351 アマデウス
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その瞬間ヒロシを目掛けて眩いばかりの光が天より降り注ぐ。光のカーテンに迫りくる触手は弾かれノーワンはその体ごと後方へと飛ばされた。
眩いばかりの光が収束した時、そこには......そこには神具に身を包んだ一人の男が立っていた。漆黒の髪はそのままに、だが漆黒の戦闘衣装は純白へ塗り替えられ慎ましくも金と銀で美しく装飾が施されている。そして、その顔は悪を喰らう真白の鬼の半面で隠されている。
そしてその手には青龍偃月刀ではなく、相川家がその武を轟かせた本来の武器である薙刀が携えられていた。その名も備前長船作、相川兼光上守景......神が誂えたのかそれは相川家に伝わる秘伝の一振りであった。
その姿を例えるなら正に威風堂々。世界の調和を乱す者と対峙したその時、ヒロシは殻を突き破り真の英雄としてその身に聖なる破魔の力を宿したのだった。
「ばかな! ばかなばかなばかな?! 闘気に聖なる力を宿しているだと!? 神がお前に、世界に加担したというのか? 更には神装武具まで......まさか貴様はアマデウス......アマデウスだったと言うのか!? そんな......まさか......」
場を一瞬の静寂が支配する。凛とした佇まいから溢れ出る闘気、周りを静寂へと変える威圧。静かに構えるその姿から溢れ出る雰囲気はどうだ? 男の眼はノーワンを捉え静かに答える。
「お前のくだらない覇業とやらで一体どれだけの人々が死んでいったのか。どれだけの人間がそのスキルで狂わされていったのか......」
「神が、神が愛したと言うのか? まさかまさかまさか......まだこの世界に救いがあると言うのか!? この醜い汚れた世界に......この救いのない世界に!」
自分の考えを振り払うように叫ぶノーワン。その眼には殺意が宿り射殺すようにヒロシを見据える。
「この世界に救いがないと決めつけたのはお前自身だろう? 遊び半分で世界を滅ぼすなどそれこそ神々が許すはずがないだろうに」
「黙れ黙れ! この世界に救いなどないのだ! 神々は、アザベルは何故それが分からぬ! 分からぬのだ! 良かろう......お前を引き裂いて今一度奴らの真意を問うてやるわ!」
「好き勝手しておきながら随分な言い草だ。神々がお前の話など聞くとは思えんがな。もうお喋りも終わりだ。さあ、始めようか......」
ヒロシは薙刀を大きく頭上で回転させると左足を前に出し、やや重心を後ろへと乗せる。刃先を下向きにやや上げた姿勢でノーワンに対峙した。そしてヒロシはその言葉を口にする。
「相川家伝月影流薙刀術......その身に受けてみよ」
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その姿を目にしたセントソラリスのナディア王女とカミーラ王女が叫ぶ。セリーヌ女王ですらその眼は大きく見開かれ目の前に立つ男の状態を受け入れる事ができない様子だ。
「「あぁ! あれは!!」」
「あの......あの姿は......まさか大いなる神々の伝承の中に謳われるアマデウス?!」
「シュバルツよ、あれは、あれはなんだ?」
「凄まじいオーラが漂っておるのはワシにも分かるが......セリーヌ女王は知っている様子だが?」
「ええ、間違いないでしょう。闇より現れ悪を切り裂く漆黒の英雄は邪悪の力を前にしたその時、聖なる力を以てその姿を純白に染め上げるであろう......セントソラリスに保管する神々の伝説に記された悪魔に関する章の一節です......」
「アマデウスとは?」
「読んで字の如くそのままの意味ですわ。神に愛されし者」
「なっ! マスカレードは神の使徒だというのか!?」
「いえ、そこまでは。ただ悪魔と対峙できるのは......神々の力を、その寵愛を受けた者だけという事かも。神装を纏ってから彼を包むオーラには聖なる力が溢れはじめました。今この時、彼に神々が聖なる力を授けただけなのかも知れません」
「聖なる力を以て悪を打ち滅ぼす者......か」
「私たちは今世界の分岐点を、歴史が動く瞬間をこの目に映しているのでしょう。我々にできる事は神の代行者であるアマデウス様の武勇を信じ祈る事だけです」
そう言うと女王と王女はその膝をつき祈り始めた。それに従うように全てのセントソラリスの人間たちも跪き祈り始める。以前に示した通り一国の王がその身を大地につける事などあってはならない。
「セリーヌ女王......」
「シュバルツ王、創造神アザベル様の神子様が顕在しているのです。我々セントソラリスからすればそのお姿をこの目に移す事さえ不敬。それをこの目に映しながらご武運を祈る事しかできない自身を恥じているのです。一国の王がその礼を失してどうして民にその重大さを伝える事が出来ましょう?」
「神子を前に推して知るべし......か」
そう言うとシュバルツ王も座して正面を向いた。その王の在り方にリンクルアデルの兵士達は何も言わずただ同様に王の後ろへと座し続いてゆく。
「推して知るべし......その通りかもしれぬな、いやその通りだろう」
そしてドルスカーナとアネスガルドも続く。
今、世界の命運は目の前の男に委ねられたのだった。
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