318 メタモルフォーゼ
よろしくお願いします。
その瞬間アリアナの周りを光が覆い尽くしそれが四方八方へと衝撃波として放たれる。ダークスピアはその衝撃と共に掻き消され離散する。そしてそこから現れたのは......
「なんだ? なんだその姿は? 貴様......魔族か? いやリザードマンではないな」
そしてファティマは左手で顔を覆うと大きく笑い始めた。
「ハッハッハ、まさに異形。化け物ではないか! ノーワン様も上手く言ったものだ! その異形が見掛け倒しでないことを祈るばかりだがな!」
アリアナの体、一部の皮膚は爬虫類のような鱗に覆われ、手には先程までの剣の代わりに大きなスピアが握られている。召喚したのか? それとも変化した際に顕現したのか?
そして鱗に覆われた長い尾が後ろから伸びているのが分かる。頭部からは緑色の髪が流れている。顔自体は隠されていない。
そしてファティマが魔族ではない、またリザードマンと違うと決定付けた理由......それは頭部が蜥蜴のような顔立ちではない事だけではない。その背中から生えている大きな翼を見たからに違いないだろう。
「化け物でも良い。大切な民を守れるのであればな」
「守る? もうほとんど死んでおるわ!」
ファティマは両手を上げると次々と魔法を生成しアリアナへと放つ。アリアナは背中の翼を大きく広げるとそれを前方へと押し出すような動きを取る。そして同じくスピアを前方へと構えると言った。
「もはや中距離魔法は意味を成さぬ......プロテクション」
瞬間、空間に多数の幾何学模様が現れると同時に氷の幕へと変化する。飛来する攻撃魔法はその氷壁に激突すると大きな音を立てて爆散する。しかしファティマはそれを掻い潜るようにアリアナへと肉薄し攻撃を仕掛ける。
「クハハ、確かに化け物だ! 喰らえ、ヒートナックル」
ファティマは拳に炎を纏いアリアナの体に連打を浴びせる。しかしアリアナの体に傷を、深刻なダメージを入れる事が出来ない。
「本来の体になれば容易に傷を負わす事も叶わぬはずだが......この皮膚を斬るか。流石、三大鬼以上と言うだけの事はあるか」
「なん......だと? 切り裂く事ができないだと?」
「そして当然強化された肉体は防御だけでなく等しく攻撃へも効果を促す」
死角から突然横殴りにされたファティマは地面を二度三度転がると止まる。アリアナの前にはユラユラと尾が揺れている。
「このような攻撃は受けたことがないだろう? だが咄嗟に自ら飛んで威力を殺したか?」
「ふん、攻撃の手が多少増えた所で変わる事などない。殺してやるぞ化け物が!」
ファティマは再度飛び込む。拳、手、肘、膝に至るまで全ての攻撃部位に魔法を纏わせその攻撃力を上乗せする。ファティマの攻撃は徐々にアリアナの防御を突破しダメージを与えていく。
武芸とは力が強い者、体が大きい者に対してどのように効率的にダメージを与えれるかを古来よりその身体のみで立証してきた。元からの身体能力が高いに越した事は無いだろう。しかしそれを覆す事が出来るのもまた技術であり、果て無き研鑽の上に成り立つものなのだ。
ファティマの動きは淀みなく流れる川のよう、いやその水面に浮かぶ小舟のようと言った方が良いか。波に逆らわず飲み込まれず、最小の動きで最大の効果を生み出している。
そしてファティマは大きくアリアナを蹴り飛ばすと距離を開けて魔法を展開する。
「ぐっ、やはり貴様は間違いなく強者だという事か。まさかこの化け物の体にこれほどの傷を負わす事が出来ようとはな......しかし何故だ!? その域に達するにお前は想像を絶する修行をしたはずだ。それが何故、何故それほどまでの腕を持ちながら闇へとその身を染めるのだ!」
「その身を呪いに染めた程度のお前に何が分かる? この世のくだらない理で父も母も姉も妹も全て失った。何の落ち度もない家族が何故無残に死なねばならぬのか。この世に助けなどない。この世に救いも! 救うべきものも、何もないのだ! 世に生きる者全てに等しく絶望を与えてやる!」
「そんな事は無い! 確かに世を恨む事もあるだろう。しかし......!」
「黙れ! もはや戯言に付き合う気もない。これを受けても余裕の顔をしていられるかな? デスストーム!」
ファティマが天に手を翳すと突如竜巻が巻き起こる。二本、三本と巻き起こる竜巻は辺りを巻き込みながらアリアナを飲み込んでいく。
辺り一面は地面が剥がれ、舞い上がり地上へとバラバラと降り注ぐ。
「なに! 貴様辺り一帯を吹き飛ばす気か!」
アリアナは後ろに控えるセリーヌ女王達の前に立ちはだかりプロテクションを展開する。しかしその圧力は強大で防御壁を突破しアリアナの体へはもちろんその後方へもダメージを与えてゆく。アリアナは防御壁が持たないと判断し後ろ側に向かって声を上げる。
「陛下、直ぐに後退して下さい! この魔法は......強力......だ」
その言葉を受ける前からその魔法を目の当りにしていたセリーヌ女王一団は直ぐに後方の飛行船へと後退を始めていたが、防御壁を抜けた一つの竜巻は一緒に避難しようとしていた商人とその従者へと飛び込んでいった。
と同時に爆発に似た衝撃音が起こり辺り一面を大量の粉塵が舞い上がる。
「ヒロシさん!」
「ヒロシ!!」
アリアナやセリーヌ女王、また陛下と一緒に移動していたゴードン達が口々に悲鳴に似た叫び声を上げる。彼らは竜巻に飲み込まれてしまったのか? それともその身を粉々に引き裂かれてしまったのか?
