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サティはゆっくりと腰から二本の剣を抜く。ゆらりとその姿が一瞬揺らいだかと思うとその刹那、二本の剣はラムジールへといくつもの斬撃を与えていた。
しかし、その斬撃は届かない。いや届いているのだ、確かに届いている斬撃。しかし皮膚を切る事すらできないのだ。肌が硬質化しているのか? ガキンと言う金属音が幾度となく鳴り響くだけだ。
ラムジールは虫でも追い払うかのように金棒と手を振り回す。何と言う単調な攻撃。およそ武と言う領域に足すら踏み入れていないようにすら見える。
武というものには型がある。
手に持った武器を速く振り相手にダメージを入れるため、あるいは体術により効率よく相手を破壊する為。様々な理由からその最短で最高の結果を残すため、あらゆる流派はその神髄を極める為に幾年もの年月をかけ、出口のない、いや答えのない修練に励んでいるのだ。
一方、その型を必要とするもう一つの理由。それはダメージを回避する事に他ならないだろう。一撃でも喰らえば結果は大きく変わる。一撃で流れが変わる事など真剣勝負において珍しいことではない。前述の通り如何に相手に合わせる事なく自らの型に嵌め相手を倒すかが肝要なのだ。
サティは驚いていた。この男にはその武となるものがない。力任せに振るう金棒で全てを破壊していく。自分が感じている事が正しいとすれば、彼の武とは武になりえていないのだ。
早い話、腕っぷしの強さ。その腕力だけで全てを押さえつけるような戦い方。本来高レベルの武人からすれば、素人相手の戦いなど決着は直ぐにについてしまうだろう。
防御の型を取るわけではない。単純に自身の防御力にモノを言わせているだけだ。その体にサティの攻撃の全てを受けていると言ってもよい程なのだ。戦闘を見守る皆からすればこの一騎打ちは直ぐに終わるだろう、そう思わせる程であった。
「ダメージを与える事が出来ない......何なのコイツ? しかし......」
サティは金棒を避ける。薄皮一枚で見切っている。サティが獣人化した今、そのスピードを捉える事は並みの者では相当難しいだろう。誰もが直ぐに終わるかと思う程の戦闘能力の差......しかし、サティの考えは違っていた。
「おかしい」
そう。今までは紙一重で避ける必要もなかったのだ。金棒をただ振り回すだけの単調な攻撃。当たる可能性などない。それこそ掠らせる事も叶わぬはず。しかし......その精度が上がってきているかのように思えるのだ。
「また! ......まさか金棒のスピードが上がっているの? いや、これは......読まれているの?」
金棒がまたサティの鼻先を掠める。ラムジールはサティの動きを読み先の先で攻撃を放っているのか? 普通このような攻撃は出来ない。出来るはずもない。それが出来る理由。その一つは単純にラムジールに攻撃が効かないからである。
相手の攻撃を無視しているのだ。効かない攻撃を気にする必要もない。ただ思いのまま金棒を振るい、相手に当てればよいのだ。一撃、その一撃で勝負の天秤は大きくラムジールへと傾く事になるだろう。
「舐めてくれるわね。これを喰らっても涼しい顔をしていられるかしら?」
そうしてサティは素早く距離を取ると言った。
「紫面三尾」
その瞬間サティの体が大きく変化を始める。体形はもちろん、その尾が三つに分かれ紫色へと変化している。爆発的な加速で一気にラムジールへと肉薄するとその体を蹴り飛ばす。そして回転を加えながら剣戟をラムジールへと与えてゆく。
倒れながらもラムジールは剣戟を体を捻って躱す。そして金棒を横に構え更に迫りくる斬撃を防ぐと再び立ち上がった。恐るべき防御力。サティの紫面三尾をもってもその体を裂く事は簡単には叶わない。
「ハァハァ......ホント頑丈なのね......でも避けたわね? 防いだわね? 少しは効いているって事かしら?」
サティに考えは当たっていた。サティは攻撃の手を緩めない。間髪入れずに斬撃を、蹴りをラムジールに向けて放つ。徐々に引き裂かれ、やがて体からは血が流れ出す。
闇雲に振るった金棒は虚しく空を切り、振り回した手は悉く空振りする。大陸屈指の実力を持つサティに力任せの攻撃など掠る事は無い。皆がラムジールが膝をつくのはもう時間の問題だとさえ思わせる攻撃であった。
