346影 -サイレンス-
よろしくお願いします。
「滑稽な話ではないか。時に人々に対してその無尽蔵の力で断罪し、一方ではその畏怖により敬い、奉られ、もはや存在自体は伝説と言っていい。それが裁かれるべき人間風情の手先となり果てているとは。これを喜劇と言わずして何と言えばいいのか」
ひとしきり声を上げて笑うとノーワンは続ける。
「その質問に関してはそうですね......もう一つの方から種明かしをしてあげましょうか......貴方は自身が何者か分からない、そしてその呪いでブリザードが起こっていると? そう言っておりましたな?」
「......」
「そんな事はない。ブリザードと貴方の呪いは全く関係ない。貴方は単純に記憶を失っていた。そしてその身に起こる変化に呪いを結び付けただけという事です」
「だが現にブリザードは......」
「なに、簡単な事ですよ。自然発生したブリザードを利用して私が言惑でそう吹聴しただけですから」
「な、なんだと?」
「すでに言惑の効果は切れている。しかし駆け回る噂は言惑ではありません。それは人の言葉からでた真実としてセントソラリスに根付いただけの事。全く人とは面白い、そして哀れな生き物だと思いませんか?」
「なんという事を......」
「しかしそれを断じて受け入れなかったセリーヌ女王は流石と言うべきでしょうか? 私の言惑と魔道具ですらその全てを操る事は出来なかった。そのような人間は初めて見ました。いや、つい最近おかしな商人がいましたね」
そう言いながらノーワンは一人ごちているが今の状況は言ってみればノーワン一人を残すだけである。しかしその落ち着き払った態度は余裕すら窺える。
「おっと、お喋りが過ぎましたね。それで......一応聞いておきますが貴方、コチラ側へ来て私の右腕として働きませんか? その手に世界の半分を渡しても良い。そして貴方が知りたい最初の質問......それについてもお話ししてあげましょう」
「貴様......」
「幼体とはいえ、この体に傷をつけたのは称賛に値します。この世界は今分岐点にある。新しい世界を作ってみたいとは思いま......!?」
言葉を待たずアリアナの背中の翼が左右に大きく開く。周りに土埃を上げるとその身体は宙に舞い上がりその手を握りしめるとノーワンへと突進した。
「仲間になどなる訳ないだろうが! 貴様はここで終わりだ!」
「まぁ分かってはいましたが......交渉決裂ですね」
両者が激突した瞬間、周りに衝撃波のようなものが走る。アリアナは竜拳を使い凄まじい連打を浴びせる。怒涛のラッシュそして打撃音、いや炸裂音と言えばよいのか? それが離れているほかの者達にまで聞こえる程に。
しかし......しかしその拳はノーワンへと届かない。その拳、その手刀は全て受けられている。
「まさか防ぎきるだと!? 貴様本当にノーワンなのか?」
「流石は中々の攻撃力ですね。しかしまだ甘い。さて、あまりに拙い攻撃を受けていては私の沽券に関わる。少し離れてもらいましょうか」
そう言うとノーワンは竜撃を流した後そのまま裏拳をアリアナへ叩き込む。造作もないただの回避行動からの一撃。しかしその威力はアリアナを後方へと弾き飛ばすに足る威力であった。
「グハッ......クソ......まさかこの体になっても技が届かないとは」
「幼体が何回も私の体に傷をつけることなど無理に決まっているでしょう? ファティマとの戦闘であなたの力はもはや先ほどの半分にも満たない。それが分からないとは......まあ幼体の上に記憶がないのであればそれも仕方のない事でしょうか」
「おのれ......」
「惜しいとは思いますが仲間にならないのであれば貴方はただの障害でしかない。余興にもなりませんでしたが死んでもらいましょうか」
「舐める......な!?」
「止まれ」
その言葉を発せられたアリアナの体が硬直する。
「言惑が切れたとは言え、また掛け直せばいい事だけなんですよ。少し油断が過ぎませんか?」
「ウ、ウオオォォ!」
「無駄ですよ。これは催眠系ではなく強制力を持たせる言惑です。それゆえに私の視界から外れると効果は解かれてしまうのですがね。ただ仮初の体ではない、私本来のスキルの威力ですから。そう簡単には破れません」
そう言うとノーワンはアリアナを殴る。殴る。殴る。無防備の体にノーワンの強力な拳が次々と放たれる。アリアナは倒れることすらできないのか? その手にはいつのまにか剣が握られており、ノーワンは躊躇う事無くその剣をアリアナへと突き刺した。
「グアアッ!!」
「ハッハッハ、いい声ではありませんか。しかしやはりと言うべきか、幼体とはいえその生命力は驚愕の一言だ。その命がどこまで持つか試してみるのも一興だ」
ノーワンは剣を引き抜くと今度は足を突き刺す。そして腕に切りつける。周りにはアリアナの声が響く。しかしそれは悲鳴ではない。その眼はノーワンを捉えて決して外すことはない。
「生意気な眼だ。最後にその首を刎ねられてまだ生きている事ができるか試してみましょうか」
ノーワンは剣を振りかぶると言った。
「それではごきげんよう、竜の子よ」
「なに?!」
ノーワンはその口元にうっすら笑みを浮かべると剣を振る......その時、ノーワンに飛来するナニカ。ノーワンは咄嗟に剣の軌道を変えそれを叩き落とす。その方向を確認すると同時、二つの影がノーワンを蹴り飛ばした。
「なっ!?」
二つの影はそのままノーワンへと斬りかかるが、ノーワンは素早く身を翻すと後方へと飛んだ。その姿を見ながらノーワンは彼らへと話しかける。
「どこから現れたのでしょうか? 私を蹴り飛ばすとは中々の実力をお持ちのようだ。お陰で彼女への言惑が解かれてしまった。少しそこらの兵士とは毛色が違うようですね......お名前をお伺いしても?」
二人はその質問に答える事なく一人が言惑が解け崩れ落ちたアリアナへと手を伸ばしその体を起こす。
「貴、貴殿たちは一体? ガハッゴホッ......体が動く......言惑が解けたのか?」
その問いに答えたのは白い戦闘衣装に身を包んだ者だった。
「......私たちは影」
「影......だと?」
「我が主より貴方を守るように仰せつかっております。今はただ後ろに下がり治療を」
「主......?」
一人は深い青の戦闘衣装で身を包み、もう一人は純白の戦闘衣装に手には剣、いやアネスガルドで刀と呼ばれている武器を手にしている。
顔は仮面で隠されて見えないが、姿からすると獣人に間違いないだろう。ノーワンの前に立つ二人、白い戦士が口を開いた。
「主が来るまで我々サイレンスがお相手しよう」
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