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349 調和の破壊者

よろしくお願いします。

 ガキン!

 

 首筋へと真横に振りぬかれようとした刃が偃月刀に阻まれて止まる。一瞬何故防がれたのか理解が追い付かないノーワンは次の瞬間後方へと弾き飛ばされる。


「な、なんだと! 何故だ! 何故動ける!?」


「何故か? さあどうしてだろうな? お前の事はあくまで国の問題だと思って手は出さなかったのだがな。少し事情が変わった」


 ヒロシはゆっくりと偃月刀を回転させると左足を前に、そして重心を低くして構える。


「お前を......倒す!」


「事情? ふん、何の事か分かりませんが、あれで本当に終わりだったら私も拍子抜けした所ですよ。英雄様がどれほどのものか見てみるのも悪くありませんね......殺す!」


 そしてノーワンは一直線にヒロシへと飛び掛かる。二人の闘気が初めてぶつかるその瞬間、激しい衝突音が辺り一面に響き渡る。幾度となく響き渡るその打撃音、互いに一歩も引かぬ技の応酬。間合いをものともしないノーワンの動きはそれだけで洗練されているように見える。


 しかし......一流同士の戦いと思われたその勝負は驚くべき事に圧倒的にノーワンが押されていた。ヒロシはノーワンの剣技を全て受け流し確実にノーワンへとその攻撃を当てていたのだった。


「貴様は言惑というスキルに頼りすぎだ。大したオーラを纏ってはいるが所詮は力押しという訳か。この程度の武量でこの俺と対峙するとは正直拍子抜けだ」


 自身の剣技が全て弾かれている事は誰よりも分かっている。つまりノーワン自身がその絶対的な差を一番感じているのだ。剣を振る前に、構える前に偃月刀が迫り、攻撃を仕掛けるより受ける方が圧倒的に多くなっているのだ。


「くそっ、くそっ、ヘルグラキエス(獄氷の矢)!」


 ノーワンは大きく後ろへ飛ぶように下がると左手を突き出してヒロシへと魔法を連発する。しかしその氷の矢はヒロシの間合いに入ったその瞬間に霧散していく。


「は?」


「威力はありそうだが......残念だったな。魔法の類は俺には通じぬ」


「な、なんだと? 貴様......そんな馬鹿な......」


「子供騙しの力技だけではどうにもならぬ事がある。その身に深く刻んでおけ......終わりだ!」


 ヒロシは霧散する魔法の中から飛び出し、一気にノーワンへと肉薄すると斜め上から袈裟懸けに偃月刀を振り下ろした。ズバン! と一際大きな音と共にノーワンの体から空へと血飛沫が舞い上がる。


「グハアアア!」


 駆け抜けたヒロシの後ろで、ノーワンは前のめりに地面へと突っ伏した。その気配を感じながらゆっくりとノーワンへと向き直るヒロシ。


 ノーワンの目は大きく見開かれ苦悶の表情を浮べているように見える。剣はその手から離れ、やがてその眼からは生気が失われてゆく。あっけなく、勝負は驚くほどあっけなく着いたのだった。





 ......ように思われた。





 ヒロシへ向けたその眼が、その黒い眼が一際大きく見開かれると突然金色へと変わり、ノーワンは大きく跳ね起きる。


「クソガァァァァ!!」


 そのままノーワンはヒロシの方へとまるで飛び掛かるように迫る。落ち着いてノーワンの攻撃を捌き偃月刀で切り伏せるが、その傷は受けた瞬間に再生を始めているように思える。


「クッ......その体は......? 先ほどの傷も......効いてない? いや、再生したのか?」


「力技が無駄だと? この私の、この俺の攻撃が子供騙しだと? 調子に乗るなよクソガァ!」


 ノーワンはヒロシを後ろへと蹴り飛ばすと両腕を大きく広げ、その腕を前へと交差しそのまま背中を丸める姿勢を取る。その瞬間、背中が大きく裂けだし、中から触手の様なものが飛び出てくる。


 ノーワンは丸めた姿勢を元へ戻すと両手に魔法を生成しヒロシへと弾幕を張るように撃ち放つ。魔法は悉くヒロシの前で霧散するがその隙をノーワンは見逃さない。


 左右から鞭のように触手がヒロシへと攻撃を仕掛けてくるのだ。まるで一本一本が意思を持つように動き、叩きつけるように、殴りつけるように、払い飛ばすように、或いは刺すように。


「ガハアアアッ!」


 その触手の威力は目で見ても分かるほどに強力だった。捌くヒロシを左右から叩き付け、時にはピンポン玉を弾くようにその体を左右へ飛ばす。ヒロシは触手を見極めて攻撃を仕掛けるが、切り裂くことができない。切り裂けたとしてもその瞬間には再生されてしまうのだ。


「クゥッフッフッフ、これが! これが力だ! お前が馬鹿にした力技でないのかね? どうした? あぁん? 答える事ができないかね? 答える事ができないのかぁ!! ああ!?」


 ノーワンの体は徐々に肥大しているように見える。その大きさに比例して触手はその威力と攻撃範囲を広げているのだろうか? ヒロシへの攻撃は激しくなってゆく。


 確かにどれほど武の才能に優れたとしても、それが3歳の子供では素人の大人には勝てないだろう。そこには純然たる力の差、体格の差が存在するのだ。今まさに目の前で行われている暴力。そう、武を以て戦いを制するものではない、明らかに力による暴力がこの場を支配しているのだ。


 いくら切りつけようと、再生する体、ダメージを受けない体を前にどう戦えば良いというのか? そもそもこのような異形が存在するのか?


