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両軍が激突する中、アリアナは剣を抜きすれ違いざまに剣を振るうとその一瞬で兵士を数人切り伏せる。そしてそのまま続いて剣を振るおうとする彼女の前に一人の戦士が立ちはだかる。
濃い灰色に身を包んだ彼女......ノーワンの部隊であるファントムのファティマは言う。
「中々の剣筋ではあるが......ふん。役立たずのパラディンが相手とは。私も運がない」
「運がないか......そうだな、確かに運がない。陛下の為、民の為......迷いを捨てた私と対峙した不運を呪うがいい」
「ほざけっ!」
ファティマは真直ぐにアリアナへと駆けてくる。両軍は二人の一騎打ちを認めるように散会しつつ戦闘を続ける格好になっている。その中心で激突する両者。
上段と中段への火炎魔法による二連撃。ファティマは灰色のローブに身を包み、一見すると魔術師の類に見える。しかしそこから繰り出される攻撃は魔法だけに非ず。それを剣で受け、掻き消すアリアナ。
アリアナは間合いを一瞬に詰め剣で初撃ををモノにする。戦いとは初撃で決まる事も多々あるがそれ以上に相手へのファーストコンタクトをモノにする事で戦いを有利に進めさせるのだ。ましてや魔法や魔術を得意とする相手に接近戦に持ち込むことは定石と言える。
一気に肉薄するアリアナ。だがファティマの衣装は長めのスカートにスリットが入っているもので、そこから繰り出される蹴りに一瞬アリアナの反応が遅れる。僅か数十センチ、いや数センチ。この初動がスリットによって見極める事が出来ない。
ただでさえ限界まで鍛えられた武闘家による蹴撃。それが初動を見極めるのを遅らせ、且つ間合いの近くから繰り出されるのだ。初見で避ける事は困難であると言えるだろう。
「ぐっ!」
返す肘撃をアリアナは回避しようとして、咄嗟にそれを剣で受ける。ガキィンと甲高い音が鳴り響くとそのままファティマは後方へと距離を置き再度構える。剣で受けたはずのアリアナの肩口から鮮血が落ちる。
「暗器だけではないな......魔法を纏わせているのか?」
「律儀に答える必要は無かろう? ただ......やはり運がなかったという事だ」
「魔術師かと思えば近接戦までこなせるとはな。武闘家と言う訳ではないようだが?」
「形は違えど聖騎士と言うからにはお前も似たようなものだろう?」
「......僧兵の類という事か。神に仕える身でありながらなぜノーワンに加担するのだ」
「神? アザベルに仕える者だけが特別と言うわけではなかろう? この世はもう闇に支配されるべきなのだ。混沌こそが我らの望みよ」
「闇だと!?」
「ノーワン様は我らを必ずや導いて下さる。邪魔をするな!」
両者は激しく攻撃を繰り出す。戦いにおいて互いの間合いを掴む事こそが戦闘を有利に進める事になるのだが、ファティマは魔法を織り交ぜる事で近接だけでなく中距離をも自身の間合いへとする事が出来る。
「導くだと? この街を、国を民を、貴様らは踏みにじっているのだ! その先に何があるというのだ!」
「アザベルに縋る民など死んで当然。精々我らの為に操られ死んでいく事しか出来ぬ者共よ」
「何を言うか!」
アリアナは剣を横なぎに振るうがファティマはそれを避ける事なく間合いを詰めると剣の内側へと回転、そのまま右肘をアリアナの腹部へと叩き付ける。
当然肘には先程の暗器が仕込まれておりその刃はアリアナの脇腹を抉る。
「ぐっ」
そしてファティマは後ろへとステップを入れながら右手上げ空に向かって円を描くように振るう。
「特別に見せてやろう......ダークスピア」
そしてその右手を止めそのまま真下へと振り下ろす。
「うおおおおお!」
上空に黒い槍のようなモノが現れると一斉にアリアナへと降り注いでいく。アリアナは回避に徹するがそのあまりの物量に行動が追い付かない。
急所への攻撃は何とか避けたものの......アリアナは剣を杖代わりに立ち尽くしていた。
「はぁ、はぁ。貴様......三大鬼か」
「三大鬼......所詮はノーワン様の傀儡にしかなれない半端者よ。ハスノールは望んで軍門に下ったとは言え、実力は見ての通り。我々ファントムと比べるまでもない」
「何を......」
「とは言え、No,1とNo,2の実力は流石にアネスガルドが自慢するだけの事はあるがな。だがそれも傀儡になってはタダの人形だ。所詮は使い捨てと言うところか」
「お前たちは仲間を何だと思っているのだ」
「仲間? 仲間なら大事にもするだろう。そもそも仲間などではないという事だ。傀儡だと言っているだろう? 何を言っているのだ? 話す余裕があるのか? ウインドスピア」
「ぐおおお!」
何かが空気中を駆ける音がすると思うとアリアナの体から鮮血が舞い上がる。防御に徹するアリアナにファティマは肉薄すると彼女を蹴り飛ばす。
「他愛もない。仲間だのなんだの、手を抜いてほしかったのか? まぁ出来ぬ相談であるがな」
アリアナはゆっくりと立ち上がると剣を鞘へと戻しファティマへと向き直る。
「やれやれ、もう寝ていれば良いものを。いやノーワン様のご命令だ。止めは刺すべきか」
「少しでもお前達の良心を信じたかったが......それはもう叶わぬようだな。私も覚悟を決めよう」
「何を今更......そもそもお前はもう詰んでいるではないか」
「私は、私が何者であるか知らない。お前の主が私を化け物と呼ぶ事もあながち間違いではない。呪いに身を蝕まれたこの体、だがたとえ化け物でも......私はセントソラリスを、そして滅びに向かうアネスガルドを救いたい」
「化け物か。化け物の方がもう少し張り合いがあるのだがな。期待外れだ」
「私はこの体を呪い、力を使って抑え込む術を身につけた。だが抑える事は出来ても呪いから解放された訳ではない。それが原因かある時から頻繁にブリザードが起こるようになった。この体が関係しているのか、それとも呪いなのか......」
「続きは生まれ変わってからゆっくりと聞いてやろう。止めだ、ダークスピア《覆い尽くす暗い雨》」
「今こそお前を倒すため、呪われた力を開放しよう。陛下......どうかお許しを」
空にはいくつもの黒い槍がアリアナを取り巻くように顕現する。そしてファティマの手が振り下ろされると、黒い槍が空から一斉に襲い掛かる。
正に槍がアリアナを貫こうとするその時......アリアナの唇がかすかに動くと......静かに言った。
「メタモルフォーゼ」
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