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アネスガルドの飛行船が城内へと降下していく。
アネスガルドは軍務に力を入れているという噂が立つだけあって、大型飛行船の保持台数は50を超えるとも言われている。軍事利用ではなくあくまで国と各国への円滑な移動や国交の為と言うのが理由であるが。
この度要人たちを乗せた船は特に王家の冠を装ったものではない。だが、あくまで要人を乗せるための船であるにも拘らずその存在感は圧倒的だ。
男は着地した飛行船のゲートが開くのを待っている。その目からは何を考えているのか伺う事は出来ない。しかしゲートが開き中から出てきた人間を確認した時、その口からは薄っすらと笑みが零れた。
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男は彼を談話室へと招き入れた。彼は慣れた様子で席に着くと正面に座る男へと声をかけた。
「今日は我が国にとっても歴史的な日になる事だろう。違うか?」
「その通りですな」
「ふん。少々遠回りをした感は否めないがな」
「本国の方は如何ですかな?」
「何の問題もない。ただし念には念を入れてはおる。まだガキとは言え王なのだ。能力はないと言え、何某かの加護か祝福を受けている可能性がある」
「妃殿下は?」
「それこそ問題ない。二人揃って立派に業務をこなしておるわ。はっはっは」
「一人は病床にて、一人は傀儡にて......ですかな?」
「人聞きが悪いぞ? それよりこちらの手はずはどうなっておるのだ?」
「相変わらず効果については完全とは言えないですな」
「流石は女王と言った所か。大した精神力だ」
「しかし表面に出てこれるのは一瞬のようですな。重ねて命令すれば抵抗も難しいように見えます」
「なら問題もないか」
「問題と言えば」
「何かあるのか?」
「今、ドルスカーナから商人が来ております。出身はリンクルアデルのようですが」
「それがどうした?」
「契約に関して助けが必要ではないかと」
「助けだと?」
「ええ。しかし既に契約は本日にも履行されると言うと肩を落としておりましたな」
「障害になる可能性はあるのか?」
「特には思い当たりません。どのみち今日の午後にでも全て決まりますからな」
「違いない。しかしその商人は何故このタイミングできたのだ?」
「ナディア王女が飛行船でドルスカーナへ援助を求めに行ったようなのです。丁度リンクルアデルの王もおり、両国王に嘆願したそうですな」
「バカモノが! それをコントロールするのもお前の役目だろうが」
「申し訳ありません。女王には飛行船の使用禁止を出すように指示し、実際女王は王女にそのように伝えておりました。なので外に出ることは不可能だと思っていたのです......」
「という事は、その後で女王が許可を出したという事か?」
「間違いないでしょう。それで効果は完全ではないと感じているのです」
「なるほど。もう少し役に立ってもらわんとな。今日の様子を見て必要ならレベルを上げるとするか」
「流石にそれは壊れるのではありませんかな?」
「そうなった所でもう問題あるまい?」
「確かに」
そうして二人は互いに軽く笑った。
「しかし、貴方も恐ろしいお方だ」
「突然どうしたのだ? お主も似たようなものだろう?」
「戦闘をせずに国を手に入れるなどと普通では考えられません」
「勘違いをするな? 戦闘になっても我が国は負けはせぬ。一気に空から攻め立てて終わりだ。それはお主も良く知っておるだろうに? 無傷で手に入るならそれに越した事がないというだけの事」
「もちろんです。加えてこの魔道具があるのです。恐れるものなど何もありませんな」
「うむ、これが実用できるのもこれまでのテストの結果だ」
「それはあの地の事を言っておるのですかな?」
「そうだ。元々あそこの公爵は狂っておったのでやり易かったわ。思う通りにテストを繰り返してくれた。欲を言えばあの国は落ちていてもおかしくなかったのだがな」
「何やら英雄が出たとかいう話ですな」
「はっ、お前もその様な与太話を信じておるのか。そんな都合よく英雄など現れぬわ。あれはあの公爵が先走って自滅したに過ぎぬ。良い実験場だと思っておったのに惜しい事をした」
「全く恐ろしいお方ですな、陛下は」
「おいおい、それはまだ早いだろう?」
「これはこれは申し訳ありません。しかし事が成就した暁には......」
「無論分かっておる。この国はお前の好きにすればよい。ただし」
「承知しております。全ては貴方様の仰せの通りに」
「分かっておれば良いのだ。そうすればいずれお前はこの世界の半分を手にする事が出来るのだからな」
「どこまでも付いていきますぞ」
「クックック、それで良いのだ。おお、良いことを思いついたぞ。丁度良い、今来ている商人はドルスカーナへ戻るのだろう?」
「始末しますか?」
「それには及ばぬ......が、扱いはどうしておるのだ?」
「いえ、ナディア王女の賓客という扱いになっており流石に無下に扱う事は出来ず......」
「賓客扱い? はっはっは、そうか、それは良い。それこそ都合が良いというものだ」
「と言いますと?」
「王女が賓客扱いするまでの商人だ。お前の言う通りなら向こうの王家が遣わしたのであろう?」
「間違いありませんでしょう」
「つまり、その者はドルスカーナとリンクルアデルの王家に繋がりがある商人とみてよい。違うか?」
「その通りですな......まさか?」
「そうだ」
「なるほど、この商人を利用して二国への足掛かりとすると?」
「そういう事だ。お前が世界の半分を手にする日も近くなるとは思わぬか?」
「本当に今日は歴史的な日になりそうですな」
二人は再度声を出して笑う。
そして一通り話が終わると男は部屋を出て行ったのだった。
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