異世界で社長になる
よろしくお願いします。
- Nameless本社の工房 -
「今度は何してるのよ?」
「ん? おおサティか。これはあれだ、そう、長年放置していた魔力ポーションの開発だ。新製品だぜ新製品」
「ふーん」
「これが完成したら売れるぜ。アネスガルドは魔法が盛んだからな。ファティマやメラバナスは絶対に国が発注するだろうと言っていたぞ。想像しただけで興奮するぜ。ウヒヒヒ」
「もうまた変な笑い方して。大丈夫なの? 部屋とか吹っ飛ばしたら怒るわよ?」
「し、失礼な。そんなことはしないぞ?」
「どうかしら?」
「うーむ、反論できない所がちょっと悲しい。で、どうしたの?」
「ソニアがランチに行きましょうって。シェリーやロイも待ってるわよ?」
「おお、そうか。それは行かねばなるまいよ。直ぐに行こう」
「分かったわ。向こうで待ってるわね」
「おっけー。おーいクロ。メシに行くぞ、シンディも呼んでくれ」
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メシを食い終わった後、俺は皆とデザートを食べているところだ。ドルスカーナで生産している砂糖は大陸に革命を起こしたと言っても過言ではないだろう。シュバルツ王は少々苦笑いであるがそれは気にしないでおく。
このケーキも美味い。流石に白砂糖は高級品であるが黒砂糖に至っては庶民でも比較的安価で購入できるようになっている。ちなみにこれは白砂糖を使っているケーキだ。これ位の贅沢は許して欲しい。
そしてケーキを食べている俺の膝の上に座る二人。双子のライカとジークだ。そうだ。サティと俺の子供だ。予想通りと言うか何というか狐族の血を多く受け継いだ子供にはしっぽと狐耳がついている。
可愛いぞ。それはそれは可愛い。今も俺の膝の上でムームー言いながらゴソゴソと動いている。お陰でおれの服やら膝の上はクリームやら飲み物やらで大変な事になっているがな。だがそんな事は気にしないぜ。
「とは言え、流石にこれではケーキが食えない。済まないが少し代わってもらっても良いだろうか?」
「お父さまったらまたそんなに服を汚して。仕方ないわね。ジークは私が見るわ」
「ホントその辺は駄目だよね父上は。わかったよ、ライカは僕が」
この二人。そうシェリーとロイだ。二人も大きくなった。とは言えまだまだ幼い二人だが立派な伯爵家の御曹司とお嬢様って感じがするぞ。親バカと笑うがいい。親バカの何が悪い。そう、俺は親バカなのだ。
時の流れや子供の成長などは前の世界の常識と比べてはダメだという事を今更ながらに思い知った訳だ。何処かの世界では3歳児が無双するらしいからな。
シェリーは元々賢い子であったが普段の生活に加えレイナに経営の何たるかを叩き込まれている様子。と言っても仲良くしているから心配はしていない。アンジェからも色々と教えてもらっているようだ。正直Namelessも安泰と思っている。
ロイは学業はもちろん頑張っているが、もっぱらリンクルアデル騎士団に入るべく修行中だ。元々の素養が高いので心配はしていない。その上真偽の魔眼持ちだからな。実力はこれからも伸びていくだろう。今はまだ幼いが成長して力がついてくると手が付けられなくなるんじゃないかと心配するほどだ。
しかし俺は魔眼を使う事を禁じている。まずは自力を上げる事だ。魔眼に慣れるとそれに頼るようになるからな。セイラムと仲が良く稽古をつけてもらっているようだ。魔眼に関してはボニータからもアドバイスをもらったりしていたな。
アッガスも教えてやりたいようだが如何せん戦闘のスタイルが違いすぎるからな。しかしドルスカーナの、それもロイヤルジャックの獣人がリンクルアデルの騎士団に口出しして良いのかと言ったら『ガハハハ問題ない!』って言ってたけど俺は問題あると思ってるぞ。
そして前に座るソニア。お腹が大きく膨らんでいる。オメデタだ。もう来月には出産だろう。サティの時もそうだったが俺は心配で心配で仕方がないのだ。妻バカと笑うがいい。そう、俺は妻バカだ。妻バカの何が悪い。