騎士団は直ぐに駆け付けたい思いに掻き立てられるが、各国の要人を置いて動く訳にもいかない。そして......竜巻が通り過ぎた後、そこには瓦礫の山が残されていただけであった。
「ふん、ノーワン様が目障りだった商人が巻き込まれたようだな。手間が省けて良かったというものよ」
「関係の無いリンクルアデルの人間を、何の罪もない民を、何故こうも簡単に巻き込めるのだ......貴様には武人としての誇りは無いのか!」
「貴様らの価値観を押し付けるな! 何が武人の誇りか! 何が民だ! そんな物は等の昔に全て捨てた。何度も言わすな。勝てば同じこと、どの道全員死ぬのだ。遅いか早いかの違いだけだ」
そしてファティマは再び手を振り上げながら叫ぶ。
「止めだ! デスストーム!」
「貴様は人でありながら、人である事を捨てたのだな......その身に受けた絶望は如何ほどのものか。しかしファティマよ、たとえこの姿が異形であろうと私は最後まで民を護る聖騎士で在り続ける」
アリアナ大きくスピアを回転させるとファティマの前へと突き出す。
「......止めれぬなら掻き消すまで。ローリングダイブ」
「な......に?!」
そこから発生するのは巨大な風の渦。そう、竜巻にも似た指向性を持ったその渦は、真直ぐにデスストームへと激突しその魔法を掻き消す。
「掻き消された......のか? 馬鹿な。しかも竜だと? 貴様、竜の技を使えるとでもいうのか?」
「言っただろう? 私は自分が何者なのか知らない。技の名前の意味すら分からぬ」
そのまま今度はアリアナがファティマへと肉薄するとそのままスピアを横殴りに振るう。弾かれるファティマ、しかしファティマはバランスを保ち何とか態勢を立て直し再び打撃戦へと突入する。
幾度となく続く互いの攻撃、防御を無視しているかと思われる程の攻撃に二人は一歩も引く事は無い。距離を取り魔法の攻撃もしない。ただその肉体のみで己の力を、いや想いをぶつけているようにすら思える。
互いの意地のぶつかり合いの中、ファティマの攻撃を肩越しに避けるとそのまま尾で足を払いバランスを崩したファティマの首を左手で横から掴んだ。
「終わりだ......竜拳」
その瞬間、アリアナの手が鋭い鉤爪へと変化する。そしてそのまま鋭い鉤爪でファティマの胸の中心を貫い......いや! 手刀でそのままファティマを貫くと思われたその時、アリアナはその手を握り締めて拳へと変えた。そしてその拳を鳩尾へと叩き込んだのだった。
「ぐはぁ!!」
「ファティマ......強き者よ。お前は殺さない、いや殺せない。そのような悲しみの果てに化け物に殺されるなどあってはならない」
いつしかアネスガルド王都ハイランドに舞い始めた粉雪。アリアナの肩越しを通り抜けそれが消え行く先を睨みつけて彼女は言う。
「だが貴様には安らかな死は望むまい。覚悟するが良い」
アリアナはファティマをそっと横たわらせるとスピアを持ち直し、それを思いきり投擲する。そのスピアの先に在るものは......ノーワンであった。
スピアは回転をかけながら真直ぐノーワンへと弾き出され、ノーワンの右肩辺りに命中するとそのまま後ろの壁へと縫い付ける。
「ぐああああ!」
そのままアリアナは背中の翼を展開する。斜め上方へと見事に広げられた2対の翼は軽く羽ばたく仕草をしたかと思うと、彼女を宙にふわりと浮き上がらせ、その身を真直ぐにノーワンへと弾き出した。
「終わりだ! 竜拳」
アリアナは今度こそその拳を手刀に変えると一瞬の内にノーワンへと肉薄しその体の中心へと叩き込んだ。
「ぐおおおお!」
手刀はノーワンの背中側へと突き抜け後ろの城壁にすらダメージを与えて停止する。手刀を引き抜いたその瞬間ノーワンの体から一つの仄暗い光が伸びあがり空中で離散する。それは明らかなるダメージを受け言惑のスキルが解けた事を意味していた。そしてそれを誰もが本能的に感じた瞬間でもあった。
「やったか!?」
セリーヌ女王と各国の内務卿はその様子を見て叫んだ。
お読み頂きありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。
やったかフラグ。。。ありやなしや