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よろしくお願いします。
「なんてことだ」
これが俺が女王陛下を診断した際に口をついて出た言葉だった。
≪診断≫
精神異常 : 装飾物の影響にて催眠状態(強)
治療法 : 魔石の破壊
「ヒロシ様、どうされたのですか?」
「ナディア王女、これは......これは少し厄介な事になった。いや、正直な気持ちを言うと『やはり』という思いもあるが」
「どういう事でしょうか?」
「今からいう結論に至った詳細は言えないが、それでも良いか?」
「ええ、お願いします」
「セリーヌ女王陛下は今強力な催眠状態下にある」
「なんですって!? 催眠!?」
「そうだ。催眠状態だ。おそらく、いや間違いなくこれまでの言動がおかしかったのはこのせいだろう」
「そ、そんな......どうして?」
「説明は後だ。一つ問いたい。アネスガルドとの交渉が始まる前後、向こうから装飾品等の贈り物はなかったか?」
「贈り物......ですか?」
そこで傍で控えていたアリアナが言った。
「直接ではありませんがございますね。バドリーがアネスガルドから受け取ったと。親書と共に贈答品を渡しておりました。今陛下が着けておられるネックレスがそれです。バドリーがその場で着けてみてはと勧めていたのでよく覚えております」
「では間違いなくそれだろうな......アリアナさん、ナディア王女。ネックレスをすぐに女王陛下から外してください。直ぐにだ」
「え? ええ、分かったわ」
ネックレスを外した女王陛下は小さく一度震えると大きく息を吐き俺を見つめた。
「......ヒロシ、あなたには礼を言わなければなりませんね」
その目は先程とは違い、瞳の奥に意思の力を感じさせるものであった。俺は直ちに膝をつき礼をした。
「ヒロシよ。そのような礼は必要ありません。私の頭の中にかかっていた霧、モヤのようなものが全て取り払われました。其方のおかげです。本当にありがとう」
「ありがたきお言葉。しかし女王陛下、私に礼など不要です。セリーヌ女王陛下を心から心配していたナディア王女とカミーラ王女、そしてアリアナさんを始め全ての方達へ」
「ヒロシ......さま? これは一体?」
「ナディア王女、つまりはこのネックレスは魔道具なのですよ。強力な催眠効果を誘発する......ね」
俺はこのネックレスを改めて鑑定したのだが、その内容に驚きを禁じ得なかった。
≪鑑定≫
従属のネックレス : 装着した者を催眠状態に置き操る事が出来る。
効果の違いは分からないが聞き覚えのある名前だ。まさかとは思いたいが。
「そんな......まさか」
「先程はセリーヌ女王陛下は既に難しい状態だと思っておりましたが、実はその逆だったのです」
「逆......ですか?」
「そうです。強力な催眠状態下にありながら僅かでも自我を残しておられたんです。有り得ませんよ、驚愕に値します。凄まじい精神力だ」
「ヒロシよ。そのように褒めるでない、照れるであろう。しかし私自身、自分が何者なのか分からなくなりそうであった。恐らく其方は余が既に壊れていると思っていたではないか?」
「え? いや、それは......」
「気にするな、責めているわけではない。そう思いながらもお前は私のために、ナディアの思いに応えるべくこうして来てくれたのだからな。そして現実に余を、私を助けてくれた」
「はっ」
「ヒロシよ、心から礼を言わせてもらうぞ。しかし、問題はこれからなのだ。自分が言ってしまったとは言え明日にはアネスガルドがやって来る。どのような契約を迫られるのか......」
「女王陛下、その前に私にバドリー粛正の許可を」
「そうだ......が、奴もネックレスにこのような効果があったと知らなかった可能性もある」
「しかし!」
「しかし、なんだ? それではお前の気が済まぬと申すか? 気持ちは分かる。だが確証を得るまでは我慢するのだ、良いな?」
「は、畏まりました」
「それより、明日の事だ......まず明日を乗り切らねば」
「セリーヌ女王陛下、それに関して私から提案したい事があるのですが宜しいでしょうか? このような商人の戯言をお耳に入れるのは心苦しいのですが」
「お母さま、ヒロシ様はきっと良い知恵を貸してくれます! リンクルアデルの賢王やドルスカーナの百獣の王からの信頼もとても厚い方なのです」
「ふむ。そしてナディアの信頼も厚いようだな?」
「そ、それは......」
「しかしそれは私とて同じこと。ナディアの言う通り信頼に足る人物であることは疑いようがない。態々このような地まで足を運んでくれたのだ。知恵を貸してくれるなら是非もない。どうかお願いできるだろうか?」
「もちろんです、夜が明けるまでそれほど時間はない。早々に進めましょう。この場所でよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん問題ない」
「では、そのように。クロ、直ぐにゴードンさん、ロッテンさん含め関係者を連れてきてくれ」
「畏まりました」
そう言うとクロはすぐに行動を開始したのだった。
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