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その扉を開ける少し前のこと。
「クヒヒヒ、キャサリン王妃様、聞こえますかこの叫びが? 感じますかこの嘆きを? この窓から見える景色はまさに絶景だ。セントソラリスの兵も相当迷っているようだ。クヒヒヒ、無理もない誰が敵か味方かわからないだろうからなぁ」
「あなた達は......あなた達は一体何者? 何が目的でこんな酷いことを......この国をどうするつもりなの!」
「この国なんかどうでもいい。この国民もどうでもよい。ただ望むのは混沌。恐怖そして絶望のみ。その全てをノーワン様は与えてくれる」
「そんな事を神が決して許すことはありません!」
「キヒヒヒヒッ。神か、神だというなら既に許している」
「何を?」
「ノーワン様こそが神だ。この世を作り直してくれる神だ! 人が......物が......街が、全てが壊れてゆくことのなんと気持ちの良い事か。クヒヒ、絶望こそが俺を満たしてくれる」
「それなら何故私を生かしておくのか! アレックス王をその手にかけ、更には国を......国が欲しいのなら私を殺せばよい! 民に罪はありません!」
「国なんか欲しくないと言っているだろう? 欲しいのは絶望だ。お前は死に急ぎたいのか? 早く楽になってその責務から解放されたいと思っているだけではないのか?」
「そんなことは断じてありません! たとえ王家が滅んでも、神が、神があなた達に神罰を下すでことでしょう」
「黙れ! 何が神だ。何が神罰だ! 下らぬ。下らぬ、下らぬ、下らぬ、下らぬ。いま世界は生まれ変わろうとしているのだ。冥途の土産にお前はそれを見届けて死ぬがよい」
そして彼は天井を見上げて言った。
「クヒヒヒ、来たか。聞こえるか王妃様よ。お前と殿下を助けに誰かが忍び込んできたぞ? セントソラリスか? バレてないと思っているのだろうなぁ。コイツ等もお前の前で死ぬことになるなぁ」
「そんな......」
「お前を守るために体を張ったコイツも今ではノーワン様の人形だ。どうだ? お前を助けに来た奴らはお前の側近であるコイツに殺される。まったく笑いが止まらないぜ」
王妃はその彼に目を向けて叫んだ。
「アルバイヤ! お願い目を覚まして! この逆賊を! この逆賊に神の裁きを!」
「無駄だぁ! 首輪の効果はお前も知っているだろう? どうにもならんさ」
「お願い......どうか」
「そしてそれが終わったら、お前の番だ。いやまずは殿下からか? 心配するな首輪は外してやるよ。お前たちの亡骸の前でな。クヒヒヒ、その時のアルバイヤの表情を考えるだけでイキそうだぜ。クヒヒヒヒィ、どうだ? 全員が絶望の中で死んでいけるだろう? クヒヒヒ」
「狂ってる......アザベル様どうか我らをお救い下さい......」
「救いだと? あるかそんなもん、せいぜい死ぬその時まで祈るがいいさ。ん?」
そこで彼は視線を再び城下へと向けた。
「なんだ? おかしい。セントソラリスの兵とアネスガルドの兵が共闘を始めているように見える。まさかこの感じは、まさかノーワン様のスキルの効果が切れたのか? 何が起こっている」
そしてあたりを見渡したその男、タンダスは叫んだ。
「なんだあれは? あの紋章はリンクルアデルか? なぜリンクルアデルの飛行船がここに? それに誰だあれは? 魔族か? 魔族がいるのか? いや、魔族ではないな? 一体どうなってやがる!?」
「まさかリンクルアデルが? なぜリンクルアデルが助けに? 何が起きているというの?」
その時、正面の扉がゆっくりと開かれていった。そして入ってきた三人。その先頭に立つ弓矢を持った男が口を開いた。
「何が起きてるかって? それは物事が正常な状態に戻ろうとしているんだよ」
「なんだと? お前、リンクルアデルの兵士ではないな? いや......冒険者か?」
「僕はリンクルアデルの冒険者さ。だけど生まれはドルツブルグ、サーミッシュだよ」
「サーミッシュ? 森の民か? はっ、森の民が協力しているとでもいうのか? ん? 隣のお前は......獣人か? その戦闘衣装はまさかドルスカーナ......ロイヤルジャックか!?」
ボニータはタンダスを見据えると目を細めて言う。
「ふん、そういう事だ。この戦いはすでに大陸を巻き込んでいるのだ。後ろの王妃と殿下を救い出したら終わりだ。今更許しを乞うたところでどうにもならんがな」
「そういう事ですわ。神に仇なし絶望を望む者達よ、我々は神の名の下に裁きの鉄槌を振るいに来たのです」
「何が裁きの鉄槌だ! キヒ、キヒヒヒィ! 丁度良い、この事をノーワン様が仰られていたのだな。今日大陸は堕ちる、我々の手に! これは、このような事が! ノーワン様はまさに全てを見通しておられる!」
タンダスは三人を見渡すと笑いながら話し始めた。
「これが笑わずにいられるか! お前たちを倒してその首を下の広場に晒してくれる! 行け、殺せ、こいつらを八つ裂きにしてやれ、アルバイヤ!」
その声に反応して奥から一人の女が歩み出てくる。やや赤黒い肌、スラッとしていながら程よく筋肉が付いたしなやかな肉体。特筆すべきはその頭部か、人族と明らかに違う点、それは前頭部から生えている二本の角だろう。ややうつろな目をしたその女性、しかしその体から溢れ出る闘気は強者としての存在を認識させるに十分であった。
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