「攻撃してみろ! 私を傷つけてみろ! この世にある陳腐な力で私の高貴な体を傷つける事ができるというのならな! でかい口をききやがって! でかい口をききやがって! 殺す殺す殺す殺す!」


 ノーワンは大声で喚きながら顔を空へとむけて吠える。グルリと大きく一周する頭。その見ている視線の先とは関係なく触手はヒロシへの攻撃をやめない。大きく束になった触手はヒロシを横殴りに壁へと吹き飛ばした。


 鈍い音と共に壁に叩きつけられるヒロシ、仮面の下からは多量の出血が見て取れる。身に纏うコートは一部が切り裂かれ、至る所から出血がみられる様はダメージの大きさを物語っていた。


 ノーワンは顔をグルングルンと前や後ろへと動かし、後ろに控えている王家をもその視野に捉えている。


「クウウウウウッフッフッフ! 見てみろぉう! この英雄殿の有様を! 何が英雄だ! 馬鹿にした割には大した事がないではないか! 力こそが全て、武の研鑽の前に立ちはだかる絶対的な力の差! 貴様を殺せば次は王家を、お前らを皆殺しにしてやる!」


 ノーワンは首をあらぬ方向へ曲げながら王家を威嚇するとヒロシの方へと目を向ける。


「クウゥヒッヒッヒ! それが分からぬ、この根源が理解できぬ貴様には死するほか道はないのだ! 死死死死死ねぇぇぇ!」


 触手は束になるとその側面を刃のように形を変えヒロシの脳天をめがけて振り下ろされる。ガキィンと音が響くと偃月刀は両断されヒロシの体を斜めに切り裂く。偃月刀が軌道を変え威力を殺したか、触手はそのまま地面へと激突する。


 しかし残りの触手がヒロシを再び殴りつけ真横へと吹き飛ばす。偃月刀はその手を離れ、大きく弧を描くと地面へと突き刺さった。


「グググゥッッフッフ、イヒイヒ、勝った! 勝ったぞ! 何が英雄だ、何がマスカレードだ! グヒヒヒヒィィイ!」


 場は静寂に包まれ、その中でノーワンの高笑いだけが辺りにこだまする。それを見守っていた王家を含めた皆は言葉を発する事すらできない。圧倒的な暴力の前に、仮面の男はその武器を折られ、血塗れで倒れたのだ。


「感じるかマスカレードよ、この沈黙こそが、この沈黙こそが私の勝利を確信に変える」


 ノーワンは触手を地面に叩きつけながらゆっくりとヒロシの方へと歩を進め......その足を止めた。


「ほう、武器を失くし、その体でまだ立ち上がるか。見苦しいぞマスカレード?」


「圧倒的な暴力か......それも一つの力であることは認めよう。しかしお前は言ったな? この世にある陳腐な力で私の高貴な体を傷つける事ができるのか、と。その言葉が俺の予測を決定づけた」


「何?」


()()()()()()、だと? それはどういう意味だ?」


「......」


「見境なく他国を襲撃し、挙句ジルコニア大陸の魔族にまで手を出す節操のなさ。手あたり次第と言っていい」


「それがどうした?」


「お前には確固たる目的がないんだよ。いや、それこそがお前の目的という事か?」


「知ったような口を......」


「聞いた事のない言惑というスキル、この世にない屍人を操るスキル、そして今のお前の異形の姿、更に言えば、この世にある力ではお前を倒す事ができないだと?」


「何やら思いついたのか? それを最後まで言ったところでどうにもなるまい? だがまあ、そうだな。死ぬ前のいい余興だ。もう少し付き合ってやろう」


「この世には人間や獣人、ドワーフなどを含めた身体に特徴をもつ人族と、魔素を取り込む事を特徴とした魔族、大きくこの二種類が存在する」


「それで?」


「俺はお前がその魔族なんだとばかり考えていた。しかしそれは違う。魔族は創造神であるアザベル様、または上位神である魔神を信仰しているという。つまり種族は違うがこの星に住む住人なのだ。更にお前がジルコニア大陸を攻撃した事で一連の騒動が魔族が原因である可能性はより低くなった」


「面白い」


「なぜ好戦的な魔族がセルジア大陸に徹底報復を仕掛けなかったか? 向こうの事情を知る術などないが、恐らく一度報復行動を起こした際に俺と同じ考えに至った魔族がいるのだろう。そうだ、お前が望んでいるのは世界征服などではない......」


「では何を望んでいるかと思うかね?」


「お前が望んでいるモノ、それは世界の終焉だ。世界のバランスを崩し、世界を破滅へと導く事に喜びを覚える者。その異形を晒したという事はもはや隠すつもりはないのだろう? お前、いやお前達は調和の破壊者(バランスブレイカー)......言うなれば光と影、陰と陽、全ての理において存在する裏と表。そう......」


 ヒロシはそこでノーワンの金色の眼を真直ぐ見て言った。


「お前は大いなる神々と対極に位置する......悪魔だ」


 


お読み頂きありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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