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よろしくお願いします。
「陛下、このようなものに見せる必要などないでしょう? これは両国の問題ですぞ? 必要ないでしょう!」
「......そう、で、あるな。そうだ。その通りだ」
「では、見せる必要は無いという事でよろしいですな?」
「そう、そうだ、な。いや待て、見せるのだ。ドル、ス、カーナからの使者に礼を、失す、る、訳に、はいか、ん」
「女王陛下!」
「うぅ、見せ、る、の、だ」
そこでバドリーは急に不機嫌そうな顔になりこちらを見た。ノーワン卿にしても同じ格好だ。なぜ、俺に見せる必要があるのだと言わんばかりだ。バドリーは小さく舌打ちをしたような風にも見えるが、女王陛下の言葉に逆らう訳にもいかず俺の方へと契約書を持ってきた。
「ふん、貴様のような田舎商人に見せても何の意味もないであろうに。陛下の御心に感謝するのだな」
「はは、ありがとうございます」
俺は仰々しく契約書を受け取った。契約書の内容、それは先程バドリーが言った事と同じで前回の契約内容を全て破棄し今回のこの契約書を正とするという事であった。
加えて援助した物資の返還義務はないとも書かれている。つまり返還する必要のない善意の援助であると書かれていた。援助物資の目録についても書かれている。
この契約書が正しければセントソラリスにとって大変有り難い話だろう。
「全く素晴らしい。アネスガルドの対応には頭が下がる思いです。私も本国へと戻りましたらセントソラリスに援助をするべきだと提案したいと思います」
「ふん。分かれば良いのだ。では契約書を返してもらおうか」
「いや、一枚目は確認しましたが、二枚目はこれから確認するのでもう少しお待ち下さい」
「全くのろまな奴だ。いい加減にしてくれないか」
「す、すみません」
言いながら俺は一枚目をバドリーに渡した。しかしバドリーは急かしながら二枚目も取ろうと俺の方へと手を伸ばしたので、俺は仕方なく契約書を渡そうとした......その時だった。俺はうっかりと肘をテーブルのカップに引っ掛けてしまったのだ。
「あっ!」
飲み物はテーブルの上に零れてしまい見事に契約書にかかった様に見えたが、俺は素早くテーブルから書面を取り上げた。良かった、幸い契約書を汚すことはなかった。
「も、申し訳ありません!」
「バカモノが! 貴様契約書にかかったらどうしてくれるのだ! 汚れたら使えなくなるのだぞ!」
「え! そうなのですか!? 大変申し訳ございません」
「貴様、商人と言うのにそんな事も知らんのか! 全くこれだから田舎商人を入れるのは反対だったのだ。契約書が汚れたせいでこの会談が上手くいかなかったらと思うと恐ろしい」
「本当に、本当に申し訳ございません」
バドリーは俺の言葉には反応せず、そのまま契約書を女王陛下の方へと持って行った。
「陛下。とにかくこの田舎商人も契約書の内容には満足している様子ですな」
「うむ」
「それでは内容を再度確認した上でサインをお願い致します」
女王陛下にサインを求めるバドリーを見て俺は手を挙げて言った。
「バドリー卿。すみません、一つよろしいですか?」
「貴様、今度はなんだ!」
「その契約書にサインをする前に、前回の契約書を破棄する証明書を作成するべきだと思います」
「なに?!」
「いえ、だってそうでしょう? もし今回の契約書を紛失でもしたら、前回の契約書は生きたままになってるではありませんか?」
「そんな事はない」
「いえ、あるでしょう?」
「ない! 田舎者はそこで黙って座っておればよいのだ!」
そこで女王陛下が声を上げた。
「確かに一理ある」
「女王陛下!」
「バドリー、もしこの契約書を紛失した場合、前の契約書が有効になるのではないか?」
「陛下、ご安心を。この契約書にサインをしたら前の契約書は魔封を解いて破棄致しましょう」
「破棄するのが先の方がセントソラリスにとっては安心できるでしょう?」
「貴様は黙っておれ!!」
「バドリーよ。アネスガルドの提案は非常に有り難い。だからこそ余はもう以前のように事が一旦済んでから疑う事はしたくないのだ」
「女王陛下、大丈夫です。私が必ず破棄します。良いですね?」
「う、うう」
「良いですね?」
「う、う、よ、良ぃ......いや、駄目だ。駄目だ。破棄、もしくは証明書の作成がさ、さ、先だ」
「チッ」
バドリー卿、今あからさまに舌打ちしたんじゃないのか?
「しかし女王陛下、契約の破棄はここでは出来ません。ここでは契約の魔封しかできません」
「なら、証明書を作るしかないって事になりますね」
「だから貴様は黙っていろと言っているだろう! それにその証明書を作った所でそれを失くせば同じことだろうが!」
「いえ、特別に三枚作って下さい。私が保管します。それなら流石に失くさないでしょう?」
「なぜ貴様に証明書を渡す話になっておるのだ?」
「女王陛下が心配されているようですので。バドリー卿もそちらの方が安心なのではないですか? それとも......心配ではないのですか?」
「......心配だ、心配に決まっているだろうが!」
「なら決定ですね」
「この......田舎者がぁ」
その時のバドリーの目は俺を殺してやりたいと思ってるのではないかと言うほどに鋭かった。
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