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よろしくお願いします。
「......バドリー、まだ余が話しておる最中だ。客人に対して......失礼で、ある、ぞ?」
「お許し下さい女王陛下。しかしこの会話を続けるには私が説明を差し上げた方がよろしいでしょう?」
「......」
「よろしいでしょう?」
「そうだな......いや、詳しい説明をする段階ではない、であろ、う?」
「その通り。しかし少々意識の持ち方が違いますな。正しい言い方としては『詳しい説明など必要ない』という事ですな」
「そのような失礼を......う、そうだな。よい、では申せ」
「女王陛下、それでは申し上げます。いえ、この者たちに伝えねばならないのです。事態は最早一刻の猶予もなりません。物見雄山でこの地に来た商人風情など不要でございます」
そう言って女王陛下の話を遮るとこの男は俺達の方へと向き直り話を始めた。
「お初にお目にかかります。私、セントソラリス内務卿のバドリー・グラハムと申します。以後お見知りおきを」
「はい、ヒロシ・ロングフォードと申します。よろしくお願い致します」
「早速ですが、お引き取り願ってもよろしいでしょうか?」
「理由をお伺いしても?」
「もちろん。理由と言うに値するかどうかは分かりませんが。あなたが来てくれた所でできることなど何もないからですよ。商人風情が国家間の問題に口を突っ込むとは何を考えているのか」
「バドリー、きゃ、客人に対して何たる、く、口の......」
「いいえ、女王陛下。きちんと伝えねばなりません。両国からの使者との事ですが、それは仮の姿。この国に取り入って中枢から狂わせようとしているのですぞ?」
「いいえ、決してその様な事は」
「何がその様な事は、ですか? ではお聞きしますが具体的な案があるとでも言うのですか? 既にナディア王女にも何か吹き込んでいるようですね? 契約がおかしいとかなんとか......でしたかな?」
「バドリー、違うのです。それは私が伝えたのです。彼が言ったのではありません!」
「やれやれ、王女様にもこのような事を言わせるとは。あなた、まさか我が国の王女に魅惑の魔法か何かの薬でも使われたのですかな?」
「まさか」
隣でクロが拳を握り締めているのが分かる。耐えろよクロ。お前って意外と短気だからな。言い難い事だが向こうの言う話も尤もなのだ。会った事もない人間を諸手を広げて信用できる人間などそうは居ない。
「では何だというのです?」
「いえ、借り入れた金額を少しでも減らせる協力が出来れば良いと考えていた次第です。女王陛下も少し考えていなかった内容が記されていたと仰られていたとも聞いておりましたので」
「そんな事を陛下が言うはずないでしょう? ふん、それで?」
「援助の代わりに借入金の返済義務は仕方がないとしても、領土の占領や王女様の人質とは聊か話としては大きすぎると感じてはおります」
「そんな事は貴方には関係の無い事でしょう? 国家間が正式に結んだ契約書ですよ?」
「はい仰る通りです。しかし困っていると聞きましたので」
「別に困ってなどおりません。事実領土を渡すか王女を差し出せば借金は消えるのですから」
「え?」
何を言っているのだこの男は。確かに借金は消えるだろう。しかしその消し方で納得するのか? 納得しているのかこの国は? もしそうなら本当にやる事はない。そうだ、一つもないのだ。
「借金は消えるのです。何か問題でも?」
「その返済方法で女王陛下は納得しているのですか?」
「それこそあなたには関係の無い事でしょう? さあ、分かったのであれば早々にお引き取り願いたい」
「せめて契約書を見せて頂くわけには参りませんか? このままで門前払いでは私にも立つ瀬がありません」
「知った事ではありませんな」
「バドリー良いのです。お、お見せしなさい」
「しかし女王陛下、本当に良いのですかな?」
「......良い、の、です」
「ふん、仕方がありませんね。こんな泥棒風情に神聖なる契約書を見せる必要などあるとは思えませんが......」
そう言いながら、バドリーは手を挙げて近くの者に合図を出した。おそらく契約書を取りに行かせているのだろう。しかし、訳が分からん。そこまで言うならなぜ王女はわざわざドルスカーナまで来たのだ?
待つことしばらく。バドリーは契約書と思われるものを受け取った。
「さあ、見てみるがよいでしょう」
「ありがとうございます」
俺は契約書を見た。魔法印が入った正式なように見える。俺は内容を確認すると両内務卿とレイナにも契約書を確認させた。目で伝わった内容からすると、この契約書に不備はない。こういう事だった。
最後に俺は契約書に鑑定をかけた。何か仕掛けがあるとか不正が無いかを確認したかったのだ。しかし鑑定の結果は思う内容とは違った。そう、完全に正式な契約書だったのだ。
「何か不都合な点がございましたでしょうか?」
「いえ、特には......」
「そうでしょう。正式な契約書です。国家間で結ばれた正式なものなのです。あなた方が口を出してよいものではございません」
「しかし、契約書が正しくても、金銭なり物資を返せば領土を渡すことや人質として王女を差し出す必要はないのでしょう? どうですか? 一緒に考えてみませんか?」
すると、バドリーは一瞬目を細めて俺を見ると言った。
「その必要はありません」
「なぜ?」
「それを貴方に話す必要はありませんな。今更向こうの印象を悪くしても仕方がないでしょう? 混乱させるような事はお控え願いたいですな」
「しかし、女王陛下はそれで納得しているのですか?! 印象の問題ではないはずです。この国の未来の事ではないのですか?」
「未来の事ねぇ。今まで何の興味も持たずにいきなりやってきて何という態度でしょうか? 失礼極まりないですな。全く両国の管理はどうなっておるのか? このような田舎商人を使いとして出すなんて」
「貴様っ」
「やめろっ」
俺は手でクロードを制した。
「おやおや、従者の者までこのような態度とは。全く躾がなっておりませぬな。獣人なぞ首輪で繋いでおいた方がよろしいですぞ? 噛みつかれでもしたら敵いませんからな」
「……バドリー卿、商会の者が大変失礼を致しました。何卒ご容赦下さい」
「ふん、まあ良いでしょう。女王陛下、これでよろしいですかな?」
「......」
「陛下、よろしいですかな?」
「......そうだな。ヒロシよ、事態は既に引き返せぬとこ、ろ......う、それで良い。今回は領地を差し出して終わ、終わ、終わりだ。終わり、な、の、だ」
「陛下......」
「では、お引き取り下さい。早々にね」
「......ま、待てバドリー、遠い所をわざわざ来てくれたのだ。帰るの、は明、日でも、よかろう」
「しかし女王陛下、このような下賤なものを」
「......」
「陛下、早々にお取引願いますがよろしいですね?」
「ぐっ、くっ、か、か、彼らは私の賓客でもある。今日は、城にて、休んで、もらうのだ」
「......畏まりました。ではそのように」
何のことはない。
色々と考えたところで結果はあっけなく出されたと言う訳だ。
俺たちは鼻っ柱を折られて早々に帰国する事になったのであった。
だが、なんだろうかこの感覚は。何かモヤッとしたものが俺の胸の内を占めている。俺は何か見過ごしているのか?
いや誤魔化すな。ハッキリと感じているだろう? そうだ、明らかにセリーヌ女王陛下の状態は普通ではない。この国、中枢には何某かの悪意が蠢いているとしか思えない。
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