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よろしくお願いします。
「はっ、そんな槍もどきで私の攻撃を凌げると思っているのか!」
ノーワンは先ほど同じく、いやそれ以上の速さで触手をマスカレードへと叩き込む。予測不可能とも思われる多方同時攻撃。その威力は巻き込まれたらただで済まない事など容易に想像できるほどだ。
圧倒的な物量による多方同時攻撃。それがどれほど恐ろしいものか想像した事があるだろうか。予期せぬ所から、完全なる死角から放たれる必殺と言っても差し支えのない一撃。それが雨のように降り注ぐのだ。
分かり易く例えるなら一対多数の殺し合いである。四方八方から襲い掛かる攻撃を容易に止める術はない。数の暴力、力の暴力、単純だが純然なるその力は歴史で証明されているように攻撃という点において類を見ないほど圧倒的なのだ。
その攻撃を前に......
「外郭八門......天后、太裳を以て騰虵を舞う」
ヒロシは外郭十二門のうち守りの型である八門より三門を開く。美しい舞いのように薙刀が縦横無尽にヒロシの周りを流れノーワンの攻撃を悉く落としてゆく。
「クフゥフッフ、上手く捌いてはいるがどこまで持つかなぁ!」
通常一門でも開けばその防御を突破できる者は少ない。しかし触手の凄まじい連打に同時に三門を開かざるを得なかったのか? いや、その最後の言葉、騰虵の型を組み入れたのはそこから攻撃に転じる為か?
「その身を翻し天空へと駆け上る猛き龍のように......外郭四門、青龍の型」
嵐のように降り注ぐ触手を潜り抜け、遂にヒロシは攻撃に転じる。薙刀を下段から上段へと引き戻し、時には石突き近くをも持ちながら回転を加えてノーワンへと突っ込む。ヒロシは防御重視の型から薙刀の刃を返し弾いていた触手を切り払うような動きへと変化させてゆく。
切断はされなくとも触手にダメージが入り始めたのが見て取れるがノーワンの攻撃は鋭く全てを無効にできるほどには至っていない。しかし外郭十二門、この攻防一体と言える技の前にノーワンは焦りを覚えはじめる。
何故なら斬られた触手がその再生を止めているからである。そしてそれに気づいた理由......それはノーワンが痛みを感じたからに他ならなかった。
「なんだと? なんだこの感覚は? 痛みか? 痛みを感じているというのか?」
触手から流れる血が空を舞う。明らかに再生していない触手の様子を見てノーワンは叫ぶ。
「このクソボケガァ! 聖なる力か! その刃に破魔の力を宿しているというのか! 人間如きが偉大なる悪魔に傷をつけるだと! その身を八つ裂きにしても足りぬ! 貴様の魂はこの俺が喰らってやるわ! 」
「お前に喰われてやる程俺の魂は安くはない。打ち滅ぼせ......森羅を統べる理は万象を以てなお水面に移る月の如し......千刃繚乱」
青龍の型から流れるように千刃繚乱を繰り出すヒロシ。石突を起点に心中線を十字に引き裂くように突きと薙ぎが嵐のように吹き荒れる。ノーワンは触手を戻しすぐさまガードに入りその表皮を鉄のように固める。
しかしその凄まじい連携にガードを解いて攻撃に転じる隙が中々見つからない。触手をガードに集中し、ノーワンは両手を空へと向けて叫ぶ。
「王家から殺してやるわ! どうだ間に合うまい! アステドボロス!」
ノーワンの頭上に現れたのは黒い炎。禍々しく揺らめく黒い炎はやがて弾かれたように王家の方へと飛び出してゆく。ノーワンは先ほどと同じく背中を曝した一瞬の隙を見逃さないようヒロシへの攻撃態勢をとる。しかしヒロシは背中を見せずトンっと軽く後ろへと飛んだ。
「なに?」
「刃よ、風を纏いて千里を疾れ......奥義鎌鼬......時雨」
着地したその時には既にヒロシの型は完成されている。背中を見せる事無く回転を加えながら振るった二対の斬撃は無数に展開するとアステドボロスを追うように空を疾り、悉くその攻撃を相殺していく。
「おおおお前ええええぇぇぇ!!!」
「今度は不意打ちに期待するのか? 下らない......痛みを知ったお前は攻撃を優先させることができないようだな? 悪魔であるお前はこの世界の理とは別の場所で存在しているがゆえに傷をつける事ができなかった。だがどうだ? 今お前は痛みの先を想像してしまっている」
「なんだとぅ!」
「つまり、お前は痛みのその先に死を意識しているという事だ。この世にないスキル、無限に再生する体。お前は自分の優位性を保つ事でしか戦う事ができないのだ」
「知った口を聞くなぁ!!」
「知っているさ。お前に言わなかったか? 言惑は俺には通じないと。今度は不死身の体も通じなくなったがな。さあ、次はどうするつもりだ?」
「言惑が通じない.....先ほども言っていたな? まさか、まさか貴様は......あの時の、商......人......か?」
「さあ? 答える義理はないな。来ないならこちらから行くぞ」
「おのれえええぇぇえ! この人間風情がぁ!」
触手を伸ばしたノーワンは真っ向からヒロシとぶつかる。激しい衝突音の中、両者はその力の全てをぶつけ合う。ヒロシは外郭八門を起点に間合いを詰めるが、ノーワンは下がりながらも触手での攻撃を仕掛けてくる。
本来なら技をかける際、その力が大きければ大きいほど重心移動が重要になる。或いは体の反動でも良い。だがノーワンの場合触手自体が意思を持つように動いているため、ノーワン自身の動きに左右されず常に本来の威力での攻撃が可能なのだ。
つまり逃げながら、下がりながらでも攻撃できるという事である。追う者側としては下がる獲物を前から攻撃しても当然威力は殺される。ノーワンは一定の距離を保ちながら攻撃に転じる隙を伺っているのか。
しかし......ヒロシはそれさえも許さない。巧みに退路を誘導しノーワンを追い詰めてゆく。やがて......
