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よろしくお願いします。
ドオオオオオオオオオオオオオオン!
凄まじい衝撃波と耳を劈く音が鳴り響くと同時にサティを起点として炎が巻き起こる。それは巨大な炎柱と言っても差し支えないだろう。大きな炎柱は天まで昇る勢いで巻き起こり二人をその中へと飲み込んでゆく。
獣人族は基本的に体内に宿すその魔素量から魔法が得意ではない。使えたとしても本来の魔術師のように多種多様ではなく、その威力も時間も制限があると言って良い。
その中でサティが扱うこの炎とは一体何なのか? 魔法なのか? それともスキルなのか? 圧倒的なその炎柱は二人の姿を完全にその中へと消した。
サティが凄まじい速さで動いた後には炎が奔る。サティがラムジールへと肉薄すると彼の全身から鮮血が舞い散る。
剣を振るった腕が見えない。そこにはその軌跡を追って炎が舞い踊るだけ。金剛棒での対応が全く追いつかない中、今度はラムジールの巨体が宙へと飛ばされる。
目で追えない速さ。巨体を浮かすほどの力にラムジールの意識が追い付かない。意識を向けた方向と逆から攻撃が放たれてくる。法術で捌く事も反撃する事も出来ない。法力で相手を見据えて攻撃を放つ事が出来ない。
圧倒的な破壊力を秘めたそれは、本当にこの世に存在するのかと思わせるほどの......
「グオオオオオオ!」
炎を纏う攻撃にラムジールが炎に飲み込まれていくかのよう。もはや意識が飛んでいるのか? ラムジールが空中で一瞬停止した瞬間、同じくサティがラムジールの上で止まった姿勢で現れる。
全身は美しい金毛で覆われ、それはしなやかに流れる美しい九本の尾へと続く。その美しい身体からはおおよそ見当もつかない程の圧倒的な闘気。視る者全てを焼き尽くすような威圧と存在感。
ラムジールは朦朧とする意識の中でようやく自身の上に位置するサティを捉える。その姿を目にした時、彼の脳裏を掠めたものは絶対的な強者を前にした歓喜か、あるいは絶望か。
その答えは誰にも分からない。ただその瞬間には爆発でもしたかのような衝撃音と共にラムジールは地面へと叩き付けられた。
「ガアアアアアアア!」
身体ごと地面に叩きつけられたラムジール。身体は火傷と切傷にまみれ、血がそれこそ滝のように流れ落ちている。だがそれでもラムジールはその両手を地面について、膝をついて起きようとその体を動かす。
「グウオオゥゥオオゥウウ!」
しかしそのダメージは深刻、もはや立つ事すらままならない。
「終わりよ」
空中から地上に舞い降りたサティは勢いそのままにラムジールのガラ空きの首元へと......
無情にもその炎剣を振り下ろしたのだった。
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突然その炎の柱は眼前に現れた。
「うおおお! なんだ! おい、下がれ、皆下がるんだ!」
アルバイヤは皆に大声で指示を出す。凄まじいまでの熱量と規模。このような圧倒的な力など長らく見たことが無いほどに。
「ボニータ、こ、これはなんだ!? サティが、彼女の術か何かか!?」
「私にも分からん......が、恐らくサティがやっているのではないかと思う」
「いずれにせよ凄まじいの一言よ......狐炎、まさか......まさかこれ程とは......これではラムジールはもう......」
「中の状況がここからでは分からない。二人はどうなっているのか......」
中からは衝撃音と斬撃による衝突音がかすかに漏れ出ている。その炎が生み出す壁と音が情報を外へ出す事を拒絶しているかのようにすら思える。
しかしその状況は長く続く事はなかった。時間にしてわずか数十秒だろうか? 突然炎柱はガラスが割れたように、いや霧散するように一瞬でその姿が掻き消える。
ボニータとアルバイヤ、そして皆が灼熱の炎から解放されたラムジールを視認する。と同時にサティを捉えたと思うと彼女は構えた炎剣でラムジールの首へとその刃を振り下ろしたのだった。
「「ああっ!」」
アルバイヤは当然理解している。これが戦いである事など。しかし彼女が信じて疑わない大陸最強と思われる人物の首が目の前で跳ね飛ばされるなど信じられる事ではなかった。
だが戦いとは無常であり無情である。その瞬間を......彼女は拳を握り締めて見届けるしかなかった。せめて、せめて自らの意志でその戦いに終わりを、持てる力を全て出して決着をつけさせてやりたかった。
彼女の目の前でその願いは塵となり消えてゆく......だがその時。
ガキン!
金属音のような音と共にサティの刀が真っ二つに折れる。折れた剣先は宙をクルクルと回ると膝をつくラムジールの横に突き刺さった。
サティの変化は既に解けておりラムジールの横に立っている。折れた剣を目の前に持ってきて確認すると彼女は言った。
「ふん、本当に固い首なのね。剣が折れてしまったわ」
そしてラムジールへと視線を移しながら言う。
「でも首輪を切る事は出来たようね。気分はどうかしら? 正気に戻っていて欲しいのだけれど?」
そう、サティの剣はラムジールの首を切り落とす事が出来ず首輪だけを切り落としたのだ。固い硬皮に守られその命を繋いだラムジールは少し唸るような声を上げるとサティの方を見た。
「う、うう。俺は......そうか、お前が......いや覚えている。ガハッ......まずは礼を言わねばなるまい」
「別にいいのよ」
「いや、礼を言わせてくれ。お前はそのまま俺の首を切る事も出来たのだからな」
「何言ってるのよ。あなたの首が固いお陰で剣が折れたのよ? 弁償してよね」
「何を言う? お前がわざと変化を解かなかったら俺の首はそこに転がっていたはずだ」
「変化が解かれただけよ。でもそうだとしたら運が良いわね?」
「気を使わなくても良い。俺の......完敗だ」
「あなたの変化次第ではどう転んだか分からないけどね。ま、今日のは貸しにしておくわ」
「フッ、デカい借りが出来たようだな......ガハッ、ゴホッ、う、受けた情けは絶対に忘れぬ。この礼は必ず」
「別にいいのよ」
そう言いながらサティは柔らかく微笑むとボニータやアンジェ達の方へ振り返った。
ここにサティとラムジールの一騎打ちはサティの勝利にて幕を閉じたのである。
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