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楽しんで頂ければ幸いです。
話は約1年前に遡る。
あの日、じいさんとケビンで狂犬に対する今後の対応を決めた時だ。
「それでヒロシはどうする気なんじゃ?狂犬はそこそこレベルも高く狡猾だ。どんな搦め手を使ってくるか分からんぞ」
「そこは賛成だ。サティをソニアちゃんの護衛には着けるがな」
ケビンがじいさんの言葉に同意する。狂犬の厄介さはその強さではなく狡猾さだ。
「それは助かるよ。狡猾なのかバカなのかまだちょっと判断に迷うところもあるが、おそらくソニアさんとクロには直接手は出してこないように思う」
「理由を聞いても?」
「もちろんです。まず狂犬ですが、まず間違いなく盗賊の類でしょう。彼らは10年間程、冒険者の活動を行っていない。にも関わらず一端の服装をしていた。まともに働いている様には見えない」
「同感じゃのう」
「じゃぁ、収入源は?恐らくは下っ端を使って悪どい事で金を得ているんでしょう。だが、ウエストアデルでは、既に悪名が広がりつつある。ケビンさんが情報を得られたように隣の領地まで響いてくるほどにね。そこで奴らは考えた。ほとぼりが冷めるまで知られていない土地に潜伏しよう。彼らはある程度の情報は漏れて来ているのを承知でアルガスに来たんでしょう」
「それがアイツらがアルガスに来た理由か」
「ギルドへ来たことも予想はつきますが調べたい事があったのかと思います。依頼を受ける訳にはいきませんから。それとは別に何かこの街で金が手に入る算段をつけているはずです。その最中に男爵家と正面から事を構えるような事はしませんよ。恐らく奴らが動き出すのは金の算段が着いてから。半年後位からじゃ無いですかね?」
「ふむぅ」
「あと、アイツがバカじゃないの? と思ったのはあの場所で名乗ったことですよ。普通であれば黙っておくところだ。面倒事も避けるべきでしょうね。それをわざわざ絡んできて名前と顔を晒すなんてバカじゃないのかと」
「なるほど、確かにな」
「でも、その間放っておくと言うのも嫌な感じじゃのう」
「もちろん、何かあれば捕まえたら良いと思います。そうするべきですね。しかし、ジャギルまで辿れるかどうかはわかりません。そういう知恵はこの10年で学んでいるでしょうからね」
「じゃぁ、どうするんだよ?」
「僕はもう一つ気になっている事があるんです。気になっていると言うかこれはもう確信と言っていい」
「なんじゃ?」
「クロの家族を襲った盗賊、あれ奴らですよ」
「なんじゃと!ヒロシ、それは本当なのか?」
「順を追って説明しましょうか。まず、一つ目。クロの家族が被害にあった頃から狂犬は活動をしていない。冒険者カードに重大犯罪を起こしたら魂歴に出ますからね。彼らがギルドに来て依頼を頼まず帰るのも魂歴を確認させないためでしょう」
「ふむ」
「二つ目。その頃から狂犬の活動内容、狂犬の構成員だが50人以上いると言われているにも関わらず収入方法がはっきりしていない。三つ目。何がしかの理由で狂犬は本拠地を移す必要があった。四つ目。これが本命です。ギルドで揉めた時に普段冷静なクロが初めて会う冒険者に噛みついた。あり得ますか?クロはどうして冷静さを失ったのか。当時のクロは盗賊の顔も分からず、名前も分からず、声も聞けず、ただ絶望した。声を失う程にね」
「あぁ、そうじゃ。セバスが連れてきた頃にはある程度話せるようにはなっておったがな。口がきけんかった事は聞いておった」
「でもそれと狂犬のつなが...」
「じゃぁ、匂いなら?」
「!!」
「僕の前に居た世界で狼の鼻は人間の100万倍利くと言われておりました。憎き仇の名前も声も顔も分からない。でもその時嗅いだ匂いの記憶は彼の心に刻まれたんじゃないでしょうか?」
俺は続ける。
