293
よろしくお願いします。
深夜。皆が寝静まったであろう丑三つ時。ドアが小さくノックされた。
「ヒロシ様、誰か来たようです」
「ああ、そうみたいだな」
クロは扉へと近寄りゆっくりと開いた。
「夜分恐れ入ります。ヒロシ様にお取次ぎを。私は聖騎士団のアリアナと申します」
「少々お待ちを」
俺は上着を取りながら既にドアの付近へと向かっていた。
「クロ?」
「ヒロシ様、聖騎士団のアリアナさんが」
ドアの側にはアリアナさんが立っていた。
「ヒロシ様、ナディア王女様からのご命令でお迎えに上がりました。便宜上私も同行することになりますが、どうかご容赦願いたく」
「分かった。こちらもクロとアンジェが同行する」
「問題ございません。では早速参りましょう」
アリアナに付いてくことしばらく。ある部屋の一室で彼女は足を止めた。
「こちらです」
ドアを開けて中へ入ると奥にふたりの人物が見えた。どうやら女王陛下と王女様のようだな。
「ヒロシ様、夜分に......遅くなり申し訳ありません。」
「いえ、ナディア王女お気になさらないで下さい。こちらこそ突然のお願いにも拘らずお取り計らい頂き大変ありがたく」
そんなやり取りを行っていると、そばにいた女王陛下が口を開いた。
「ヒロシよ。事情はナディアから聞いておるとは言え、この夜中に余を呼び出すとは。納得のいく理由を話してくれるのだろうな?」
「それはもちろんです。ただ、本来ナディア様が私が会いたいと言った所で会うことは叶いませんでしょう? どうして私と会おうとお考えになったのですか?」
女王は俺の方を見て黙っている。言わば深夜に他国の者と密会をしているのだ。たとえナディア王女の我儘とは言え、状況が状況だけに感心される事ではないだろう。
「ナディアが......お前が契約書について何か疑問を感じているというからだ。ナディアから聞いておるのであろう? 契約書の記載内容について私が思う内容と違っている気がしているという事を」
「はい、存じ上げております。それについていくつかご確認させて頂きたい事があるのです」
「答えられる範囲なら答えよう」
聞いた内容はこうだ。計画書は簡素なものでそこには援助の内容が書かれていたに過ぎなかった。女王はこれまでアネスガルドへ抱いていた疑惑を恥じ、感謝の念と共に書面にサインを施した。
しかし契約魔法によりが契約が有効になった後、女王は書面を見て仰天する。簡素な契約書だったその文面は行数が増え、先程までの内容と確かに変わっていたというのだ。
俺はこの話を聞いて感じた疑問をぶつけてみた。
「契約書の内容が変わっていたことに対しては理解しました。更にその契約書はあくまで正式にな物であるという事も。しかしその内容を変更するよう訴えかける事もできるはずです。それをしないのは何故ですか?」
「いや、そこは......確かに何度も訴えようとしているのだが。あ、あ、あ、そうだ。......その訴えが通じて明日の会談の、じ、じ実施となったのだった」
「明日にはアネスガルドが来る事になっていると伺いました。 ただその内容はもうご存じなんですか?」
「うむ、明日の目的は調印式だ。内容も既に確認しておる。明日わ、わ、私がサインをして魔封を施せば終わりだ。アネ、スガル、ドには感謝せねばなるまい。一件落着だ、だ」
おかしい。話は通っているがおかしい。何がおかしいって、そこまでアネスガルドを信じているのなら、何故この場へ来たのだ? 女王陛下はアネスガルドに対して疑惑を、不信感を抱いているのではないのか?
それにまたこれだ。明らかに滑舌がおかしくなってきている。その時、女王陛下は言い終えた後に俺を真直ぐに見据えて行った。
「ところでお前は何故この場所にいるのだ? この夜中に無礼であろう?」
「え?」
「お母さま?」
「......いや、何でもない。ななな、何でもないのだ。......そうだアネスガルドに感謝せねばなるまい。うぬ......まて、そもそも私はあのような契約書にサインなどした覚えがないのだ」
「ナディア王女、これは最早決定だ。言動がおかしいとかというレベルではない」
「ヒロシ様?」
「ところでお前は何故この場にいるのだ? 無礼な奴だ。衛兵を呼んだ方が良いか。ん? アリアナ、何をぼさっとしておるのだ? このものを捕らえよ」
「ナディア王女、すまないが俺に女王陛下を視る事を許可してくれ」
「え? 視る? ええ、分かりました。お願いします」
「よし」
その言葉と同時に俺は女王陛下に鑑定をかけた。
しかしステータス上に異常は見受けられない。
くそ、どういうことだ。鑑定に表れない以上、問題はないという事だ。つまり女王陛下の精神が異常な状態が正常という事になる。言いたくはないが女王陛下は既に壊れているという事だ。
しかしそれを直ぐに認める俺ではない。何かある、何か種か仕掛けがあるはずなのだ。
「女王陛下......いや、まだだ。考えるんだ」
「なんですか? ヒロシ様、言って下さい」
「頼む、待ってくれ。もう少しだけ時間をくれ......」
「ちょっと良いですかヒロシ様」
「アンジェ?」
アンジェは俺の横に来て小さい声で確認を取るように話しかけた。
『今の流れからするとヒロシ様はセリーヌ女王に鑑定をかけたのでは?』
『ああ、そうだ。だが残念な結果しか見えなかった』
『つまり、状態異常を疑っていたと?』
『そういう事だ、残念ながら状態異常は発見されなかったがな。しかし絶対に何かあるはずなのだ。壊れていると決めるには早すぎる』
『それでは、あちらの方も試すべきですわ』
『あちら?』
『ええ。私にもかけて頂いたと後から教えて頂いたものです。秘匿事項にあたりますのでここでは勿論、他言も出来ません』
『秘匿事項?』
『ええ、本来鑑定スキルはレベルにもよりますが珍しいものではありません。なぜなら偽装や隠ぺいのスキルで対応が可能だからです。しかしヒロシ様の持つもう一つのスキル、あれは非常に稀有なスキルなのです』
『もしかして診断の事を言っているのか?』
『その通りです。状態異常、つまり人体に影響を及ぼす類は鑑定では出にくい場合があると。あくまで鑑定は鑑定、基本情報の詳細を調べるものですわ。人体への影響を調べるのは診断の方が有効でございましょう』
『なるほど、そういう事か。試してみる価値はあるな。ありがとうアンジェ』
『お気になさらず、ですわ』
「ヒロシ様?」
「すまない、ナディア王女。もう少しだけ時間をくれ」
そうして俺は女王陛下に診断をかけたのだった。
お読み頂きありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。