「ソニア、甘いものは大丈夫なのか?」
「ええ、美味しいわ。うふふ、お腹の子供も喜んでいるみたい。よく動いてるわ」
「そうか。なに!? 動いてるのか、ちょちょちょっと俺にも触らせてくれ」
「今はダメでしょ。帰ってからゆっくりと撫でてあげてね?」
「そうだな、今はダメだよな。わかってる、分かってるぞ」
「ヒロシ様はホント見てて飽きませんよ」
「ん? クロちゃんよ、何か言ったかな? 言ったよね?」
「いえ? 何も言ってませんケド?」
ソニアは俺だけでなく、皆から過保護すぎるほど大事にされている。『心配しなくても大丈夫よ?』とは言ってるのくれるのだがな。特にシンディが付きっきりだ。自分の生活もあるんだし、他にも護衛やらメイドやらは山ほどいるんだから程々になとは言ってるんだけどね。
程々で良い、と言ったのにはもう一つ理由がある。
「まあいいか。それでお前はどうなんだよ。新生活は」
「え? ええ、それはお陰様でバッチリっす」
「シンディも問題ないのか?」
「わ、私も全く問題ないです」
「そうか、それなら良いが。何かあったら言ってくれよ?」
「は、はい。ありがとうございます」
クロはシンディと結婚した。シンディがクロをひん剥いたのかどうかは知らないが結婚した。それは俺としても本当に嬉しい事だった。幸せそうな二人を見て俺は泣いてしまったぞ。
サイレンスとか言って危険なこともさせてしまった訳であるが、そう言う事はなるべくさせないようにしようと思ったら二人から全面拒否された。その役は誰にも譲らないと押し切られてしまった。
だけど申し訳ないと思う反面、俺は嬉しかったよ。ここ最近マスカレードとして戦う機会はほとんどないが、二人が俺の、いやヒロシ家の執事と護衛として居てくれる事は本当に心強い。今シンディはNamelessに席はあるがソニア専属の護衛って感じだな。クロは基本同じで執事として働いているけどな。
結婚した事でシンディは家を出た。と言っても俺達と暮らしているようなもんだ。シャロンはNamelessの看板娘になるべく相変わらず本社でお手伝いをしてくれている。基本兄妹三人、カールとアンジーと暮らしているぞ。
カールとアンジーはNamelessで管理職なもんだからそれなりの給料をもらっている。正直シャロンが店のお手伝いをする必要など全くないのだがな。前から言っているがシャロンは伯爵家や王子殿下とも繋がりがある平民では最強の人脈を持っている末恐ろしい娘だ。この間庭で一緒に遊んでいる所を見て口から紅茶を噴出したわ。
「それよりヒロシ様、次回のドルツブルグ訪問はいつにされるのですか?」
「今となっては遠い場所でもないし何時でも良いのだけどね。でもいない間にソニアが産気づいたらと思うとな」
「私は一緒に行っても良いわよ? アンジェ達も待ってるから」
「そうか。そうだよな。ソニアがそう言うならしばらく向こうで過ごしても良いか。いや、しかし今の研究が......」
「どうせ失敗するんだから後回しでも良いんじゃないかしら?」
「なんだとぅ!」
サティがだってそうでしょ? 的な顔で俺を見ている。うーむ、だがそれも一理ある......か。言いたくはないがあれから二回ほど部屋を吹き飛ばしたことがあるのだ。俺が実験を始めると子供たちを連れてみな伯爵家へ行ってしまう。じいさんはずっと実験してても良いぞとか言ってたな。ちくしょう。
しかしアリスには感謝せねばなるまいよ。アイツは実は俺の命の恩人なのだ。実験の度に俺の命を救ってくれてるからな......しかし魔剣センチピードデビル(足)でちょいちょい俺を威嚇するのはやめてくれないかと言いたい。
じいさんは相変わらず元気だ。シェリーとロイだけでも大概なのに、ライカとジークが生まれた事で爺さんの孫愛にブレーキが利かなくなった。妻のレザリア様までそうなってしまった事で最早だれにも止められないだろう。おまけに今度ソニアが産んだらもうどうなってしまうか想像もつかない。
