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更なる驚きがある。これが本当であればリンクルアデルはアネスガルドに攻め込む可能性がある。それはバルボアで使用されていた従属の首輪である。
これはアネスガルドが禁忌を犯し生産し人間に装着したと言うのだ。そしてその実験場として選ばれたのがバルボアである。ある程度の信頼性が確認できた後、当時のバルボア領主であったハイリルへと横流ししたと言うのだ。
バドリーの話ではバルボア反逆の首謀者であったアランはノーワンとの関係は深くなかったらしいが、ハイリルを使って反逆の後ろ盾をしていたことになる。飛行船の造船にも一役買っていたようだな。
もしバルボアが墜ちなかった場合、アネスガルドはバルボアを足掛かりにリンクルアデルにその刃を向けていた可能性があるのだ。バルボアの粛正が終わった今、リンクルアデル側で真実を確かめる事は難しい。しかしゴードン内務卿が怒りに震えていることは俺にも十分に伝わってきた。
バドリーについては言惑のスキルが使用されていた可能性が高いが、話を聞いている内に奴のスキルは暗示だけではなく、何と言うか心の奥底に秘めている欲望というか、本来表に出てこない部分を刺激するモノもあるのではないかと考えるようになった。
取り調べを受けているバドリーは人が変わったようにというか、以前の内務卿の状態に戻っているようで、問いかけにも素直に応じていると言う。
表に出て来ない悪意や欲望。それは本来理性で押し留めておくモノだ。そんな事はないと思いたいが、人間誰しも心に悪意を持っていると俺は思っている。それを実行に移すかどうかだ。あんな奴どうにかなればいいのに、と願ったとしてもそれを本当にどうにかする者はいないだろう?
しかしノーワンがその心の扉を開く事ができたらどうだろうか? それは催眠でも暗示でもない。その人間の悪意や欲望の部分が増幅され本人の意思に関わらず自身を支配してしまうのだ。
もしそうだとしたらやはり厄介なスキルとしか言いようが無い。発動条件も分からないが、言惑と言うくらいだから奴の言葉を聞かないと言うのは間違い無いだろうな。
バドリーの処分に関してはどうなるのか聞いてはいないが今は独房で大人しくしているらしい。操られていたわけでは無い。本人がある意味望んでいたもう一人の自分なのだ。
スキルの効果が消えた後に自分が犯した事を理解したのだろう。少し同情してしまいそうだがな。俺たちはその辺の事を踏まえながら各人へと意識合わせを行い飛行船へと乗り込んだのだった。
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アザベル大森林の外側をなぞるようにグランドセントアークは飛行を続ける。
この船に乗り込んだ主要メンバーはセントソラリスからはセリーヌ女王陛下、セントソラリス聖騎士団の一部とその団長であるアリアナ。
リンクルアデルからはゴードン内務卿、セイラムとその部隊、クロ、シンディそして俺だ。セントソラリスの要人も当然乗り込んではいるがここでは割愛しておく。セントソラリスに残る者達は王都であるエルモ、ではなく国境付近で待機しておく予定だ。
これはある意味賭けの要素があるが、ノール長老が上手くやってくれると信じている。そのメンバーは第一王女と聖騎士団、アッガスとそのメンバー及び獣人部隊やガイアス達、あとサティと残りのリンクルアデル騎士団もな。
俺たちは立会人としての役割を担っているがこの先ノーワンがどのような手段に出てくるか分からない以上、不正を許さず正当に決闘が行われるように監視する役目と言っていいだろう。
まさかこんな形でアネスガルドに来る事になるとは想像もしていなかった。確か俺が保護された時にじいさんがアネスガルドから来たのかと聞いてきたな。軍事国家と言う理解だったが、ノール長老が言うには他の国と大して変わらないと言う。
何がいつ、どこからおかしくなったのだろうか。どこまでノーワンの手が入っているのだろうか? 飛行する事数時間、俺は色々と考えを巡らせるわけだが、眼下にアネスガルド王都であるアルカディアが見え始めた時にその考えは全て吹っ飛ぶことになる。
「おい、クロ。街の様子が変だと思わないか? いや変だろう?」
「......そうですね。明らかにおかしいですね」
「ヒロシ様!」
そこへアリアナが走ってきた。
「アリアナさん、私に敬称は必要ないですよ。それより聞きたい事が」
「ええ、王都アルカディアの事でしょう? それを知らせに参ったのです」
「これ、普通じゃないよね? どう見ても街が半壊している」
「おかしいどころか異常ですよ。バドリーの話が本当だとしてジルコニア大陸からの報復があったとしても、今現在火の手が起こっているのはあり得ません。王都で何かが起こっているとしか」
「まさかジルコニア大陸から攻撃を受けているのか? いや、それにしても」
「ただアルカディア城横の広場には着陸の受け入れ態勢があるようです。これもおかしな話なのですが」
「ヒロシよ、これほど異常な状態で着陸した方が良いと思うか?」
ゴードンさんが話に入ってきた。
「セリーヌ陛下も乗船しているのですから、無闇に火の中に飛び込みたくはないですよね」
「しばらく旋回して危なそうなら我々だけで行く方が良いか?」
「ゴードン卿、私も陛下の安全を考えるならそうすべきだと思いますね。聖騎士団だけで乗り込みます」
「アリアナ卿もそうお考えか。しかし聖騎士団だけで突入させるなどリンクルアデルとしては見過ごす事はできませぬな」
「その場合は、私も行きますよ。でもゴードンさんは残ってもらいますよ」
「ヒロシ、文官とは言え私も誇り高きリンクルアデルの一人。ここまできて上陸せぬなどシュバルツ王に叱られてしまうわ」
「いえ、ゴードン卿はお残り下さい」
「あなたまで何を言うかアリアナ卿よ。貴殿を一人で死地に向かわせるなど誰が出来ようか」
「いやゴードンさん、この場合は流石に留守番でしょう......あ、陛下」
陛下が部屋から出てきたようだ。俺たちは礼を取り陛下を迎える。
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