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王城の周りでは別の天使隊が集結し王城周りの魔獣と死人を退けている。一部は王城内部へとその場を移すが魔獣の数が多く、上階へと進むよりここで敵を食い止める事が重要と見定め、城内で陣取り魔獣と死人の侵入を防ぐことに徹していた。
ノーワンに近づくために広場を迂回しながら城下横を通り抜けようとした時だった。
「おい......あれはなんだ?」
「何がですヒロシ様? あ、あれは! まさか......まさか屍人!?」
「やはりそうか。どうみても......屍人がいる。屍人なんているのか? 見るのも聞くのも初めてだ」
「ええ。本来あり得ない事を目にしている......物語の中でしか存在しないモノかと思ってました。当然魔獣でもなく魔物でもありません」
「では魔族か? しかし死んでいるのだろう? 族ではないよな? そもそも見た目は人間だし。何なんだあれは?」
「わ、私も初めて見ます」
「まあそうだろうな、クロの話では本来物語の中にしか出てこないモノだ。クロは他に何か知っている事はあるのか?」
「僕にも詳しい事は分かりませんが、魔族でも死人を使役できるような魔族は存在しないはずです。操られているかも知れませんが......そもそも死人を操ろうとする事自体が禁忌に触れます。それに死んだ者は使役も出来ないはずなのですが」
「だが禁忌に値する従属の首輪を事も無げに人間たちに使用する奴らだ。だが......そうだな、死んでいては動かす事も難しいと......ん? 存在しないとはどういう事だ?」
「死んだ人を操る術に手を染める事自体が禁忌に触れる。ましてや死人を弄ぶなど、それを神が許すはずがない。つまり神が与えるスキルに『死人を操れるスキル』はないのです」
「なるほど、納得できる理由だ。では魔族とはなんだ? 人間と敵対しているのだろう?」
「明確に敵対していると言う訳ではないと思います。魔族とは体質的に魔素を好む性質を持った人間です。これは良いですか?」
「え? 人間? いやよく分からん詳しく頼む」
「早い話が獣人、鬼人、ドワーフ、エルフと同じです。簡単な例を挙げれば、獣の体質を持つから獣人。魔素を好む体質を持つから魔人です」
「つまり同じ人間だと?」
「そうですよ? 魔法に特化した人間が多いし角が生えてたり翼が生えてたりしますけど、獣人にもしっぽや角が生えているでしょう? それと同じ理由ですよ」
「確かに......、という事は魔族もアザベル様を信仰しているのか?」
「それも同じですよ。ただ魔族は性格上と言うか文化の違いと言うかそれを認めないのですよ。それが問題なんですけど。だけど問題にならない理由もあるにはあるんですよ。ドルスカーナが獣神を信仰しているように魔族は恐らく魔神を信仰しているはずです」
「つまりアザベル様の存在は認めてはいるが、あくまで崇めているのは魔神であると。ドルスカーナのように主神としてアザベル様を崇めてないとはいえ......ギリギリ大丈夫なのか? 魔族は悪いものだと思っていたが、それが本当ならなにも違わないじゃないか。なぜ国交はもちろん親交すらないのだ」
「彼らは統治に興味がなく好戦的だと言うのが通説ですね。だから悪者って見方をする人が多いのも事実です。大陸も違いますし互いに積極的に干渉する必要もないのでは?」
「魔族の......いや双方事情もあるだろうが互いに藪をつつかないだけか。となると目の前で起きているこの状況はやはりおかしい」
「現に死人が動いていますからね......」
「聞いた事がない『言惑』というスキルに存在しないはずの『死人使い』の術、もしくはスキル。加えて素性の分からないノーワンと言う男」
「どうしました?」
「そして極めつきがそこらの国々に直ぐに手を出す一貫性のなさだ。ノーワンは魔族の大陸にも手を出しているのだろう? もうこれは手当たり次第と言っていい」
「確かにおかしいですね。でも気狂いの考える事は意味不明ですよ」
「そうなんだがな......あ、自分で言って気が付かなかったが、コイツは魔族、ジルコニア大陸に手を出しているんだ。なぜジルコニア大陸はアネスガルドを滅ぼさなかったのだ? 先制攻撃を受けながら......アネスガルドも被害を受けただろうが僅かばかりの報復処置で好戦的な魔族が納得するのか」
「それは......」
「気狂いか。それにしても事が重大すぎる。その類の輩が出来る事を既に大きく逸脱しているじゃないか」
その時、突然俺の脳裏にあの時の事が蘇る。何だこれは? なぜ突然今頃? だが......そうだ、確かに聞いた。思い出せ、思い出すんだ、そして考えろ、あの言葉の意味を。あの時何と言っていた? 何と言っていたのだ!
「ヒロシ様?」
「......もしかして俺は勘違いをしていたのかも知れない」
「何がです?」
「いや、そもそも俺もそこまで深く考えた事もないのだが、世界のバランスについてだ」
「世界のバランス?」
「アザベル様が俺に言った言葉だ。魔素がジルコニア大陸に流れると魔族に影響を与えると。上手く魔素をコントロールしないと世界のバランスに影響が出るとか......そんな話だったように思う」
「アザベル様の神託があったのですか?」
「お前は知っているだろう、俺がこの世界に転生して来たことを。その時に話したのだ」
「ええ! アザベル様と会話した事があるのですか!」
「これは絶対に言うなよ。陛下たちに聞かれても何とか濁してるんだ。話した事だがな......実は本当にあるんだ。その時にそんな事を話してくれた」
「ぼ、僕は今にでも気を失いそうです」
「クロ、気をしっかり持ってくれよ。あとシンディ、頼むから拝むのを止めてくれ。えーと、だから俺はてっきり魔族が『悪』、そして何か混乱の原因になるとばかり考えていた。だが......これは違う」
「違う?」
「ああ、違う。これは断じて魔族の仕業ではない。魔族が好戦的で統治に興味がなく、争いの種になりえる事は聞いた。だがアザベル様は魔族との戦争を危惧していた訳じゃないかもしれない」
「と言いますと?」
「アザベル様が言っていたのは、バランス、そして因果だ。因果の縛りと大陸間に起こる問題を気にしていた。だがな、何か明確な事を話した訳ではない」
「因果の縛り?」
「そうだ。だが明確な話もなければ、具体的に何か指示を受けた訳ではないんだ。深く考える必要が無いとさえ言っていた。つまりそれは大した問題じゃないと思うんだ」
「つまり?」
考えろ俺。アザベル様は何と言っていた? 何故魔族は攻めてこないのだ? なぜノーワンは手当たり次第に戦争を仕掛けるのだ?
目的はなんだ?
意味はあるのか?
......言っていたな、確かにアザベル様は言っていた。因果の縛りから抜け出す事は難しいと。直ぐに世界に影響を与える事は無いと。
もしかしてあの言葉の中には二つの意味が込められていたのではないか?
一つは魔族との大陸間における問題。
そしてもう一つは世界に影響を与えるという問題だ。
そう、これだ。
魔族に対してではない、そしてその他種族や人間に対してでもない。『世界に影響を与える』だ。
これは魔族の仕業ではないだろう、実際に魔族が攻めてきているわけではないのだからな。これは大陸間の問題ではないと考える事が出来るだろう。
そうなると......つまり今......目の前で『世界に影響を与える事象』が起こっているという事だ。
ノーワン......まさかアイツは......
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