「突然心に刻まれた仇の匂いが充満した。彼自身なぜ冷静を欠いたのか分からない。ただそれに敵意をぶつけるしかなかった...としたら?」
「なるほど...それしかないわい!どうすればいいのじゃ!どうすればあの外道を裁けるのじゃ!」
「策はあります」
「聞かせてもらっても?」
「ケビンさんは引き続き警備と連携して狂犬に大きな事件を起こさせないように牽制し続ける。狂犬はシノギを見つけるでしょうが、よりまとまった金は常に欲しいはず。ジャギルは警戒されているので思うように金が手に入らない事に多少でもいら立っているはずです。そこでギルドに来た理由と繋がる訳ですが彼奴等はずっと盗賊する機会を伺っているんですよ」
「なんと......」
「ギルドに来たのは依頼を受けに来たからじゃない。護衛の依頼が出てないか調べてにきたんですよ。ちょろそうな冒険者が依頼を受けたらソイツの弱みかそれとも力づくかわかりませんが指定の場所まで連れて来させる、そんなところでしょうか。恐らく高位のランカーには手を出さないでしょう。もし揉めたら逆に抑え込めるか分からない。ですので、しばらく護衛は高位ランカー指定にした方が良いかも知れませんね」
「それではどうやっておびき出すのだ?」
「先ずは指名依頼。護衛依頼は全て指名依頼にするんです。ここからは賭けですが、半年後からは男爵家が依頼を出します。指名依頼ではなくです。運び先はウエストアデルです。指名依頼で使ったメンバーが立候補した際には上手く断って下さい。怪しまれないように。そして中級程度のランカーが来た際にそれを受けるんです。狂犬が操りやすいレベルで護衛ができるランカー。その後その冒険者の素行調査をセバスさんの隠密部隊にやってもらい、もし狂犬との繋がりが見えたなら...」
「確定という訳か」
「絶対に乗ってきますよ。勝手知ったる領地境の稼ぎ場所ですからね」
「よし、その時には警備とギルドで、まとめ...」
「いえ、すみません。それなんですが...その時には僕にやらせてくれませんか。」
「ヒロシが?」
「僕は今日クロの話を聞いてすごく悲しかった。その絶望を考えると身が引き裂かれる思いでした。何とか仇を討たせてやりたい」
「はは、坊主、本気なのか?相手は50人からいるんだぞ?数ってのはそれだけで暴力だ」
「ケビンさん、じいさんいや男爵閣下。我儘を言ってることは分かってます。でも、どうか俺にやらせてください。本当は今すぐにでも見つけ出してぶち殺してやりたい。だが、それではダメだ。証拠を見つけて、クロにケジメをつけさせてやらないと」
「だが...」
「大丈夫ですよ。あれ程度なら何人いても大した違いはない」
ケビンとゾイドはその時ヒロシから漏れでた殺気に潰されそうになった。
「お前...なんつうモンを持ってやがる...よし...わかった。だが、もしその時が来たら俺らも1時間後ろをついて行くからな。これが譲歩できるラインだ」
「ヒロシよ、危険じゃぞ。お主に万一の事があったらアリサやシェリー、ロイも悲しむ。ワシは近しい人間が先逝くのはもう見たくないんじゃ」
「じいさん、心配してくれてありがとう。俺はじいさんに拾われて本当に良かった。命の恩人だけでなく、久しく忘れていた人の優しさに触れた気がするよ」
「ヒロシ...」
そして俺達は今できることをした。クロードを鍛え、サティを鍛えその時を待った。誰にも作戦を明かす事なく、たまに仕事の打ち合わせということで集まる以外は3人で会う回数は極力減らした。
それ以外では作戦行動中はセバスさんが素晴らしい働きを見せてくれた。クロードの敵討ちということでかなり気合いが入っていたようだ。その時が来たら必ず同行させて貰うと言って一歩も譲らなかったほどに。
そして...ついに今日、俺は狂犬と対峙した。
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