言ってると、店員がスパゲティを持ってきた。おっ、この子はクマの獣人か。この店は獣人主体の店のようだな。他の子も獣人だし。しかし大丈夫かこの子、大きな皿を4つも載せてよたよたしているが、と思ったら俺の膝の上に全部ひっくり返した。
「アッツー!アッツー!」
「「キャーッ、大丈夫?」」
「ヒロシ様!」
クロは直ぐにスパゲティを俺と一緒に膝の上からどけてくれた。
「す、すみません、すみません、すみません」
「いや、良いんだ良いんだ、ちょっとしか気にするな」
「何をやっとるんだ!」
奥からシェフらしき人が出てきた。この人もクマの獣人だ。恐らくシェフで店のオーナーでもあるんだろうな。
「あぁ!このバカモンが!あれほど重い皿は一度に運ぶなと言っただろう!」
「すみません、本当にすみません」
「お兄さんも悪かった、そちらのお連れの方も申し訳ない。すぐに作り直すからしばらく時間を頂...ソニア様?」
「えぇ、ソニアよ」
「な、なんという事を。すみません、この子にはきちんと言い聞かせますので何とかお慈悲を!」
店長は五体投地でもするんじゃないかってくらい速攻で土下座の態勢に入った。おいおい、どうした?あっ、男爵令嬢に粗相をしたからか。
「おい、お前もすぐに謝れ!こちらの方は男爵家ご令嬢のソニア様だ」
「あああああ、本当に申し訳ありません」
森のクマ店長さんは必死だ。そしてクマの店員さんは既に顔面蒼白だ。最悪無礼討ちコースまっしぐらだからな、おっそろしい世界だ。でも、ソニアさんがその判断をその場で直ぐにすることはないと思うけどね。
「あなた、謝罪の相手を間違えておりませんですこと?」
おっと、スイッチオンだ。ソニアさんの口調が令嬢風に変化したぞ。
「ああぁ、はい、もちろんです。すみません、何卒お慈悲を、お慈悲を!」
「いや、大丈夫ですよ。気にしないで下さい。でも作り直して下さいね?」
「もちろんです、本当に申し訳ありません」
ヘルプの店員も来て速攻でまき散らしたスパゲティは回収された。でも、俺のズボンは少し悲しい事になったままだが...
「お待たせ致しました、ソニア様、ご一行様。また、勝手ではございますがお部屋をご用意させて頂きましたので、あちらの方へ移動して頂いてもよろしいですか?」
「えぇ、そうね。構わないわ。それじゃぁお願いできるかしら?」
こういう時のソニアさんはお嬢様お嬢様しているぞ。今はちょっとお叱りモードだけど、いつもはスイッチが入っても優しいお嬢様だ。
「それでは、こちらへどうぞ」
「ありがとう、あと一つ良いかしら?」
「はい、何なりとお申し付けください」
「私たちはもう謝罪は受け取ったわ。だからさっきの子についてもそれ以上は必要ないわ。
私の言いたい事は分かるでしょう?」
「はい、あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
「良くってよ、これでこの話はお終いにしましょう。あ、ごめんなさい、あと一つ。この紙をもって誰かをNamelessに行かせてもらえるかしら。そう、ホテル『銀龍の鱗』の隣よ。この人の履くものを取ってきて欲しいのよ」
「分かりました、直ぐに誰かを走らせますのでご安心下さい」
クマさんは何度も頭を下げて出ていった。男爵家は『宿屋』を直ぐに『ホテル』という単語に変えて使い始めている。高級宿屋=ホテルの図式を確立させるらしい。じいさんも大したもんだ。
ソニアさんが謝罪の話を店長にわざわざ確認させたのは訳があった。
「あのクマの店員さんね、奴隷よ。恐らくほかの子の多くもそうなんじゃないのかしら?あのクマの店長さんは奴隷を主な労働源として使っているようね。でもその扱いはかなりよく見えるわ。その場であの子を酷く罵倒したり殴りつけたりしなかったし。大事に扱っている、と言うか奴隷の子を半分保護するように雇っている感じかしら」
「へぇ、そうなんだ。奴隷とどうやって見分けたんだ?」
「それはね、単純に首輪よ」
あ、あれか。チョーカーにしてはお洒落っぽくないなと思ってたんだよ。
「奴隷に落とされた理由にもよるけど、ある程度のお金で奴隷は自身を買い戻せるの。クマさん店長はそのお手伝いをしてあげてるんじゃないかしら?あの店員は大丈夫だと思うけど、店長が店員に危害を加える可能性がないとは言えないから」
ふんふん、と聞きながら俺たちはスパゲティを食べている。これカルボナーラみたいですっごい美味しい。ベーコンが絶品だ。それにソースとスパゲティの絡みも良い。
「ソニア様はお優しいですね。我々獣人からしても嬉しい限りです」
アルガスの街は3つの男爵、一つの侯爵によって統治され獣人擁護派であるが、このロングフォードは特に獣人に対して広く受け止めているらしい。だが、全く差別がないのかと言えば答えは否となるのだが。それは人間同士でもあるがな。
「でも、獣人の奴隷の数はなかなか減らないわ。バルボアの悪政のせいでね」
ソニアさんは少し悲しげにそうつぶやいた。
「ねぇ、サティ、奴隷が居るってことは奴隷商もあるのかい?」
「えぇ、あるわよ。街のはずれに。でもその奥はスラム街になってて安全とは言えない地域よ」
「ふーん、そうかスラム街もあるのか」
「ヒロシ様?」
「いや、まだ俺も知らないことが多いなぁと。奴隷商は次回にするとして少しスラム街に行ってみようかな」
「どうしてまた急に?」
「まぁ、色々と考える事もある中で、選択肢の一つになればと思ってね。女性の行く場所じゃないかも知れないから今回は俺とクロで行ってくるよ。サティはすまないがソニアさんを店まで送って行ってくれないか?」
「お安い御用よ」
「じゃ、そんな感じで」
というような話をしていると店長が俺の服を持ってきた。さっきのくまの店員さんはデザートを持ってきてくれた。サービスだったぞ。ソニアさんは令嬢ってことがバレてから心なしか背筋がピンっと伸びてる感じだ。
「失礼、あなたはこの店のオーナーなのかしら?」
「はい、ソニア様。この店のオーナーでシェフもやっております」
「そう、それでこの店の子の多くは獣人なのかしら?」
「はい、お気づきかと思いますが当店は奴隷の子が多いです。皆、お金が必要な子ばかりなんです。確かに私にとっても安く雇えるってことはありますが、でも、きちんと管理して正当な報酬で雇っております。本当です」
「そう、本当に?」
「誓って本当です」
「そうなのね、だとしたら感心だわ。また寄らせてもらうからよろしくね」
「はい、ありがとうございます。是非よろしくお願い致します」
そうして、俺達は店を後にした。
「サティさん、早くお店に戻りましょ! これから2人で女子会よ!」
無事にソニアさんのスイッチもオフになり、引っ張られていくサティと引っ張るソニアさんを見て何だかほんわかした俺だった。
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