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ボニータは覚えている。彼女のあの剣筋を、いや正確には動きを。あれはドルスカーナでの御前試合、ダルタニアス王の前であの男と対峙した時と似た動きだ。
致命傷を受けず、流し、タイミングを計り、一の速さを五にも十にも見せる不思議な体術。もしアルバイヤが似たような体術を持つのであれば、壱の型だけでは足りぬ。
身体を覆う体毛は美しい純白へと染め上げられ、このような場所では無ければため息をつきたい位に美しい。壱の型と体系は変わらないその姿、変化したのはその速さである。
「オラアアア!」
獣人が獣人化をした際、アッガスがそうであったように武器に頼らず底上げされた身体能力を生かし、その拳で、その爪で相手を屠る事が多い。それは圧倒的な筋力で他の者を寄せ付けない獣人の戦闘スタイルである事は言うまでもない。
だが、その土俵に上がる者がいればどうか? 他の追従を許さない獣人の身体能力についてこれる者がいた場合、持っていたアドバンテージは簡単に失われてしまう。
あるいは身体能力で、あるいはそれを補う技術で、あるいは獣人以上の素質で。御前試合なら力を出し合うのも良いだろう。しかし負けられない戦いであればそのような悠長な事は考えて良いはずがない。
たとえ相手の目を突いても、土をかけても、噛みついても勝たねばならないのだ。そう、試合ではない生死をかけた戦いでは、木の枝ですらその身を守る武器となり盾となるのだ。
そのボニータが武器を持ったまま第二形態へと変化した理由。前述の通り出し惜しみはしない、つまり必ず勝つという意思の表れなのだ。
トンファーを持つボニータは剣を使う剣士ではない。速さに特化させた第二形態、刀を持つ相手に果敢に挑む彼女の本当の戦闘スタイルは、正しく接近戦型の格闘術と言えるものであった。
ボニータは体勢を低くアルバイヤの懐へと潜り込むと、死角からトンファーを殴りつけるようにしながら相手の足を払う。それを見事な体捌きで躱すアルバイヤであるがボニータは止まらない。
その目は刀の動きを捉えつつ、トンファーを交えた攻撃は加速してゆく。刀を受け躱し流す。回転を加え肘で刺し、拳を打ち、足を払い、膝で穿つ。相手の間合いを殺すように、ボニータはアルバイヤが引いた分だけ詰める。
その凄まじい速さで繰り出されるコンビネーションにアルバイヤは堪らず後退する。体を後方へとずらし右足を後ろ側へと引いた時だった。
「白薔薇の棘」
ボニータはその速さの中、冷静に置かれた状況をその眼で知ることができる。身体能力が底上げされた中、彼女はその一瞬を逃すことなく、軸足へと魔法を浴びせかけた。
「グアアア!」
たまらず仰け反るアルバイヤであるがただでは倒れない。身を捻りながらも刀で追従する攻撃を凌ぐ。が、ボニータは残る左足をも払い、ついにアルバイヤの上に馬乗りとなる。
「終わりだ!」
トンファーを戻した拳から繰り出される怒涛のラッシュ。腕でガードをしているとはいえ、いくら鬼人とはいえ、獣人の連打に平然としていられるわけがない。徐々にガードは甘くなり顔面へと幾度となくその拳は叩きつけられる。そして指先からは鋭い爪が光り、まさにその体を貫こうとした時だった。
「やめて! もうやめて! 彼女を殺さないで! 彼女は操られているのです!」
「なに!?」
声を聞いてしまったボニータは、王妃の方へと反射的にその視線を向けてしまう。その一瞬、その一瞬の隙をアルバイヤが見逃すはずはない。
アルバイヤは胸元から短刀を引き抜くと、一気にボニータの脇腹へと深く突き刺した。
「グオオオオッ!」
そのまま短刀を上へと切り上げようとする腕をボニータは抑える。深く突き立てられた個所から全身に駆け巡る激痛。戦闘服を染め上げる鮮血が出血の多さを物語っている。
「キヒヒヒヒ! アルバイヤやれ! そのまま殺せ!」
タンダスは手を額に当て、笑いながらアルバイヤへと声を張り上げる。その後ろをスキルで気配を遮断し王妃と殿下の元へと駆け寄る二人。普通ならいくらスキルを用いたとしても王妃の元に辿り着く事は難しいだろう。
しかし幸か不幸か、ボニータが脇腹を刺され攻防が反転したその時、タンダスが意識を大きくそちらへと向けたのだ。二人は直ぐにでもボニータへと駆け寄りたい衝動を堪え、キャサリン王妃とアレックス殿下の元へと進むことを選択した。
それは決闘を汚さない事でボニータの騎士としての矜持を守る事、いやそれ以上にボニータを信じる二人の心だろう。二人は気配だけでなく心も殺して一気に王家の元へと走り込んだ。
「んん? 貴様らぁ、いつの間に! ははぁん、どちらかが気配遮断のスキル持ちか? どうりで先程も部屋の近くで急に気配が感じられた訳だ。途中までは気配を遮断していたという事か」
そう言いながらタンダスは顎の辺りを撫でながら言う。
「どの道、あの獣人が死ねば次はお前らだ。俺が直々に手を下しても良いがな。それではアルバイヤの絶望を味わう事が出来ん。しばらくそこでおとなしくしていろ。アルバイヤさっさと殺せ! このノロマが!」
そう言うとタンダスは皆に興味を失くしたかのように再びアルバイヤの方へ視線を向けると罵声を浴びせ始めた。アンジェはその姿を確認すると直ぐにでも飛び出したい衝動を抑え、キャサリン王妃へと向き直った。
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