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今日は複数回投稿しております。
順番をお間違えなきようお気をつけください。
引越しを明日に控え、夕食のあと俺はクロードと部屋で紅茶を飲んでいる。夜は基本的に寝る前までクロードが部屋に居て話し相手やこの世界の常識などについて教えてくれる。
「そうか、薬を販売するにあたり商業ギルドの認可が必要なんだな」
「はい、でも私たちは既に冒険者ギルドでの登録が済んでますので面倒な手続きは必要ありません。一度顔を出す必要はあるにせよ、後回しでも大丈夫です」
「顔を出すのが遅いとか怒られたりしないのかな?」
「その辺りは問題ないかと思います。店舗の整理もこれからですし、男爵家から店を構えることは既に通達済みです。本人が来るのが遅いと言われれば、それは男爵家に対して遅いと言っている事と同義になります」
「すげぇな、男爵効果。でも俺は仁義を通す人間だ。早い内に挨拶には行こうと思う。心配だからクロちゃんも着いてきてくれないかな?」
「もちろんです。しかしヒロシ様はおかしな人ですね。それほどの強さを持ちながら心配性で、寛大な心をお持ちで、更に謙虚で有られる。私にはどれが本当のヒロシ様か分かりませんね」
「俺は平和主義者で臆病者で面倒臭がりなの。争わないで済むんであればそれに越したことはないだろう、問題ごとは後回しにしたいだろう。その全部をひっくるめて俺だ」
「ヒロシ様らしいですね。でも答えを後回しにすることが良い事ばかりとは限りません」
「含みのある言い方をするね?」
「はい、実はサティさんの事です。剣を捧げると言われたのでは?」
「ああ、言われたよ。あいつメチャクチャ怖いんだよな。滅茶苦茶強えし。模擬戦すごかったんだぜ? 死ぬかと思ったよ。模擬戦と言うより実戦だぜあれは。クロはどうだよ、スパルタで毎日生死の境を彷徨ってないか?」
「私には非常に優しくしてくれますよ。優しいだけでなく厳しさを含んで稽古をつけてくれてます。本来冒険者が他人にその技術を教えることなどないと言うのに本当にありがたい話です。ヒロシ様の場合は知らぬとはいえ獣人のプライドを刺激した部分がありましたので、サティさんも少々思う所があったのではと思います」
「え? 優しいだと? そうなの? いや、それより俺何か悪いこと言ったかなぁ? 俺はデリカシーのある男だと自負しているのに......どっちにせよ、サティには悪い事をしたな。ひどい事を言ってなければいいんだが......ありがとう、後で謝っておくよ」
「それで剣を捧げることですが、簡単に言うと忠誠を誓うってことです」
「模擬戦で俺が勝ったくらいでそれは大げさだよ」
「もちろん忠誠と言う意味ではそうかもしれません。でも獣人族の戦乙女がそれを使うとまた違った意味も含まれます」
「なに?」
「愛の告白です」
「え?」
「獣人族の女性は強い異性に強く惹かれる傾向があるんです。その中で高位のランカーであるサティさんには自分より強くかつ好みの男性なんて周りに一人もいなかった。それが獣化しても傷ひとつ負わせることが出来ない素敵な男性が目の前に現れた。そりゃ『惚れてまうやろー』ですわ」
「最後の方ちょっと言葉がおかしかったけど......そうなの?」
「そうです。今のサティさんは戦乙女であり乙女でもあります」
「そうなんだ、でもそんな急に言われてもな......」
「告白に対してすぐに回答する必要なんてありませんよ。一旦宣言した以上女性は回答があるまで10年でも20年でも待つだけです。ちなみに撤回はできません」
「厳しいな」
「そんな簡単な言葉ではないんですよ。だからこそ大きな意味を持つんです」
「こんな男のどこが良いんだか」
「ふふ、ヒロシ様らしいですね。でも今は目の前の開店に集中しましょう」
「お前が言い出したんだろ!」
「はは、そうでしたね」
俺は窓を開けて夜空を見上げた。人に好かれるのは悪くない気分だ。でも出会って間もないってことは置いておいて、俺がそれに返事をすることはできるんだろうか?金もない仕事もない常識も知らない。何にもない。俺自身先の事なんて分からないのに人の人生まで背負うことが出来るのだろうか。
空に浮かぶ月を見ながらそんなことを思う俺......ちょっとカッコいいかもって思ってしまった。
「風邪ひきますよ!」
「ごめん」
そうして、出発の日がやってきた。
お読み頂きありがとうございます。
気が変わりもう何話か更新するかも知れません。
でも、明日から出張ですので思うように更新できないかもです。
すみません。
引き続きお付き合い頂けたら嬉しいです。
よろしくお願い致します。