324天空に舞う
よろしくお願いします。
「「「グオオオオオオオォォォン!」」」
「おい! 何か聞こえたか?」
消化作業をしながらアッガスは近くの兵に声をかける。兵士は声が聞こえた方を向きながら様子を伺っている。
「ええ、聞こえました。遠くから何かの雄叫びのような......あ、あれは、あれはなんだ!!」
「ん? 何を言っている? どこに何が......なんだ......アレは?」
大森林の中に悠然と聳え立ち、セントソラリスとドルスカーナを隔てる山々。神の嶺とも呼ばれるその山脈は大森林と同じく人々からは聖域として特別視されている。
その山々は季節によって美しく、時には冷たくそして時には神々しくその姿を変え、観る者を魅了して止まない。俗界から隔絶されたその世界では生き物は独自の進化を遂げ、一説では伝説の生き物が住んでいるとさえ言われる場所である。
今、その嶺から一斉に何かが飛び立っている。離れているから小さいとは言え、その姿はこの距離からでも視認できるほどだ。つまり......とてつもなく巨大なナニカという事になる。
「おいおいおい、あれは......あれはまさか」
「ちょっと、アッガス。見えてる!? あれはヤバいわよ。消火作業よりまず避難しないと!」
「ああ、サティ。目を疑いたくなる光景がしっかり見えてるぜ......おめえら! 消火作業は一旦おいて下がれ! とんでもないものが来るぞ! 巻き込まれないうちに早く下がれ!」
「「「はっ!」」」
ソレらは空中に飛び出すと一直線に真上へと突き上がり、そのまま弧を描いて旋回するとその鼻先を明らかにこちらへと向けた。
「来るぞ!」
「「「グオオオオオオオォォォン!」」」
ソレらがこちらへと進路を変えた瞬間、その進行方向に幾何学模様の魔法陣のようなものが一瞬の内に等間隔に浮かび上がる。その巨大な魔法陣はアッガス達が居るすぐ近くにまで現れた。
ソレらは迷う事なく一つのうねりとなりその魔法陣の中へ突入してゆく。そして魔法陣を抜けると直ぐに次の魔法陣から飛び出てくるかのように一気にその距離を詰めてくる。
「速すぎる......あれは魔法陣を利用して転移しているのか? しかしあれは、あれは」
「間違いないわね。あんなの簡単にどうこうできないわよ?」
「ああ、目撃例はあれど誰もアレの存在を証明できた事はない。ただの噂か何かと思っていた。願わくば......この世界を滅ぼさない事を祈るしかない」
ついにアッガス達の頭上へとその姿を現したモノ......それは巨大な生き物。
巨大な肢体に鱗を持ちその頭には角が生えている。流れる背びれは尾まで続き、その先には大きな棘のようなものがある個体も見受けられる。
各々が持つ属性によりその個体はその姿も変わるのだろうか? いずれにせよその巨体を支える見事な前後の腕と脚、そしてその背中からは2対の翼が伸びている。
ソレは魔物や魔獣を含めた生態系の頂点に君臨し、明らかに存在しておきながら人々の目に触れた事のない伝説を生きる最強の生物。
「「「グオオオオオオオォォォン!」」」
ドラゴンであった。
アネスガルドの飛行船は油の投下を中止しドラゴンに向かって矢を浴びせかけるが、そのような行為は何の意味も為さない。そもそも体に届く事さえない。ドラゴンにとって人間の放つ弓矢などそよ風程度にしか感じないだろうか。
それらの小さな棒切れはパラパラと空中を漂い地上へと落下する以外ない。船の周りを飛ぶドラゴンは船体を攻撃するわけでもなく威嚇しているように見える。いや、明らかなる実力を持つドラゴンに威嚇など必要ないだろう?
ドラゴンは神々が愛する天空を汚す事を決して許さない。そう、威嚇行動かと思われたその行動は正しく掟を破った個体を認識する為であった。
何体かの竜が一際大きな声で咆哮をあげながら船の延長上に位置すると、その大きな咢を開けた。口の周りに収束してゆく空気と魔素、そして周りに浮かび上がる魔法陣。その咢の奥からチリチリと漏れ出る炎。
「グオオオオオオオォォォン!」
その口からは眩いばかりの光と共に灼熱の炎が解き放たれた。一隻の船が直撃を浴び一瞬の内に炎に包まれる。その業火は瞬く間に船自体に凄まじい損傷をもたらし、浮遊できなくなった船体は炎に包まれながらゆっくりと落下していく。
ある船はドラゴンがその船体を踏みつけその強靭な尾で甲板上部を破壊している。梶を失った船もまた力なく地上へと落下してゆく。
その中で一部の船は状況を見て既に不時着と言わんばかりに強引に船体を傾け地上へと突っこんで来る。
地上にさえ降りれば空からの攻撃は無いと判断したのだろうか。彼らの考えが正しいかは分からないが、ドラゴンは墜ちた船に対しての攻撃はしていない。
また他のドラゴンは地上で燃え盛る船と油で燃えている森林に向かって水砲や氷砲を何度か浴びせて延焼を抑えているかのように見える。個体の違いは属性からくるものなのだろうか。
事実燃え広がるかと思われた火はその勢いを急速に弱め、やがて鎮火した。空を舞うドラゴンは今もまだ同じ所で旋回を続けており、時折何処かに向かって伝えるように咆哮をあげている。
それはどこか寂しさを含んでいるような、切なさが混ざったもののように感じられた。
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