掠ればその体に重大な影響を受ける事は必死。しかし臆することなく攻撃を与えるサティ。それを許さないサティの武の才覚。それほどまでにサティの攻撃は圧巻の一言だったのである。
その時だった。ラムジールの体に異変が起こる。徐々に赤黒く染まる体。角は大きく捻じれ、とがった先端は天を衝くように伸びあがる。膨張する筋肉、大気が震えるほどの気が辺りに充満する。
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「キャ、キャサリン王妃! アレックス殿下! おおおおおおお! ご無事でしたか! 良かった! 本当に良かった!」
「おおい! こっちだ王妃様と殿下が出てきたぞ! 急げ!」
「貴方達が! 貴方達が王家を救ってくれたのですか! あっ! アルバイヤ様! アルバイヤ様もご無事で!」
ボニータ達が外に出るとアネスガルドの兵が押し寄せてきた。一瞬気を張ったボニータではあるが、セントソラリスの兵と共闘している事をいち早く理解し、アルバイヤへと視線を向けた。
「ああ。この者達が助けてくれたのだ。これより直ちにノーワンの元へ向かいその首を取る。全ての元凶はノーワンにある」
「やはり......あの商人のいう事は本当だったのですね」
そこで王妃が口を開いた。
「その商人が今あなた達と行動を共にしているのですか? その方は今どこに?」
「はっ、王妃様。それが......サーミッシュと一緒に私たちに説明をした後にラムジール様が現れ、リンクルアデルの冒険者であるスカーレットのサティさんがその場を引き受けた隙に避難されました。今向こうでサティさんがラムジール様と一騎打ちを」
「サティが居るのか? ここに? 一騎打ち? ラムジール? ヒロシさんが避難?」
ボニータは一度に入る情報に整理が追い付かない。一団は移動しながらも詳細を聞き理解していく。
「ボニータ、狐炎の勇名はこのアネスガルドまでも響いている。しかしラムジールがサティと一騎打ちだとすれば早く止めなければならない。サティが危ない」
「どういう事だ? ラムジールとはそれほどまでに? しかしサティの武勇はアネスガルドにも伝わっているだろう? アイツが敗ける事など想像できないがな?」
「無理もない。アネスガルドは政策により武力については外界へ漏らす事を禁じていたからな。ラムジールは強い。強いのだ。三大鬼筆頭は伊達ではないのだ」
ようやく追いついた時、遠目にサティがラムジールを圧倒しているように見えた。ラムジールは体から血を流し防戦一方のように見える。
「見ろアルバイヤ、流石サティだ。悪いが三大鬼と言えどもスカーレットの前には一歩及ばぬようだな」
その姿をみたアルバイヤは一瞬驚いたような表情を見せるが、
「ヤバい。ヤバいぞ。直ぐに加勢するんだ。クソッ、この身が操られていなければ......傷を負っていなければ私が死んでも割って入るものを」
「どうした? 何を言っている? 一騎打ちを汚すつもりか?」
「違う。この戦いはこのような形で行われるものではない。ラムジールは操られているのだ。誇りも、その命も掛ける事ができない決闘に一体何の意味があるというのだ?」
「だが、既に一騎打ちは始まっているのだぞ?」
「ああ、だからこそ、だからこそ急ぐのだ。このままではどちらかが必ず死ぬ。ラムジールに鬼人化させてはいけない。いけないのだ!」
近づくにつれ皆にはその様相が変わってきている事に気が付く。明らかにラムジールに異変が起きているのが見て取れるのだ。そしてラムジールの体が赤黒鉄色に完全に変わった時。
「グアアウウウウウ!」
ラムジールは天を仰ぎながら大きく吠えた。その姿を見たボニータがアルバイヤへと問う。
「おい、なんだアイツ、さっきと姿がまるで違うぞ? 鬼人化......鬼人化なのか?」
「クソッ、遅かったか......」
「それはどういう事だ!?」
「もう......誰にもラムジールを止める事は出来ないという事だ......」
アルバイヤがそう呟いたその先、サティが真横へと弾き飛ばされ壁に激突したのが見えたのだった。
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