「そうだな。それじゃしばらくはドルツブルグで過ごすとするか」
「それが良いわ。皆も待ってるし」
「そうだな。じゃ、そうするか」
ドルツブルグには実は3人の妻が待っている。つまりだ。俺は今5人のお嫁さんがいるのだ。それについては色々とあった。一言では語れないほどにな。それはまた別の機会にゆっくり話をさせて欲しい。
ドルツブルグは国家宣言をしていない。しかし今やその存在は世界に認知されていると言っても良いだろう。自治国、中立国、色々と呼称はあるが妻たちの身分を考えた時、ドルツブルグを拠点とするのが一番良いと考えたのだ。
変わった事と言えばノール長老がその役目を終え、サリエルへとその座を譲った事だ。ノール長老は相談役の席に収まってはいるが主に俺のサポート役、まあ隠居みたいな感じだ。今はノル爺と呼んでいるぞ。
妻や子供を可愛がってくれて本当にありがたい。ノル爺は曾孫が見れるかもしれないと言うのも早々に隠居を決めた理由の一つだろうな。向こうでは賑やかにして申し訳無いのだがノル爺の顔は幸せそうだ。
俺はドルツブルグの王位に付く事に関してまだ返事を保留している。煮え切らないとは思うのだがもう少し商人でありたいのだ。今の生活で俺は十分幸せなのだ。
ノル爺やサリエルもその辺りはよく理解してくれている。だからこそ今でも俺たちはドルツブルグで暮らす事が出来ているのだからな。まあそうなった理由はアザベル様の神託が大きいのだが......それもまた別の機会に話すとしよう。
実は落ち着いたら俺は周辺諸国を旅してみたいと考えている。家庭や商会、その責任がありながら旅なんてとんでもないと思うもしれない。しかしこんな事は言いたくはないが俺にはドルツブルグのサポートがある。緊急時には森を使う事が出来るのだ。
アザベル様にこの世界で生きるチャンスをもらい、神託を受け、俺は俺自身に何か役割を与えられているのではないかと最近考えるようになった。アザベル様は好きに生きろと言ってくれたが、ノーワンの存在を知ってから少し考えが変わったのだ。
初めてアザベル様と話した時、好きに生きろと言いつつも俺に対して何か期待している部分があった事は間違いないだろう。出来る範囲でも良いとも言っていたしな。
世界を救うとかそんな偉そうな事を言うつもりは毛頭ないが、もう少しこの世界を自分の目で見る事で出来る事があるのではないかと思ったのだ。
家族には既に話をしてある。ズルい話だが森を有効利用できるのだ。逆に言えばその手段があるのだからアザベル様の神託をより真剣に考えるようになったのかも知れない。
セントソラリスやアネスガルドの事もある。復興から立ち直ろうとする人達の力に少しでもなればそれは素晴らしい事だとは思わないか? 世界を股にかける商売人って格好をつける訳ではないが、俺の持つ力で誰かが幸せになるのであればその努力はするべきだと思うのだ。
だからこそ俺はもう少し商人でありたい。この異世界で社長になったのだ。商人としてもう少し皆と暮らしても良いだろう? 王位ではなく商人だからこそ出来る事もあるはずだ。
この世界の平和が脅かされるような事件はそうそう起こらないだろうし、例えそうなっても各国の精鋭達もいる事だしな。
ん?
それでももし何か起きたらどうするのかだと?
決まってるだろう?
そう、逃げる準備をするのだ。
いや......今だけは真剣に答えるとするか。
その時は全力で阻止して見せるさ。
仮面の男としてな。
【おわり】
お読み頂きありがとうございます。
これにて一旦完結となります。
今まで応援して頂きありがとうございます。
お礼の方も改めて活動報告の方へも書かせて頂きますが、
後日談等々についてはまた別で書けたらいいなと思ってます。
ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。