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よろしくお願いします。
「なんだ貴様? お前は後で殺してやるからおとなしく待っていろ」
「そのつもりはありませんわ。あなたに私は殺せません。さあ、お二人ともこちらへ。早く!」
タンダスはアンジェを睨みつける。しかしアンジェはその底冷えする冷徹な眼差しを受けても怯む事は無い。そのある意味特殊な二人を取り巻く状況に戸惑いながらもボニータとアルバイヤはゆっくりとアンジェの方へと移動を始めた。
「殺せないとはどういう意味だ? まさかお前如きが俺を何とかするとでもいうのか?」
「言葉通りの意味ですわ。あなたに私は殺せない」
「ふん、この二人は今殺しても良いんだがな?」
「それも無理な話ですわ」
「ああ? 貴様、その細腕で俺をどうにかできるって言うのか? よかろう、今コイツらは殺す!」
「しかしそれでは貴方の好きな絶望とはかけ離れてしまいますが? 口先だけなのでしょうか?」
アンジェは煽る。正直、今タンダスがアンジェの言葉を無視して攻撃する事など全く問題ないのだ。アンジェの話をそれでもタンダスが聞く理由は自身への慢心、置かれた状況の優位性が呼び込んだ奇跡と言っても良い。
「あ?」
「そうでしょう? 違うのかしら? 貴方は絶望がお好きなのでしょう? 今二人を殺しても......王を守るのが騎士の務め。今私の目の前で二人はそれをやり遂げました。死んでいく彼女たちは無念かもしれませんが、私は誇りに思いますわ」
タンダスはアンジェを見る眼を一層鋭くする。
「やり遂げたとはどういう事だ?」
「見ての通りですわ。王家を守るアルバイヤは正気に戻り、それをドルスカーナのロイヤルジャックが成し遂げた。最後に貴方に私と後ろに控える王家の方々は殺せない。それは絶望ではありませんわね?」
ボニータとアルバイヤはゆっくりとしかし確実にアンジェの方へと近づいていく。それをチラチラと横目で様子を見るアンジェにタンダスが気が付いた。
「貴様、焦っているな? 焦っているな? キヒヒヒヒ。何の事は無い、ただの時間稼ぎか! 死にぞこないの二人を待った所で、お前と冒険者でどこまで持つかなぁ! もう良いわ、死ねい!」
タンダスは両手を広げるとその手をボニータとアルバイヤの方へと向けた。
「くだらない時間稼ぎをしやがって。特別にお前たちは上級魔法で焼き殺してやる」
そう言うとタンダスは詠唱を始めた。
「走りなさい!」
「「クッ!」」
二人は足をもつれさせながらも最後の力を振り絞ってアンジェのすぐ横まで走り、倒れ込んだ。
「ボニータ、よく頑張りましたわね。これで大丈夫ですわ」
「グフッ、ガハッ、お前は何を言っているんだ? ラース、お前が頼りだ。少しで良い、時間を稼いでくれ」
それを見てもラースは返事が出来ない。後ろに幾人もの非戦闘員がいるのだ。ラースは手に持った弓を握り締め、タンダスを睨む事しかできない。ラースにはアンジェのいう事が理解できないでいた。
実はラースはバルボア城での戦いの際に王女がどうやって身を守ったかは知らない。彼ら後続隊が最上階へと上ってきた時には皆でヒロシの説得を始めていたからだ。
つまり後から来た者は『ヒロシが王女たちの身を守った』として認識している。ちなみにサティとクロは後からヒロシより説明を受けてはいるが。
その場で公にしなかった理由、それは以前からそのスキルは発現していてはいたものの発動をした事は無かった。王家でも秘匿事項にあたる能力であり、発動した際の取決め事項に則り最上階にいたメンバーへの説明をその際には行わなかった事による。
ラースは思う。何故こちらへと呼び込んだのだ? このままラースが攻撃を仕掛けタンダスの注意を引いた方がまだ闘い易かった。何か考えがあるのか? そう考えていた時だった。
「ラース、貴方は戦う力を持っておりますわよね?」
「え?」
「貴方が危惧している事は分かっております。だけど心配は無用です。ヒロシ様から何度かサーミッシュについてご質問を受けた事があります。その中で私が得た結論......貴方、いやサーミッシュは少し特別なのではありませんか?」
「え、ええ。だけどこの状態では難しいとしか言えないよ」
「大丈夫ですわ。先程も言った通り、タンダスに私を殺す事は出来ません。そして他の方達も。ただ私もタンダスを殺す事は出来ません。でもきっとあなたなら可能なのでしょう?」
「だけど、王女様を始め皆を置いてそんな事は......」
「私を信じなさい。そして戦う力があるのならその力を示しなさい」
その眼を正面から受け止めたラースはその圧倒的なナニカに一瞬膝をつきそうになる。ラースが感じているのはアンジェから漏れ出るリンクルアデル王家の畏怖。
戯れで言える言葉でない。そんな事を言って良い状況ではない。その絶対なる自信、断固たる決意がその眼から、いや全身から溢れ出ているのだ。
「できますわね?」
「できるさ」
「よろしい。では少し離れておいてくださいな」
「?」
そう言いながらも、ラースが少し離れた時だった。
「何をゴチャゴチャ言ってやがる! 茶番は終わりだ! 死ね!」
タンダスはその両手から炎を生み出しそれを殴りつけるように撃ち放つ。
「ラース、離れなさい!!」
「クッ!」
魔法は螺旋を描いて一直線にアンジェの方へと向かう。アンジェは慌てる事なく、両手を広げそれを頭の上へと導くと、両手5本の指先を合わせその手を胸元まで下ろすと言った。
「我に関わる一切の事象を遮断せよ」
ラースが離れると同時に魔法は着弾、その凄まじい威力は辺りを瓦礫へと変えていく。辺りに瓦礫と埃が舞い散り、それが落ち着いた時......そこには皆と、そして両手を胸元へと構えたアンジェが無傷で立っていた。
「な、んだと......なぜだ!」
「ハーミッツデザイア、一切の事象はこの私を前に遮断されますわ」
「そんなデタラメがあってたまるか! そんな、そんな」
そう言いながらタンダスは魔法をぶつけるが、悉く何かに弾かれたように方向を変える。上級魔法が全く意味を成さない。一切の事象の断絶、そんな事があり得るのか?
「言ったでしょう? あなたに私は殺せないと? ただ私にも貴方は殺せませんけど」
そこで一旦言葉を切ってアンジェは言う。
「しかしタンダス。あなたの許されざる行いは森の番人によって裁かれる事でしょう」
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