「なに!?」
ノーワンは城壁を背にその動きを止めざるを得なくなったのだ。
「そろそろ幕引きのようだ」
「ボケが! それはこっちのセリフだ。ぶち殺してやる!」
両者とも次が最後の攻撃になる事を悟ったような動き。触手は何重にも重なり織られていくようにその密度を高めてゆく。
「因果を紐解く大罪は応報にして我が身を蝕む。ここはお前が存在して良い場所ではない。二つの世界は交差してはならないのだ」
「やかましい! 死死死死死死ねぇええぇぇぇ!」
そしてその攻撃を前にヒロシは動じる事無く、流れるように必殺の型へとその身を委ねる。
「芥の中で蠢く者よ、洩れ出づる月の光に己を照らし穢れに染まるその身を祓え」
そして静かにその言葉を紡ぐ。
「受けてみよ......相川家伝月影流薙刀術奥義......是生滅法、月輪!」
ゆっくりと真円を描くように振るわれた薙刀、目で追えるほどの速さでは......否! 断じて遅いわけではない、寧ろ速すぎるのだ。振るった薙刀の真円は徐々にその数を増やし一斉にノーワンへと襲い掛かる。と同時に辺りには空気を切り裂く音が響き渡る。
刃が掠める度に後から血飛沫が舞い上がる。四方から襲い来る触手は刃に触れたその瞬間に両断され宙を舞う。薙ぎ、払い、突き、打撃、斬撃あらゆる角度から一斉に攻撃を浴びせられている感覚。並の者であれば瞬きする間に細切れになっているであろうその圧倒的な破壊力。
「ギヒヒヒヒイイイイイ!」
辺り一面に血煙が舞い上がる。しかし攻撃は止まらない。止めない。貝のように身を守ろうとする触手は瞬時に引き裂かれ、千切れ飛び、まるで破砕機に飲み込まれていくようにその強固な鎧は剝がされてゆく。
触手が粉砕されたその時、刃の奥にヒロシの眼を見たノーワンは何を感じたのか......その金色の眼は大きく見開かれ、最後に虚空を見上げた様に見えたのだった。
同時に斜め上から袈裟斬りにされたノーワンはゆっくりとその場に膝をつく。やや挙げられた両手はその掌が上を向き、何かをその手に受けようとしているかのよう......しかしやがて、その手はダラリと力なく落ち、その身体ごと地面に突っ伏したのだった。
そして一瞬の後、ノーワンの体の周りの景色がグニャリと歪む。反射的に後ろへ飛び退くヒロシ。しかし彼にはその現象が起こっている理由が分かっているのか、それをただ見ているだけだ。
徐々にノーワンの体を包み込んだその歪みはその身体を空中へと引き上げていく。そして初めからその場にノーワンなど居なかったかのように、その身体を空間の中へと引き込んでいったのだった。消え去った空間を見つめてヒロシは言う。
「この世に生きる人々が諦めない限り世界の終わりなど来るはずもない。忘れるな......世界の理を悪魔の都合で変えるなら、神々もまた世界に手を差し伸べるという事をな」
言い終えた後、一瞬ふらついたかのように見えたヒロシであったが、薙刀を地面に立てるとしっかりと足元を確認し皆の方へと振り返る。
振り返った瞬間に沸き起こる大歓声。視線の向こうで皆が叫んでいる様を見ながらヒロシは仮面の下で軽く微笑んだ。
遂にマスカレードとノーワンの戦いは決着、彼は軽く手を上げるとその歓声に応えるのだった。
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