343狐炎 -スカーレット-
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その動き、技、力には既に並みの冒険者ではついてくる事など出来ないだろう。事実かつてバルボアでサティが『紫面三尾』に変化した際、相手はモノの数秒で肉塊にその姿を変えているのだ。
それこそ圧倒的な力技でだ。それの上位互換ともいえる『蒼面六尾』。その武を受けてなお渡り合うラムジールとは一体どれ程までの剛の者なのか?
ラムジールはその金剛棒で剣戟を防ぎ、拳を躱し、蹴撃を受ける。互いに身体能力が極限に達している今、互いの拳が体を捉えても吹き飛ばされるような事は無い。
互いの高度な技の応酬、殴られて後ろへ飛ばされる反動すらも利用して相手へと反撃を仕掛ける。鬼族とは前述の通り獣人族と同じく身体能力に特化した種族である。
だが獣人ほどの身体能力があるわけではない。しかしそれを補うため有り余るほどの法力がその身体に秘められているのだ。驚くべき自己治癒能力、あるいはその掌から発する衝撃波。
サティとラムジールの体の周りに鮮血が舞い踊る。凄まじい打撃と技が両者の間で交錯する。変化する前であればとても耐えきれないだろう。今この時点でも骨が折れ内臓に損傷を受けていたとしても何ら不思議ではない猛攻なのだ。
「グウウウオオオオオオオォ!!」
ラムジールは一際大きく吠える。その身体にはサティと同じく次なる進化を起こそうとしているのか。その様子を見ていたボニータは叫ぶ。
「まずい......」
「ボニータどういう事?」
「私の知る限りだが......サティの獣人化は三回が限度だったはずだ。サティはいくつかの変化を持っている。アイツはその敵の能力に応じて変化の中から三つを選んで変化しているんだ」
「そんな事が可能なの? それだけでも恐ろしい戦闘センスね。とても信じられないわ。流石はスカーレットという事かしら。しかしこれでは......いや、待って! 操られている事が影響しているのかラムジールの変化が遅い......いや出来ないのか?!」
「だが、今のサティではラムジールに決定打を与える事が出来ないんだ。しかも今にでも変化が解けるかも知れない......クソッ、これでは死亡宣告を待つばかりではないか!」
二人、いや周りの者は皆これから起こる事態を祈るような気持ちで見ていた。ボニータの言う通り、サティには既に後がない。ここでサティが攻撃を仕掛けても決定打を浴びせる事が出来ない今、状況はサティにとって絶望的だと言えた。
幾重にも打ち合う中、二人の体は既にボロボロと言っていい。大陸屈指の冒険者、その能力の高さは疑う余地もない。しかし相手もまた一国を代表する剛の者。その差は決して大きくはない。
そしてこの状況の中、サティもラムジールの変化に気が付いていた。
「貴方......まだ変化を残しているのね」
サティは既に大きく肩で息をしている。獣人化は爆発的にその身体能力を向上させる事が出来るが、有限である。そう、変化の時間に制限があるのだ。サティには自分に残された時間が無い事は十分に承知していた。
「悪いわね......その呪縛から貴方を解き放つにはもはや『死』しかないわ」
サティは大きく息を吸い込むとラムジールを見据えてゆっくりとその呼吸を整える。そしてその後、その口から紡がれた言葉は......
「或いは万象一切を焼き尽くす炎のように......」
サティはこの戦闘の最中に無形とも言われる型を取る。両手を下ろすと同時にその剣先へと炎が疾る。それを起点に全身を包み込む圧倒的な熱量、暴力的なまでの闘気。
剣先から漏れ出る炎はまるで生きているかの如くサティの体をゆっくりと包み始める。炎の表面に幾つもの金色の文字が顕れ、浮かんでは炎の中へと消えてゆく。
そのそして溢れ出る炎はやがて二人を囲むように地を渡ってゆく。
誰が言い出しのだろう、サティが狐炎であると。その二つ名に込められた真の意味を知る者が一体どれほどいるのであろうか? それは彼女の美しいしなやかな動きからか? それともその他を圧倒するまでの凄まじい戦闘能力からか?
否! 断じて否である。狐炎と呼ばれるその由縁。それは彼女の......
「我獣神通力以今全灰塵却......白面九尾」
サティはこの戦いの幕引きなるであろう言葉を静かに紡いだ。
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